そらぷろじぇくと。おわり
研究において、仮説を立てることは当たり前の行為である。その上で実験を行い、何故そのような結果になったのかを考えつつ、研究というものは進んでいく。
今回の検証においての仮説は『電波を奪えば人間は空を見るのか』というものである。さて、この字面を見て検証が成功するように思うだろうか。
多くの者は、これが失敗するのではと考えたことだろう。
勿論、朝倉もそれに気付いている。だが、星夜には何も言わない。何故なら、星夜自身が持った疑問の答えを、自分の目で確かめてほしかったからである。
また、それを見て、次はどのような実験をするのかを考察させたいと思っていたためだ。
結論を先に言うならば、実験は見事なまでに失敗した。
電波を奪われた人々は何をするかと言えば、空を見るわけでも、周囲を見るわけでもない。
電子機器が動くのを、今か今かとスワイプし、交信を続けようとする。やがて異常に気付き始めた人々は、どういうことだと周囲で会話を始める。
この後どうなるのかも気になるのだが、それ以降は調査を打ち切った。朝倉がこれ以上の実験が危険なものであると判断したためだ。更に踏み込んでしまえば、最悪の場合暴動が起きることも考えられる。そうなってしまった場合に、自分たちだけでは対処が出来なくなってしまうため、大変危険なのだ。
だが、星夜はそれで満足することが出来なかった。
彼はあくまで、実験という名目ではなく、空を見せたいという純粋な思いでのみ動いていた。空の上で渋々電波を止めたとはいえ、寂しい気持ちの方が大きいことだろう。自然を愛する少年星夜にとって、空の優しい色は宝石のようなもの。
それだけ素敵な物なのにも関わらず、どうして人々は空を見ることはないのか。
雲行きが怪しくなった。
「僕の考えは、おかしいのでしょうか……間違っていたのでしょうか……」
『おかしいなんてことはない。ただ、自然を愛する気持ちを持つ者が減少しているというだけだろう』
「朝倉さん……」
ぽつりぽつりと、降り出す雨。それはまるで、星夜の心の内側のようにも見えてしまう。それは局所的に、そして直ぐに豪雨に変貌し、人々に襲いかかる。
自然が怒っているのか、それとも泣いているのか。誰にもその答えを理解することは出来ない。
だが、この時人々の目は電子機器など見てはいない。雨宿りの場所を見つけた人々が、次に見ていたのは『雨』そのもの。早く止まないだろうかと、立ち止まっていた。
『ふむ……この雨……』
『朝倉、どうかしたのか?』
『いや……もしかしたら、これから面白いものが見られるかもしれないと思ってね』
朝倉はこの先に起きるであろうことを予想して、笑みを浮かべていた。
「お空も泣いているのでしょうか……それとも、何かをしようとしてるのでしょうか……」
大自然の考えることは、誰にも分からない。星夜のような、星を愛する者であったとしても。
ただし、自然は応えることができる。
一人の少年が、自分を愛してくれていることに対しての恩返しを。
間もなく雨が止み、再び太陽が姿を現す。
そして、更なる素敵な光景を目の当たりにすることとなる。単なる偶然と言われればそれまでなのだが――。
――少年たちにとっては奇跡そのものであろう。
優しい青色の中に彩る、七色のコントラスト。それは手が届きそうで届かない、幻想の橋。
「すごい……きれい……です」
少年たちは奇跡の橋に魅了され、じっと見つめ続ける。そして、それを見ていたのは彼らだけではない。
『ふふ、地上をみてごらん』
『星夜、凄いことになってるぞ!』
『わわ、気付かなかった!』
「ほえ? 突然どうしたんですか……?」
『いいから見てごらん。凄いよ』
星夜が望んでいたものが、そこにはあった。
人々が、笑顔で虹を見ている。
……空を見ている。
星夜が見せたかった素敵な空を、多くの人が見つめている。その事実に気付くや否や、星夜の目からは涙が溢れ出す。
「すてきです……本当に……」
写真を撮ろうとする者は数少ない。ただ奇跡の桟橋を、じっと瞳に焼き付けている。そこに、複雑な思いは無かった。心を淡い青色に染め上げて、幼い気持ちになって楽しむ大人たちが居ることに、星夜は幸せを噛みしめていた。
多くの人々の心が、この日救われたのだ。
「そらぷろじぇくと、大成功なのですーー!!」
『名前あったんだ、この計画……』
『いいじゃないか、星夜楽しそうだし』
『ふふ……』
この日、天ノ峰の街は、幸せに包まれたのだった。
☆★☆
天ノ峰の街から少しだけ離れた、人気のあまり無い小道。そこから走って出てくる少女が一人居た。この時は酷い雨が降って、少女は駆け足で傘が買える店を探す。
一つの趣味に心が折れ、一人呆けて歩いていたときに降り出した雨。これに対して心の中身もまさに大雨。
ほんの少しして、雨が降り止んでもその心が変わることはない。それは寂しさのせいでもあったのかもしれない。どうして自分は評価されないのか、どうして見向きもされないのか。そのことが付きまとって、気付けば毎日のように考え続けた。
趣味に戻りたい気持ちは当然ある。だが、戻ったところで同じ事の繰り返しなのではないか。結局誰にも見られず、またそのまま辞めてしまうのではないか。その恐怖が頭を支配して、上手く行動を起こせなかった。
何か自分を後押ししてくれるものがあったならば、彼女はもう一度趣味と向き合うことができるかもしれない。だがその一押しが、まだ見つかっていなかった。
空に陽が指した。
天候の急変を流石におかしいと思った彼女は、睨むように空を見る。
その瞬間から、彼女の世界は大きく変わった。
彼女は救われた。陰で覆われた心に、一筋の光が差しただけでなく、思いと向き合う架け橋まで用意されてしまったのだから。
「もう一度、がんばってみようかな……」
――少女の物語が、再び動き出した。
そらぷろじぇくと。 くろめ @hoshinocox
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