Ending Phase -或る病室、そして-

 目を見開くと、病室の天井が映った。

 慌てて身体を起こすと目眩がして、倒れるように枕に頭を戻す。


「目が覚めたか。無事で何よりだ」


 病室の入り口から声がした。聞き覚えのある声だった。

「リリスさん、ですか?」

「ああ。ちょうど見舞いに来た時に目覚めるとは、色々と都合が良い」

 リリス・アイギスはUGN本部所属のエージェントで、僕は父さんを通して多少の親交があった。

「リリスさん、僕はどうなったんですか。あの子とあと……父さんも」

「落ち着いてくれ。……順番に話そうか」

 思わずまくし立てた僕を諌め、リリスは話し始める。


「まず、君の行動。君はUGNの緊急回線を使用した。伝わったのは、『アシュヴィン』セルの研究所に潜入している事、陸師が死亡している事。ちょうど付近にいた私が部隊を率いて突入し、君と少女を保護。君は一週間ほど昏睡し、今に至る」

「……あの子は無事ですか? あと子供たちも……」

「保護した。所長室にいた少女はこの病院の別の個室にいる。歩けるようになったら会いに行くといい」

「そう、ですか。良かった。良かった……」

 あの時の想いは無駄じゃなかった。それだけでも、救われたと思う。


「表向きには、今回の一件は明原陸師の任務中の殉職とされている」

「え……」

「明原陸師は独自に『アシュヴィン』セルの研究所を調査しており、陸夜を連れ独断で潜入。潜入中にセルリーダーに発見され、激戦の末相打ちになる。かろうじて陸夜だけは生還した。とまあ、こういう筋書きだ」

「それは……」

「霧谷雄吾と私で決めた事だ。明原陸師のような古株のエージェントがFHセルリーダーでもあったなどと知れては、UGN全体に不和を招きかねない」

「……確かにそう思います」

 妥当な判断だとは思う。それでも、複雑に思うのは止められない。


「明原陸師の真実を知っているのは、UGNでも霧谷雄吾と私だけだ。……ああ、君とあの少女もか」

「あの少女はかなり危うい状態でしたし、知らない事を祈ります」

「そうだな。そうそう、あの子の処遇だが……」

「僕が保護します。可能でしょうか」

 思わず口を挟んでしまった。しかし、これだけは心に決めていた。

「可能だ。手続きをしておこう」

「……ありがとうございます!」

 便宜を図ってくれるらしい。いつもそうだが、リリスは何も聞かずに力になってくれる。父さんも話していた。


「ああ、そうそう。『アシュヴィン』セルについてだが」

「何です?」

「アールラボのレネゲイド関連病部門が、『アシュヴィン』セルの成果の一部横流しを受けていたらしい」

「えっ……レネゲイド関連病部門って、最近予算が拡充されたばかりだと聞きましたが」

「『アシュヴィン』セルの成果のおかげだろうな。現在内通者は懲戒処分、来年の予算も縮小が決定したようなものだ」

 成果の横流しをして、対価として何を受け取っていたのだろう。今となっては分からない。知る必要もないだろうか。


「君が知りたい事は、これで充分かな」

「はい。リリスさん、ありがとうございます。わざわざ病室まで来て頂いて」

「なに、旧友の息子だ。見舞いにも来るさ」

 ほんの少しだけ口元を緩ませ、微笑みを作るリリス。

「それと、用事はもう一つある」

 そう言って携帯電話を取り出したかと思うと、誰かの呼び出しをしたままこちらに手渡してきた。

「携帯はそのまま使い続けて構わない。では」

「えっ? リリスさん、これは……」


「【もしもし】」


 電話の先から届いた壮齢の男性の声を聞き、思わず背筋を伸ばす。

「もしもし」

「【明原陸夜さんですね。UGN日本支部代表、霧谷雄吾です】」

 UGN日本支部、いやUGNの要が、電話の先にいた。


「存じ上げております。お疲れ様です」

「【こちらこそお疲れ様です。電話をかけさせて頂いたのは、あなたの処遇について話し合いたいと思ったからです】」

「――はい」

 処遇と聞いて、身体が震えるのが分かった。


「【単刀直入にお聞きします。今回のような事件を受けて、UGNエージェントになろうとする陸夜さんの意志に変化はありましたか?】」


「……なんだ。それなら、決まっています」

「【と言うと?】」

「僕はUGNエージェントになります。この想いはずっと変わりません」

 さらに言うなら、今回の一件で決意が強固になった。


「僕はかつてのUGN本部エージェント、明原陸師に憧れていました。彼は変わってしまいましたが……僕が憧れた彼のようになりたいと思っています」

 誤解されてもおかしくないような言い方だったが、霧谷雄吾は分かってくれた。


「【……分かりました。では、こちらから改めてお願いさせて頂きます。明原陸夜さん、ぜひUGNエージェントとして働いて頂けませんか?】」

「喜んで」

 一文字一文字、はっきりと返答した。


「【ありがとうございます。所属先は追って通達しますので、今はゆっくり身体を休めて下さい。ああ、それと……】」

「何でしょう?」

「【晴れてUGNエージェントになったからには、コードネームを決めなければいけませんね】」

「コードネーム、ですか」

 全然考えてもいなかった。何がいいか……

「【こちらで決めても構いませんが、何か希望はありますか?】」


「……では、"赫い男マーチャー"で」


「【……理由をお聞きしても?】」

「受け継ぎたいんです。彼の意志を」


 何度倒れても任務をこなし続け、赤い赫い意志のままに生きた殉教者マーチャー


 彼は途中で道を外れてしまったけれど、その意志は誰かが継ぐべきであり。

 僕が継ぎたいと強く思う。


「【分かりました。あなたは今日から"赫い男マーチャー"、明原陸夜です】」


 霧谷雄吾の朗々とした声が響く。


「【UGN日本支部代表として、あなたの働きを大いに期待しています】」


 今日という日に、UGNエージェント・明原陸夜の赫い意志は芽吹いた。

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スプラウト・ソウル -Night goes on- でぅとぃるとる @metafalica556

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