第二十七羽 深紅の纏う翼
風の精霊キュールが守護する街【フィー】
防御に関しては右に出る者はいないとされる原初の精霊が築いた、
守りに固いこの街は数日前に堕天使に落とされた。
人々の喚き声とそれに呼応するかのように歓喜する
下卑た逆賊の声。 堕天使の思想にあてられたならず者どもによる虐殺や強奪、
自衛の術など持ち合わせていない彼らにとってそれは、
非日常を無残にも突き付けられた地獄に落ちた気分だった。
欲望のままに人を殺し、欲望のままに女に手をかける。
あっち側についた人間にとってこれほど生きやすい環境は無かっただろう。
しかし彼らは気づいていなかった。
確実に迫る黒い影に・・・
暴徒が堕天使と手を組み非道を繰り返していたが、その約半数は壊滅しかけていた。
マーブル=イグナス。 長剣をまるで自身の手足のように扱い
驚くべきスピードで街を駆ける。
そしてもう一人、 紅い眼をした少女が戦場を駆ける。
かつてのアルテーク騎士団シュヴァルツのメンバーが一人、
ミュルル=アクリス。
駆けた先から血飛沫が舞うことから
つくほどだった。
若干15歳にして戦闘の経験値がマーブルとさほど変わらない。
一つ弱点があるとするならば身長が150センチ前後だということ。
しかし相手の動きが鮮明に捉えられる彼女にはさほど関係は無かった。
「マーブル先輩、 さっきから雑魚ばかりでとてもこの街が占領されたなんて信じられないんですけど 」
「うーん、 それは私も思ったんだけどさ、もし本当なら危険この上ないし文句あるならあそこの悪魔さんに言ってよねー 」
マーブルが指さす先に一人の女性が暴徒を次々と殴り飛ばしていた。
170センチはあるだろうかミュルルとは対照的に背が高い。
黒い長髪は後ろで一本にまとめられ、 それでいて清潔感を醸し出している。
二人が彼女と出会ったのはほんの数時間前だった。
—――――――――――――――――――――――――
カムラ達と別れた後マーブルは各地に散らばっている
騎士団を集めていた。 街を渡り歩いては情報を手に入れ
捜し歩く。 その道中で再会したのがミュルルだった。
自由奔放という言葉が似合う性格で、騎士団に所属していながら
自分の腕を磨くために放浪していた彼女に出会えたのは運が良かったとしか
言いようが無かった。
下級堕天使の死体の山を築き上げ満足そうにしていた彼女に
今起きている状況を話したら快く協力してくれた。
あちらもいくつか情報を持っていたようで、騎士団の何人かは既に
殺されたこと、 更には騎士団員の中に何人かいた特異能力者の力が
奴らの手中だということを
ミュルルは歩きながら説明してくれたが、どうしてそんなことを
知っているのかマーブルは不思議でたまらなかったが、
既にミュルルが仲間の何人かを葬ったと話してきたのだ。
彼らに生気は無く動く屍同然、倒すのも苦では無かったと
彼女の口から聞いた。
当初の予定を変更してマーブルは【シャルティ】を目指していた。
変更したのはもちろん自身が捜す予定だった騎士団員が
既に死んでいたことをミュルルに知らされたためだった。
シャルティを目指す最中、 二人は襲い来るいくつもの敵を倒す。
中には悪魔機関を名乗る怪物もいたが二人にとってそこまで問題になるほどの強さでは無く、気付けば街三個分の堕天使を葬っていた。
そんな中、穏健派の女性に出会った。
臨戦態勢を取るミュルルに対し、武器を全て捨て戦いの意思が無いことを示す
彼女に疑念を抱いたマーブルが話を聞くことにした。
穏健派悪魔を名乗るその女性が言うには、
精霊の守護する街が落とされたという情報が仲間から知らされたために、
取り急ぎ動いているのだそう。
彼女曰く、私はあなた方の味方であり協力を惜しまない。
ある場所に向かうように連絡が入ったので向かっていたのだが
先にミュアを奪還して欲しいと、その際に近くにマーブルという女性がいるので
捜して協力を要請するようにと言われこうして会いに来たという次第だった。
マーブルはここまでで大体の話の筋が見えていたが、彼女が仲間と言っている人物の名前を聞いてそれは確信に変わった。
ミュルルは話の内容が頭に入ってはいなかったが、
