刃渡り15センチの恋

六連 みどり

第1話


 ウェーブのかかった黒い髪、サファイアのような青い瞳に、陶器のようになめらかな白い肌。幼い頃は、お人形さんみたいだねと褒められては、誇らしかったこの容姿は中学2年になった今では、私、有明菫ありあけすみれのコンプレックスとなっていた。


 思春期をむかえたあたりから私の容姿は、好奇の視線を向けられたり、異質なものをみるような視線を向けられるようになっていた。

 遠い場所から視線を向けられては、小さな声で何かを話す同級生。接するのがイヤなのか、すこし話しかけただけで眉間にシワを寄せて、鋭利な視線を向けられる。


 私は、いつのまにかそれらの視線が、透明な刃となってみえるようになってしまっていた。


 視線ヤイバは、刃渡り40センチのものや20センチと短めのもの、様々な長さで私に突き刺さり、私自身にしか見えない傷がポツリ、ポツリと増えていく。2年に上がってもそれは変わらず私を傷つけていた。


 親しい友人もできぬまま、気がつけば暑い夏が過ぎ去り、紅葉が彩りをそえる秋へと移り変わっていた。


「今日は、席がえをするぞ」


 担任の先生のその言葉に、クラスの全員がまるで踊るように、腕を上へとあげたり飛び跳ねたりして、一気に教室の中は活気づいた。

 前の席にいたものは、ガッツポーズをとりはじめたり、早くやろうと先生を急かしていたりとよろこんでいるが、後ろの席にいたものはブーイングするものや離れたくないと机に突っ伏する者までいる。

 真ん中の列の真ん中くらいの席にいる私も内心、喜んでいた。この席は、四方八方から視線ヤイバが飛んでくるのでもう少し安心して授業を受けられる場所に移動したかったのだ。


 早く担任がその手に持っているクジの箱を配らないか、ジッと眺めていると担任は、困ったように笑いながら小さく息をはいた。


「じゃあ、前からクジを渡していくから引いていけ」


 そう言って担任は、廊下側の1番前の席からクジの入った箱を渡した。後ろや前の席の子と楽しそうに話しながらクジを引いていく生徒達。クジが回っているうちに、担任は黒板に机の配列とランダムに数字を書いていく。

 その姿をジッと眺めながら、私はクジが回ってくるのを今か、今かと待っていた。



◇◇


 やっとのことで回ってきたクジ箱の中には、まだまだ紙が残っているらしく、カサカサと紙同士が重なる音がきこえる。

 ドキドキしながら、箱の中に手を入れた。その瞬間、教室中の視線ヤイバが私に突き刺さった。コソコソと小さな話し声が聞こえる。クラスメイトは、ハズレな私がどこになるのか気になっているのだろう。

 気にしないようにと小さく首を横に振り、箱の中から1枚だけ取り出す。箱を後ろの人に渡してから、紙の中をのぞく。

 ドキドキと心臓がはやまる。すこし震える手でゆっくり紙をひらいていく。この瞬間は、学校生活の中で5本の指に入るくらい緊張してしまう。

 やっとの思いで開いた紙に書かれた数字は、24。黒板に書かれた同じ数字の場所を探す。


「……やった」


 黒板に書かれた場所をみつけたとき、私は小さな声で喜んだ。数字の場所は、窓側の1番後ろの席。私にとってそこは、とても居心地のいい席だった。


「全員、引き終わったな。ほら、さっさと移動しろー」


 担任の声で生徒は一斉に机を動かし始める。ガタガタ、ガヤガヤという音はきっと下の階の1年生にも届いているに違いない。うるさくしてしまって申し訳ないと思いつつも私は、新しい自分の席へと移動した。


 窓側の席に座りひと息つく。視線ヤイバの数がだいぶ減ったことに安心する。それでも、視線ヤイバは多少なりとも飛んでくるので、外の景色を眺めて気を少しでも紛らわそうと、私は青い空に流れる雲を追いかけながら席替えが終わるのを待った。


「あー! 湊、1番うしろの席かよ。ずりぃ」


 突然、大きな声が教室中に響き、私は思わず肩を震わせて声のした方に視線を向けた。


「ずるいも何も、運の問題だろ」


 大きな声を出したクラスメイトに対して、黒髪の男子が答える。短い髪をワックスでも使っているのか、ふわりとあそばせ。目尻が垂れた瞳は羨ましいくらいに黒い色をしている。いわゆる、イケメンと呼ばれる部類の彼は、向坂湊さきさかみなと。サッカー部に所属していて、女子からも男子からも人気のある人だった。


 彼の隣の席は、きっと誰からも喜ばれるに違いない。それが少し羨ましいとそう思いながら私は、再び視線を空へと戻した。


◇◇


 移動の音でうるさかった教室は、やっと静かになる。近くの席の人と話している人もいるので多少、静かになった程度だ。


「授業をはじめるから、前向けよ」


 そう言って担任は、黒板に向き直ると前回の授業でやったことをおさらいし始めた。私は、急いで机の中から教科書とノートを取り出そうと机の中に手を入れた。

 そのとき、妙な視線ヤイバが私の頬に触れた。他の視線ヤイバと違って、オモチャのナイフのように柔らかいその感触に、思わず視線ヤイバの主を探そうと辺りを見回した。

 けれど、クラスメイトは黒板と机に視線を向けていて誰も私を見ている者などおらず、私は小さく首を傾げてから板書に集中することにした。

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