第3話
それから、向坂くんとはよく喋るようになった。授業中だけだったが、それだけで十分楽しかった。ペンを積み立てたり、絵しりとりをしたり、夢中になりすぎて先生に当てられた時は困ったりもしたけどそれすらも楽しいと思えた。
そんな日々を送っていると時間が経つのも早く、日直も真ん中の列の最後尾まできていた。今日も先生の話を聞きながら向坂くんとどんな話をしようかなんて考える。
すると、私の指先になにか固いものがコツリと当たる。それは、4つに折りたたまれたルーズリーフの切れ端だった。
向坂くんからだろうか、そう思いながら隣に視線を向けると、彼はこちらに笑顔を向けながら『よんで』と声を出さずに口を動かした。
頷きながら彼のいう通りに、ルーズリーフの中を開いた。
『もうすぐで、日直だな』
力強い字体で書かれた文字を見て、私は思わず周囲を見回した。
言われてみれば、あと10日もすれば私たちに日直が回ってくる。向坂くんと日直をやるのは楽しみだけれど……。
私は、向坂くんが書いた文字の下に返事を書くと4つ折りにして渡した。
『向坂くんと日直やるのは楽しみだけど、さみしい』
『どうしてだ?』
『私達が日直をやったら席がえがあるから、さみしいなって』
「あっ……」
さみしい理由が書かれたルーズリーフを読んだ向坂くんは、その事実を忘れていたのか声をもらしてしまい慌てて口を抑えたが遅かった。
教室中の視線が向坂くんへと向かう。黒板に文字を書いていた先生も向坂くんを怪訝そうに見ていた。
「どうかしたか、向坂」
「すみません、なんでもないです」
気まずいのか、首の後ろを手で触りながら先生の問いかけに答える。一連のやり取りを見ていたクラスメイトは、クスクスと笑っていた。
再び黒板に文字を書き始めた先生を眺め、向坂くんはホッと息をはいた。
向坂くんが声を出してしまったのは、私があんなことを紙に書いてしまったせいだ。そう思うと非常に申し訳なくなり、私は小声で彼に話しかけた。
「……ごめんなさい」
「……有明さんのせいじゃないから、俺が悪いの」
自業自得。そう言って向坂くんは、眉をハノ字にして笑った。私はもう一度向坂くんに謝ると、今日はもう話しかけない方が良さそうだと授業に集中することに決めた。
◇◇
あの授業のあとから、誰かからずっと刃渡り20センチの
担任の先生の話も終わり、ガヤガヤと喋りながら帰るクラスメイト達を眺めながら少し遅れてカバンの中に教科書類を入れていると骨ばった手が私の机の上にルーズリーフの切れ端を置いた。
「また明日」
去り際にそう囁かれて、私はすぐに顔をあげた。向坂くんはもう友達と教室を出て行くところだった。
「また明日、向坂くん」
友達と笑いながら帰る後ろ姿を眺めながら、私はちいさな声で呟いた。
カバンの中にすべてしまい終えた私は、向坂くんから受け取ったルーズリーフを何気なく開いた。
私が書いた最後の文字の下に力強い文字で何か書き足されているの気づく。
『席が離れても、また話そう』
じわり、と涙が溢れそうになった。向坂くんは、私が欲しい言葉をかけてくれるのは何故だろうか。嬉しくて、嬉しくてルーズリーフを折りたたむと胸ポケットの学生手帳にしまい込む。胸ポケットに入れなおし、カバンを持つと私は教室を出る。
枯れていた心の花が咲き誇っているようなそんな気分で廊下を歩いていると別のクラスの教室から聞き覚えのある声がきこえてきた。
「だから、そんなんじゃねぇって」
向坂くんの声だった。声を荒げる彼を見るのが珍しく、教室の中をこっそりと覗くと向坂くんの他に同じクラスの男の子とこの教室の子だろうか知らない男の子が何やら話していた。
「えー、だって授業中楽しそうにしてたじゃん」
「それは……」
"授業中"その言葉を聞いた瞬間、ドキリと心臓が鼓動をうった。もしかしたら、いま彼らの話題になっているのはあの時のことかもしれない。私は、きゅっと胸ポケットをつかんだ。
「付き合ってるんだろ?」
「だから、違うって付き合ってないんだ」
「じゃあ、友達にでもなったのか?」
「…………」
友達からの質問に答えていた向坂くんが、その質問になったとたん黙り込んだ。彼がなんと答えるのか、私はドキドキしながら見守る。
向坂くんも友達だと思えてもらえていたら、嬉しい。
「……どうなんだよ、湊?」
「…………友達、ではない」
(え……)
「少なくとも俺は、友達だとは思っていない」
鋭い衝撃が、私の心臓を貫いた。
(……友達とは思ってくれてない?)
釘で何度も打たれているような痛みが続く。あまりの痛みに私は胸をおさえて、その場にしゃがみ込んだ。
その拍子にドサリとカバンが音を立てしまい、
(視線よりも胸のが、痛いなんて……はじめてだ)
「……有明さん、大丈夫か?」
ジクジクと胸が痛む。痛みをこらえながら顔をあげると向坂くんが私を覗き込んでいた。
「立てるか?」
向坂くんが、心配そうに見つめながらも手を差し出してくらる。私はその手を取ろうとして、やめた。
「有明さん?」
「……ごめんなさい」
差し出された手を握り返すことなく立ち上がると彼に一言謝ってから、私はその場から急いで逃げ出した。
おさえながら走った胸は、引き裂かれそうなほど痛んだ。
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