味方であるならと彼女の協力を申し入れた。
それからは早かった。 ミュアへ行くのに何日もかかるところを、
穏健派悪魔の彼女、 ユズリカの魔法
【
―――――――――――――――――――――――――
戦闘をしているユズリカの姿を目で追いながら
ミュルルも周りの雑魚を一蹴する。
しかし先程までとは違い敵は倒れなかった。
それどころか彼女から受けたダメージを自ら吸収し始めたのだ。
「マーブル。 敵の動きが変わった。 ・・・マーブル?? 」
いくら呼んでも返事が無い。それどころか先ほどまでいた
場所とは思えないくらい辺りが廃れて果て一面霧がかかり始めた。
と同時に暴徒の姿も霧の中へと消えて行く。
「クフフフフフフフ。 まさかこうも簡単にかかるとは思いませんでしたよ 」
不気味な笑いと共に気持ちの悪い声が霧の中から聞こえてくるのが分かった。
「なるほど、 私達を分断して倒そうって話? いかにも雑魚がやりそうなことだね。 そうやって一人ずつ倒していくつもりなの? 」
「勘違いされては困りますねぇ。私が一人であなた方と戦うわけがないでしょう。一人ずつ確実に息の根を止めて差し上げますよ 」
――――――――――――――――――――――――――
「まさかまたここに来るとは、 ていうより
完全に敵の罠に嵌った感じがするなぁ 」
マーブルはため息交じりに呟く。
彼女がいる場所はかつてタイガーを討ち倒したアルテークそのものだった。
周りの風景から何まであの時のまま、ただ一つ違っていることと言えば
静かすぎるということ。 もしアルテークが落ちているなら今頃ここは堕天使の
いい溜まり場になっているだろう。いや腐敗しすぎて近づきもしないのだろうか。
今はそんなことどうだっていいかと、辺りに集中する。
すると奥の方から一人の男が歩いてきた。
「アァ、 まさか私の相手がこんな可愛らしい女性だとは。
これは何という巡り会わせなのだろうか。 おっと失礼。
素敵な女性を見るとつい自分の世界に入ってしまうものでね 」
「素敵な女性とは、 そりゃどうも。 でも生憎私は変態に付き合っている
暇がないんでね、 死んでくれるかな 」
「アァ良い!その声、その態度、その身体!
是非とも私の
「・・・ 私がいうのもなんだけど頭大丈夫? 」
「なに、 これから私のものになると思ったら笑みが止まらないだけだよ 」
「悪いけどアンタのものになる気も無ければ、
そんな悪趣味に付き合うつもりもない 」
マーブルは敵の動きに注意しながら二本の長剣を構えた。
—――――――――――――――――――――――――
ユズリカは状況の判断に努めていた。
彼女もまた別の空間へ飛ばされたうちの一人で、
ただ二人と違うのは、周りが何も見えないという事。
彼女の眼前に広がるのは真っ黒な空間。
どこまでも果てしなく続いている闇、
どこまで行けば天井で、どこまでいけば壁にあたるのかさえ
分からない。視力を根こそぎ持っていかれたような、そんな感覚だった。
それでも彼女は至って冷静だった。
呼吸が荒れることは無く、泣き叫ぶ様子も見せない。
そんな彼女を見て痺れを切らしたのかどこからか
声が聞こえてきた。
「まさか、その状況下でこうも冷静でいられるとは思ってもいませんでしたよ。
てっきり泣き叫ぶかと思っていたのですが 」
しかし彼女は返答しない。
「黙っていられても、無視されている気分で悲しいのですがね。
まぁいいです出会ったばかりですが自分に何が起こったのかわからないまま
死んでください 」
ここまで聞いてユズリカは初めて口を開いた。
「少しお喋りが過ぎるんじゃないかな!」
話すと同時、声のするほうへ魔力を放出する。
しかしその攻撃は瞬く間に闇の中へと吸い込まれていった。
「おぉ危ない危ない。いきなり攻撃とは油断できませんねぇ 」
「残念、外しちゃったかな 」
正体の分からない闇の声に対し、
ユズリカは苦笑しながら戦闘態勢を取った。
それでも僕らは傷つきながら笑いあう 夜月 祈 @100883190
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