11 No man is an island.
「ああ~……。本当にもう、どうしたら、ええんやろぉ~?」
それから三日後の水曜日。体操の授業が終わったお昼休み。
桜子は、学校の中庭の
桜子は猫みたいにひなたぼっこをするのが大好きで、何か辛いことや悲しいことがあると、お日様の下で
でも、今回ばかりは、どうがんばっても解決できそうにない悩みなので、ひなたぼっこをしていても、ついついため息が出てしまう。
父親の仙造に似てうっかり屋の菜々子は、毎日のように何らかの失敗を学校でしている。
桜子が作ったお弁当を家に置き忘れてきたり、学校指定のベルトを腰に帯びてくるのを忘れたりしていた。
学校指定のベルトというのは、メイデン友愛女学校の
桜子は、菜々子が失敗するたびに、助けようとした。
「わたしの弁当をわけてあげますから、どうぞ食べてください!」
「ガミガミおヒゲの冬木教頭に見つかりそうになったら、わたしのベルトを貸します!」
でも、菜々子は「よ、よけいなお世話よ!」と言って桜子を拒否するのだ。
グーグーとお腹を鳴らして午後の授業を受け、冬木教頭に「ベルトをつけずに登校するのは校則違反です!」とガミガミ叱られても、桜子の助けを借りようとはしなかった。
「こっちから歩み寄ろうとしても、嫌がられたらどうしようもないしぃ~。はぁ~……」
「Hello! 桜子! 浮かない顔をして、どうしましたか? こんなにもいいお天気にどんよりくもっていたら、あなたを元気に照らしてくれている太陽が悲しみますヨ?」
桜子が何度目かわからないため息をもらすと、デイジー先生がやって来て桜子の横にゴロリと寝転がり、そう言った。
(デイジー先生は、日本人の友達がいっぱいおるって言っとったけれど……。自分を嫌っとる人と仲良くなる方法とか知っとるかな?)
そう考えた桜子は、「実は……」と菜々子のことをデイジー先生に相談してみた。
「フ~ム。菜々子が教室で一人ぼっちなのは、わたしも気にかかっていました。なるほど、そういう事情があったのですネ」
「デイジー先生。何か、菜々子さんと仲良しになれる
「いやぁ~、ちょっとわからないですねぇ~。I don‘t understand.」
あっさり「わからない」という答えが返ってきて、桜子はガックリと肩を落とした。
そんな桜子に、デイジー先生は「しか~し!」と言い、人差し指で桜子のほっぺたをぷにぷにとつつく。
「イギリスの詩人ジョン・ダンの詩の一節に、こんな言葉があります。『No man is an island.』――人は孤島ではない。つまり、どんな人間も一人では生きていけないという意味です。菜々子だって、好きこのんで孤独になっているわけではないでしょう。何か仲良くなるきっかけを作ってあげたら、菜々子も心を開くかも知れません」
「きっかけ……ですか。きっかけって、どうやって作ったらええんやろか……」
「桜子。あなたも、『No man is an island.』ですよ。桜子はがんばり屋さんですが、一人で何でもかんでも悩みごとを抱えすぎなのではありませんか? 人は孤島ではありません。だれかを支え、そして、だれかに支えられて生きているのです。手と手を取り合っておたがいを助け、成長していく生き物なのです。困っている時こそ、クラスメイトである友人たちの知恵を借りてみたらどうです?」
(ああ、そうか。わたしも、柳一さんと同じで、自分の苦しみを一人で抱えこんでしまっとったんや。わたしには、桔梗さんや蓮華さんたち仲間がおるのに……)
過去に悲しいできごとを経験した桜子は、困っている人を助けたいと思う優しさを持っているけれど、自分が困っている時は自力で何とかしなきゃと思ってしまうところがあった。
(サマセット学校長もこう言っとったやんか。『アナタタチハ、同ジ学校デ学ブ仲間デス。同志デス。仲良ク、助ケ合ッテイキマショウ』って。わたしが助けを求めたら、桔梗さんや蓮華さんはきっと力を貸してくれるはずや)
そう考えた桜子は元気よく立ち上がると、「デイジー先生、ありがとうございます!」と笑顔でお礼を言い、教室へと走って行った。
「桜子は元気で素直ないい子ですネ~。きっと、成長したらビューティフルな女性になることでしょう」
デイジー先生はほほ笑みながら、遠ざかっていく桜子の背中を見つめ、そうつぶやいた。
ちなみに、デイジー先生は、この後、中庭で居眠りをしてしまってお昼からの授業に遅刻し、冬木教頭にガミガミと叱られる運命にある。
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