10 なんで嫌われとるんやろ?
よく晴れた日曜日。
柳一が部屋で読書をしていると、ガラス戸をガラガラといきおいよく開けて桜子とスミレが入って来た。
「柳一さん。今日もお部屋にひきこもっているのですか? たまには戸を開けて部屋の空気を入れかえないと健康に悪いですよ」
「うるさいな……。何をしに来たんだ」
「ガラスのスス掃除です」
桜子とスミレの手には、雑巾やバケツなどの
この時代、部屋の
ランプはススがたくさん出たため、ガラス戸などはほうっておくとススだらけになって汚れてしまうのである。
「……ちょっと散歩に行って来る」
おしゃべりな桜子とスミレが部屋のガラス戸を掃除していたら、ぺちゃくちゃと会話をして
「あっ、柳一さん。少しお聞きしたいことがあるんです」
桜子がそう言って引き止めると、柳一は嫌そうな顔をしながら「何だよ……」と聞いた。
「実は、菜々子さんのことなのですが……」
桜子は、菜々子が学校で友達が作れずにさびしそうにしていること。菜々子と何とかして仲良くなり、クラスメイトたちの輪の中に入れてあげたいと思っていることなどを話し、
「仲良くなるにしても、わたしが菜々子さんに嫌われている理由がわからないので、どうしたらいいのかわからないのです。柳一さんは、何か心当たりはありませんか?」
と、柳一にたずねた。
しかし、柳一は「さあな」と冷たく答えるだけであった。
「そうですか……」
桜子はがっくりと肩を落とし、そうつぶやく。
柳一は、(なぜこのちんちくりんは他人のことでそこまで心配するのだろう?)と不思議に思いながら、こう言った。
「あいつは君のことを嫌っているのだから、無理して菜々子に気を使わなくてもいいんだぞ。人間はみんな一人なんだ。だれかが苦しんでいても、他人の苦しみなんてかわってやることも救ってやることもできない。一人で苦しんで、一人で解決していくしかないんだよ」
人間はみんな一人。一人で苦しんで、一人で解決していくしかない。
そんなあまりにも悲しすぎる柳一の人生観を聞き、桜子はおどろいて顔を上げた。
柳一は桜子から顔をそむけていて、身長差も五十センチあるせいで彼の顔色をうかがい知ることはできない。
けれど、とてもさびしい顔をしているのだろうなと桜子は直感した。
「柳一さん、そんなことあらへんよ!」
桜子は柳一の腕にすがりつき、必死になってそう言った。
「人間は、だれかに愛され、だれかを愛するために生まれてくるんやに。一人やない、絶対に。苦しみをかわってあげたり救ってあげたりはできやんでも、いっしょに悩んで苦しみをはんぶんこすることぐらいはできるもん。それが、人を愛するということやに。お願いやで、そんな悲しい考えを持たんといて!」
「み、耳がキンキンする……。ちんちくりんのくせに声だけはでかいな。……オレはだれとも苦しみはわかちあわない。自分の苦しみを他人に押しつけて、迷惑をかけたくないんだ」
柳一は、桜子の小さな手をふりほどき、部屋から出て行ってしまった。
(「自分の苦しみを他人に押しつけて、迷惑をかけたくない」って……。やっぱり、柳一さんは、過去に何か悲しいできごとがあったのかな……)
菜々子とは友達になれず、許嫁の柳一とはすれちがってばかりだ。
「……どうしたら、ええんやろ」
いつも前向きでパワフルな桜子も、さすがに
「あの……桜子お嬢様。菜々子お嬢様のことなのですが……」
顔を伏せて考えこんでいる桜子に、さっきからずっとだまっていたスミレが言った。
「どうしたん? 菜々子さんのこと、何か知っとるん?」
「はい。これはわたしの想像なのでまちがっているかも知れませんが、たぶん……菜々子お嬢様はすねているのだと思うんです」
「すねとる? なんで?」
「菜々子お嬢様は、桜子お嬢様のことを自分よりも年上のお姉さんだと勘ちがいしていたんです。『桜子お姉様に可愛がってもらいたいから、歓迎ためのごちそうをたくさん作らなきゃ!』と、それはもう、すごくはりきっていらっしゃいました。花守家の奥様は三年前に亡くなっていますから、甘えられる母親が菜々子お嬢様にはいません。ですから、『年上の桜子お姉様』に甘えたい……とそう思っていらっしゃったのです」
「それで、わたしが年下のちびっ子やったから、がっかりして、すねとるということ?」
「はい、たぶん」
「教えてくれてありがとう、スミレさん。そやけど、困ったなぁ。わたしが菜々子さんの一歳年下だという事実は変えられやんし……。何とかして仲良くなる方法はないやろか……」
嫌われている理由がわかっても、それが解決できない問題だったので、桜子はよけいに頭を抱えることになってしまった。
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