1-4 その手に掴む物は(完)
(夢?)
誰かが囁いた。振り向いても誰もいない。
もう一度前を向く。
少女が立っていた。恐らく知らない子。そして、いつの間にか周りが真っ暗になり、教室が無くなっていた。
「えっ……?」
「だから、これは夢」
今の状況こそが夢であるように思える。現実感がない。
「あなたには、この世に未練が無かった。ただ、これからも透明で生きていくならば、死んでしまうのも同じだと思った。誰からも気にかけられず、誰からもいないものとされるって、確かに辛い物でしょう。だから、飛び降りたんでしょう?」
「あっ……」
その瞬間体から熱が一気に無くなり、冷えていく感覚を味わった。
ダメだ、思い出しては、ダメだ……。
「あなたはね、飛び降りちゃったんです」
「そ、そんな……だって、私、これから、楽しい毎日が、知らない世界が待って……」
「その可能性を捨てたのは、あなた」
「!!」
一瞬世界が白んだかと思うと、私は空中にいた。
そう、死神と名乗る少女と出会った、校舎裏の空中に。
「嫌……!」
目を覆う。
「時を動かしたら、どうなるか、分かりますよね」
「どうして、今まで見ていたものは何だったんですか!」
「可能性。そして、もう掴めない未来」
今まで見ていたものは、死神の見せた夢だとでもいうのか。私は、初めて友達を得た。
由香さんという、親友を。
嫌だ、あれが幻だったなんて、嘘だ。こんなの、現実じゃない。飛び降りたのが現実で、初めての友達と、楽しく日々を過ごす生活が、夢だなんて。
「私、由香さんとまだお買い物に行ってない!化粧の仕方を教えて貰うの!それに、それに……」
泣きじゃくりながら、目の前の死神にまくし立てるように話した。
「でも、あなたにその未来はないんです」
「だったら……」
何も知らなければ、私は飛び降りる事に対して、諦めだけを抱いて逝けただろう。
楽しい未来なんて、経験した事が無いから、希望なんて私の頭で想像する事が出来なかった。なのに、見てしまったのだ。想像を超えた、甘い味のする世界を。果実の味をしてしまったのだ。
「なんで、私にあんな夢を見せたの。もう、得られないのに、何故……どうして……」
「言いましたよ、私。あなたの魂は天国に行くにも地獄に行くにも適していないって。現実への未練が無いからって。だから、未練を作ってあげたんです」
「あ……悪魔!」
「死神です。悪魔と同じにしないで下さい。死者の魂を高める事も、私たちの大事な仕事なんですから」
「では、もうそろそろ、死んでください。そしたら、私が地獄へとお連れしてあげます。地獄は辛いですよ~。でも、何もない毎日とは違ってスリリングかもしれませんね」
死神は笑顔だった。
地獄なんてどうでも良かった。私は、この現実で生きていたい。死にたくない。死にたくないのに、死を選んだのは確かに私だった。
「嫌……」
否定の言葉しか紡げない。
「では、さようなら、笹村美希さん。……美希って名前でしたね。美しい希望。悲しいですね、素敵なお名前を持っていたのに、待っているのがもう死でしかないなんて」
「いや……」
死神がパチンと指をはじく。
内臓が裏返る様な重力が一気にかかる。
「ああああああああ!」
私は叫んだ。諦めて静かに飛び降りたはずなのに、結局はこんな醜態をさらしながら、未練で視界を涙でぐちゃぐちゃにして。
「嫌、嫌ああああああ!」
そして
地面に
衝突して――
目を見開くと、自室の天井が見えた。
「ゆ……夢……?」
まだ夏になっていないのに、汗でパジャマはぐっしょりしていた。心臓の高鳴る鼓動が聞こえる。
ぼんやりしているけれど、やけにリアルな夢だった。そう、屋上から飛び降りる夢……。
本当に夢だったのだろうか。私は確固たる思いで、屋上に行った時の気持ちを、鮮明に思い出せるのだ。
「まさか、死んだの?」
ここは、死後の世界?
なら、この不快な汗は何だと言うのだろう。これこそ、生きてる証拠じゃないか。しかし、目覚める直前に、私は確かに地面にぶつかったのだ。
その時の恐怖を思い出し、震えた。自分を抱きしめて蹲る。
「怖い」
ピピピピピ。
携帯のメール着信音が鳴る。デフォルトから変えていない単調な音。私にメールを送ってくる人間なんていなかった為に、デフォルト音の着信音すら、久しぶりに聞いた。
携帯を開く。
【おっはよー美希(/・ω・)/
今日のバイト無くなったー!ねえ、買い物今日いこー!
いい?いいよね~( ̄ー ̄)
そして、早くガラケーからスマホに変えてよね!
今時メール使う人間の方が貴重だゾ(*´`)σ)Д`)
ゆか☆彡】
「えっ」
由香さんと仲良くなったのは、死神の言う夢だった筈なのに。
また夢を見ているのだろうか。死ぬ直前にまた夢を見せられて……。
だったら、私は夢が覚めたら死ぬ。
「嫌だ……」
ピピピピピ。
また、携帯のメール着信音が。しかし、登録されていないアドレスからだった。
【あっもう夢じゃないんで。これに懲りたら自殺とか辞めて下さい。
そんな魂連れて行ったら死神の評価下がるんで。
せいぜい往生して、天国に行って下さい。
今回の件で私のボーナスはパアなんです。超感謝して下さいね。】
死神からのメールだろうか。この内容を信じていいのか分からないけれど、信じたい。
返信しようと思ったけれど、送られてきたアドレスが、無くなっていた。本文は残ったけれど、どこから送られてきたのか分からなくなってしまった。
信じよう。死神が何故かくれたチャンスをふいにする訳にはいかない。何より、私自身が強く、先の見えない未来を欲している。
私は親友にメールをしたためる。
【由香さん
おはようございます。朝起きるの早いんですね。
今日お買い物で大丈夫です。楽しみにしています!
携帯買い替えるには、そうですね、バイト、私もしてみようかな? 美希】
「ありがとう、死神さん」
そうして、私は歩き出す。
「いいの?時系列入れ替えなんて越権行為だよ。ボーナスどころか、減給で昇給が遠のくよ?」
「過去改変した訳じゃないし、いいじゃないですか。あり得る未来を先に手繰り寄せただけです」
「彼女が飛び降りた瞬間に死はほぼ確定していたのよ」
「いえいえ、飛び降りる瞬間から夢ですから。彼女は飛び降りてすらいませんよ」
「それズルじゃない?ほっといたら結局死んでた運命じゃないの」
「どうせ、自殺者の魂は扱いに困るし、いつか人間は死ぬんですから、いいじゃないですか。そもそも、彼女には誰かと交じり合える運命があり得たから出来た事です。盲目になっていた彼女に、気づかせてあげただけです」
「そういうの、越権行為って言うんだけどなあ。子供には甘いね、あなた」
「そりゃあ、大人になれない私ですから。死神とはいえ、未来ある若者の味方です」
小さな体の死神が、えへんと胸を張ってみせた。
「あーあ、一生それじゃあ平だわ。パシリの運命だわ」
「私の未来は私がなんとかしますんで。ま、どうしようもない魂を見繕って回収して挽回します。さあて雑魚はどこかなー」
「酷いんだ」
「死神なんてそんなもんです。じゃ、忠告ありがとうございます、先輩」
そういうと、少女の姿をした死神は、夜の闇へと消えていった。
了
死神さんのお仕事 りも @rimo_dayo
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