三章 恋は乙女の一大事
15 桜子、男子学生と対決する
楽しかった誕生日パーティーから一週間がたった四月二十三日、日曜日。
すっかり仲良し四人組になっていた桜子、菜々子、桔梗、蓮華は、勉強をするために、
「これはお父様から聞いた話だけれど、昔の図書館のほとんどが本の貸し出しをやっていなくて、勉強するのにとても不便だったそうよ。でも、今では本を借りられる図書館がずいぶんと増えたし、これからは
菜々子がそう言うと、桜子が「へぇ~。菜々子さんは物知りやね!」と感心した。
桜子にほめられてうれしい菜々子は、「えへへ~」と照れ笑いする。
あれだけ桜子のことを「ちびっ子!」と言って嫌っていたのに、今では飼い犬がご主人様になつくように、菜々子は桜子にべったりである。
ただ、菜々子と仲良くなれたのはよかったけれど、許嫁の柳一がいつまで経っても心を開いてくれないのが桜子は悲しかった。
桜子は、妹を心配して
顔は恐いけれど優しい杏平は、桜子の話をだまって聞いてくれて、最後に、
「お前は人の心をポカポカにできる太陽みたいな性格や。いつかきっと仲良くなれるから、元気を出せ。くよくよしてお前の持ち味の明るさをなくしたらあかん」
と、はげましてくれた。
そのおかげで、桜子はまた元気を取りもどして、今朝も家を出る前に、柳一に精いっぱい明るい声であいさつをしたのだ。……いつものように無視されたけれど。
図書館に入ると、休日のせいか、たくさんの人たちがいた。
「図書館、すごい人ですね。座れる場所はあるでしょうか……?」
桔梗が心配そうにつぶやく。桔梗は体力がないから、ずっと立っているのが辛いのだろう。
日比谷図書館には、本が読める
ちなみに、この図書館では、児童閲覧室と新聞雑誌室は無料だが、他は有料である。それでも昔にくらべたら図書館も人々がずいぶんと利用しやすくなったし、
「児童閲覧室なら、少し席が空いているみたいだけれど、桜子ちゃんしか入れないもんね~」
「れ、蓮華さん! たしかにわたしはまだ十二歳やけれど、れっきとした女学生やに⁉ 児童閲覧室には入らへんよ! ぷんぷん!」
「ごめん、ごめん。冗談だってば。あはは~。座れる場所がないのなら、本だけ借りて、菜々子ちゃんの家で勉強しようよ」
蓮華がそう提案すると、桜子たちはそれに賛成した。そして、たくさんの本が置かれている
「あっ、この本ですね。けっこう分厚くて重い……」
桔梗がお目当ての本を見つけて手に取ったが、ちびっ子の桜子よりも非力なので、ずっしりとした重みのある本を両手に抱えてふらついた。
「あたしが持つよ。……うわぁ、重い! でも、これで今度の試験はバッチリだね。こんなにも分厚い本なら、植物のことがくわしくのっているだろうし」
四人の中では一番の力持ちである蓮華が、桔梗のかわりに『世界の植物図鑑』を持ち、ニコニコ笑いながら言った。
いつものんきでマイペースな蓮華は、テスト勉強をする時でも、「友達といっしょに勉強するのって楽しそう! ワクワク♪」と考えていて上機嫌である。
「じゃあ、本を借りて、わたしの家に行きましょうか」
菜々子がそう言うと、桜子たちはうなずき、事務室で本を借りる手続きをするために書庫を出ようとした。
嫌な事件が起きたのは、ちょうどそんな時だった。
「すみません。その本ですが……」
桜子たちは、書庫の出口の近くで、三人組の男子中学生に声をかけられたのである。
三人の
桜子たちに丁寧な言葉で声をかけた眼鏡の学生は、とても賢そうだけれど青白くて神経質そうな顔をしている。残りの二人は、濃くて太い
(なによ、この眼鏡と眉毛とおむすびは)
菜々子は嫌な予感がして眉をしかめた。そして、その予感は当たっていたのである。
「その『世界の植物図鑑』という本、僕たちが借りようと思って探していたのです。だから、ゆずってください」
「え……? で、でも、これはわたしたちが先に見つけて、今から借りようとしていたのですけれど……」
桔梗が少しびくびくしながら言った。
前にも説明したけれど、この時代の女の子たちは、小さいころから男子とめったに遊ぶことなく育てられたので男性に
「オレたちも必要なんだよ、その本」
「試験勉強で使うんだ」
眉毛とおむすびが言い返してきた。
眉毛が太い学生は、荒々しい言葉づかいで顔も迫力があり、桔梗は身をすくませて何も言えなくなってしまった。かわりに蓮華が、
「あたしたちも試験があるから必要なのだけれど……」
と、ちょっと遠慮ぎみに言った。
マイペースな蓮華も、自分たちよりも背が高くてちょっと恐そうな男子三人を言い負かせてやろうという勇気はわかなかったのである。
「女なんて
「み、見栄で女学校に通っているって、どういう意味ですか⁉」
眼鏡の学生があまりにも堂々と女の子を見下すような発言をしたので、蓮華はビックリしながら聞いた。桜子、菜々子、桔梗も顔を見合わせておどろいている。
「女学校に通えるのは、家にお金があって頭のいい一部の女子たちだけですからね。女学校に通っていたという経歴があったら、結婚する時に自分の値打ちが上がるでしょう? だから、あなたたち女子は、女のつまらないプライドのために女学校へ行っている。……立身出世のために必死で勉強している僕たち男とはちがうのです」
「そ……そんなひどい言いかた……」
蓮華は目に涙をためながら、
こんなにもひどい言いがかりをつけられたのに、男の子たちが恐くて何も言い返すことができないのが悔しかったのだ。
でも、桜子だけは、意地悪な男子たちに食ってかかる勇気があった。
「さっきからだまって聞いとったけれど、あんたら、頭の中おかしいんとちゃう⁉」
「な、何だと⁉」
いきなりちびっ子の女学生に「頭がおかしい」と直球で言われて、眉毛が太い学生は図書館の中だということも忘れて大声で激怒した。
でも、桜子はかまわずに言い続ける。
「わたしたちは、学校でいろんなことを学ぶために女学校に入ったんやに? 女の見栄とか、立身出世とかよくわからんけれど、わたしはそんなん興味ないわ。たくさん勉強して、友達と助け合って、素敵な大人の女性になりたいんや。わたしたち女学生が学校でがんばっとることを知らんくせに、好き勝手言わんといてよ」
「そーだ! そーだ!」
菜々子も、合いの手を入れる。ただし、桜子の小さな背中に隠れながら。
(こんな人たち、柳一さんや仙造叔父様に比べたらチビやもん。恐いことあらへん!)
日ごろから身長五十センチ差もある柳一と口ゲンカをしている桜子にとって、四尺九寸(一五〇センチ)ぐらいしかない男子たちと言い争うことなんて、平気だった。いつもライオンに挑んでいるネズミが、猫なんかにおびえるはずがないのだ。
「べ、勉強がしたいだって? 女のくせに生意気な……」
おむすび顔の学生はそう悪態をついたけれど、桜子にキッとにらまれて、「うっ……」とうなりながらだまりこんだ。どうやら、仲間といるから態度がでかいだけで、本当は気が小さいらしい。
「こんな小さな女の子ににらまれておびえるなよ。もういい、力ずくでもらっていこうぜ」
一番乱暴そうな眉毛が太い学生が、おむすび顔にそう言い、本を持っている蓮華に手をのばした。
「お待ちなさい!」
危機一髪!
そんな時に、桜子たちを助けたのは、なんと柊子だった。
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