12 誕生日パーティーをしよう!

 桜子が教室に行くと、桔梗と蓮華はいなかった。


 他のクラスメイトの話では、ついさっき、桔梗が「気分が悪いです……」と言い出したため、蓮華につきそわれて医務室いむしつに行ったらしい。

 病弱な桔梗は、午前の体操の授業で運動場を走らされて、疲れてしまったのだろう。


(教室には菜々子さんもおるし、菜々子さんのことで相談に乗ってもらうのなら、医務室のほうが、都合つごうがええかも)


 そう思った桜子は、医務室に向かった。


 医務室では、桔梗がベッドに寝かされていて、蓮華は桔梗のひたいの汗をハンケチでふいてあげていた。


 三年生の柊子もいて、桔梗をうちわであおいであげている。

 優等生の柊子は、医務室の先生がいそがしくて不在の時に留守を任されることが多く、こうやって先生のかわりに気分の悪い子たちの世話を焼いているのだ。


「蓮華さん。わたしは……もうダメです。短い一生でした……」


「し、しっかりして! 桔梗ちゃん!」


「わたしの家族には……死因は『走りすぎ』と伝えてください。…………がくっ」


「き、桔梗ちゃーーーん! 桔梗、カムバーーーック‼」


 桔梗と蓮華がそんなやり取りをしていると、おっとりした性格の柊子は「あらあら、心配だわ……」と本気で心配していた。


 桜子は、どこからツッコミを入れたらいいのかわからない。


 たしか、桔梗は走り始めて五分でギブアップしていたはずだ。よほど体力不足なのだろう。


「桔梗さん、午後の授業は出られそうなん?」


 医務室の入口に立っていた桜子は、気を取り直して、そう言いながら室内に入った。


「あ、桜子さん。午後の国語の授業は、わたしが大好きな夏目漱石の『吾輩わがはいは猫である』をみんなで朗読するので、死んでも出席します」


「いや、死んだらあかんってば……。でも、授業に出る元気はあるみたいで、よかったね。……実は、相談したいことがあって二人を探しとったんやけれど……。柊子さんも聞いてくれますか?」


 先輩である柊子にもアドバイスしてもらいたいと思った桜子は、そうお願いした。ほんわかとしていて親しみやすい柊子には、なぜだか何でも言えそうな気持ちになるのだ。


「ええ、いいですよ。可愛い後輩のためだもの」


「相談したいことというのは、もしかして花守はなもりさんのことでしょうか?」


 柊子がにこやかに笑いながらうなずいた後、桔梗がそうたずねると、桜子はおどろいた。


「な、なんでわたしが菜々子さんのことで悩んどるって知っとるの⁉」


「だって~。桜子ちゃんは、いつも、一人でいる花守さんのことを目で追っていて、すごく気にしている様子だったもん。丸わかりだよ~。あたしと桔梗ちゃんは、桜子ちゃんはあたしたちにいつ相談してくれるのかなって、この間も話し合っていたんだよ?」


 菜々子のことで思い悩む桜子のことを桔梗と蓮華は心配してくれていたのである。二人のそんな優しさが、桜子にはとてもうれしかった。


「わたしと蓮華さんは、桜子さんのお友達なのですから、遠慮などせずに何でも話してください。わたしたちにできることなら、協力させていただきますから。ひ弱なわたしの体力が許すかぎりは」


「桜子ちゃんには、授業でいつも助けてもらっているしね♪」


「ありがとう、二人とも。……わたしね、菜々子さんと仲良しになりたいの。それから、菜々子さんが教室で一人やのも何とかしてあげたい。でも、どうしたらええのかわからなくて……。どうしたら、菜々子さんに心を開いてもらえるか、いっしょに考えてくれへんかな?」


「お安いご用ですわ。わたしたちも、花守さんとぜひ友達になりたいと思っていましたの」


「花守さんは、いつも澄ました顔をしているけれど、すごいうっかり屋さんで、意外と可愛いところがあるよね~。……でも、あの子、警戒心の強い猫みたいだから、仲良くしようと思って声をかけても、逃げちゃうかも」


「うん。そこが問題なん。わたし、学校だけでなくお家でも、菜々子さんに逃げられとるん……。菜々子さんとじっくりお話ができる、ええ方法はあらへんかなぁ……」


 桜子、桔梗、蓮華はウ~ンとうなり、考えた。


 柊子は、可愛い後輩たちをほほ笑みながらだまって見守っている。

 三人が精いっぱい知恵を出し合って決めたら、彼女たちのやろうとすることに協力してあげるつもりだった。


「そういえば……桜子さんと花守さんのお誕生日って、同じ四月十六日でしたよね」


 ふと何かを思いついたらしい桔梗が、ベッドから上半身を起こし、そう言った。


 この間、デイジー先生の授業で、「英語で自己紹介をしてみましょう」という課題があって、桜子たちは自分の名前や誕生日、趣味、好きな食べ物などを英語で発表した。


 その時、桜子と菜々子が「My birthday is April 16th.」(わたしの誕生日は四月十六日です)と言っていたことを記憶力のいい桔梗は覚えていたのだ。


「うん。わたしの十二歳の誕生日は、今度の日曜日やに。菜々子さんが偶然ぐうぜん同じ日やったのにはおどろいたけれど。でも、誕生日がどうかしたん?」


「クラスメイトのみなさんを集めて、二人の合同お誕生日パーティーを盛大にやってみませんか? 花守さんにナイショで準備をして、あっとおどろかせるのです。そうしたら、花守さんもビックリして、逃げるのを忘れると思います」


「お誕生日パーティー! ああ、そうか! その手があったんや!」


 桜子の顔が、パァッと明るくなった。

 クラスメイトのみんなに誕生日を祝ってもらえたら、菜々子もきっと喜ぶにちがいない。

 そして、誕生日パーティーの主役である桜子と菜々子は隣の席に座っていっしょにごちそうを食べ、じっくりと語り合うことができる。「菜々子さんと仲良くなりたい!」という桜子の想いを真正面からぶつけられるはずだ。


「誕生日パーティーをやるのなら、おいしいごちそうをたくさん作らないとだね♪ あたし、西洋のお菓子のレシピをお父様から教わって、たくさん知っているよ!」


「え! 蓮華さんは西洋のお菓子を作れるん⁉ それはすごいやん! わたし、西洋の肉料理や魚料理やったら作れるけれど、お菓子の作り方はあまり知らへんのよ~!」


「作ることはいちおうできるけれど……。甘い物が大好きなあたしが作ると、ついつい砂糖を多めに入れちゃって、他の人が食べたら『これ、砂糖のかたまり⁉ 甘すぎるっ!』って言われちゃうんだよね~……。とほほ……」


「じゃあ、わたしが作ってみるから、蓮華さんはレシピを教えて?」


 西洋のお菓子作りにチャレンジしてみたいと思った桜子がそう言うと、桔梗も、


「わたしも手伝いましょう。桜子さんの誕生日パーティーなのに、本人に料理を全部まかせるわけにはいきませんからね」


 と、言ってくれた。料理では体力切れでたおれたりはしないのだろうか、と桜子はちょっと心配だった。


「あ……でも、パーティーの会場はどこにするの? 花守さんが、桜子ちゃんやあたしたちクラスメイトと仲良しになるためのパーティーだから、人がたくさん集まることができる広々とした場所がいいよね?」


 蓮華がふと気づいてそう言うと、三人はまたもやウ~ンとうなって腕組みをした。


「それなら、わたしに一つ心当たりがあるわ」


 今までだまっていた柊子が口を開いたのは、そんな時だった。


 桜子、桔梗、蓮華は「え⁉」とおどろき、ニコニコしている柊子を見つめるのであった。

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