第18話 行程(決して皇帝ではない)


「ああ!世界は愛に満ちている!!」

 切りあいを始めてもう何分経ったか分からない。斬撃の応酬をぶつけながら、私は鵺の後ろでエリカは見守っている。

「ねえ、エリカ。どうしてお前はリュケイオンに来たんだ?」

「あら、人に物を訪ねる時は、自分から言うのが基本ですわ」

 涼しい言葉遣いだが、エリカの声には緊張感がある。自分のアームズの後ろで控えているから余裕、というわけではない。むしろ自分のアームズ、大切なヤツらを闘わせているのだから、不安をかみ殺して信じているのだろう。

「それも、そうだな。


私は、元の体に戻りたいんだ」


 自然と、つい口から出てしまった。

 言ってしまってから気づいたが、 今まで恥ずかしくて人に自分から言えないでいた秘密を、少し打ち明けてしまう。でも、そんなに悪い気はしない。

「そうでしたの…私には、今のあなたがとても輝いてみえますわ。そこまでご自分を卑下せず、今ありのままでよいのでは?」

「いいや、これは私の、そう俺の、根幹なんだ。失ってしまったものは、俺にとって限りなく大切だったものなんだ。それを取り戻したい」

「そう…。あなたにも事情がおありですのね。

ありがとう存じますわ、トマコさん」

 鵺の斬撃が止み、後ろに退いていた。


「では私の奥義をお見せしますわ」


 鵺の姿が光となって霧散し、元のボタンに戻る。

と同時に、ふいに。俺の中に、新しい技のインスピレーションが湧く。

 これは…キールの把蟲の編手:ワームアームズが、ミーンと共鳴している…?

「さあ、トマコさん。行きますわよ。準備はよくて?お嬢様。」

「ああ、いいぜエリカ。俺も試したい技がある」


「「******!!!」」


 型名を叫んだ 瞬間、光り輝くウルクオンが舞い散り、靄となって俺たちの視界を奪う。


「蛍噛刀:ケイコウトウ」

  俺の掌の中に、刀が握られている。さっき呼び出した、ミーンの新しい形。かつて日本刀と呼ばれていたそれは、いつものダガーより長い。いつも赤みがかったミダガーと対照的に、青みがかった白い刀身をしていて、輪郭に虹色の光が揺らめく綺麗な形をしていた。きっと色の系統が違うのはキールのアームズのおかげだろう。

“ミー!初めての共同作業!だZOY”

 やはり刀身から声が聞こえてくる。ZOY…?

  ともかく、俺は新しくなったミーンブレイドを構える。先のブラストファングとは違い、形状が安定してるのに感じるポテンシャル、テンションはこちらの方が大きい。一瞬の技で決めるアレと比べて、こちらは静かという感じだ。

 やがて、ウルクオンの霧が晴れていく。向こうに、エリカの姿が見える。

  いや、アレは…


「種明かしでございます、トマコ女史」

 目の前にはエリカの恰好をした美青年が立っていた。

「奇目の性躯:キメラセックス」

 相手は、変態発情丁寧グラマー女のエリカだっはず。でも前にいるコイツ、この男は…?

「これが私の真骨頂にして夢の足がけ。 キメラボディは生命を司るアームズ。

自分の性別を書き換えることなんて不思議でないでしょう。


この時の私はエリカ改め、エリオットとお呼び下さい」


なん、だと…?

男になっただと。

「同時に、私とキメラボディは只今一体化しています。私自身がアームズと相成りました」

「」

 斬りかかる俺。避けるエリオット。その手が虎になる。

「頂きます」

 俺の腕を噛まれ、燃えるような激痛が走る!


「ぐわああ!!」

「とらえました、トマコ女史。このまま毒を流させて頂きます。奇目の与婪:キメラトランス 。」

  かつて虎だったエリオットの腕に鱗が生え緑がかり、虎の猫的な顔から蛇のソレへと変貌して行く!

「やばい!ミーン!」

  俺は刀身の長くなったミーンブレイドで腕に斬りかかろうとする、と!

「そうもイキますよ、出でよシオマネキ」

 エリオットのもう片方の手が巨大なシオマネキの蟹のハサミとなり、刀を受けられる。

「くそ!なんでもありかよ!」

 身動きが取れない・・・。

「さあ、王手です。トマコ女史」

 みるみるコブラの頭が形成され、傷口に違う感触がやってきている。

「 やばいやばいやばいやばいほんとに死んでしまう!ええいはなせはなせはなせはなせぇ!」

「セイ!」

 一瞬腕が軽くなった!そのまま距離を取る!

「なんと…」

 十分な距離を確認して、エリオットに視線を戻す。!?両腕が…ない?

 ふと自分の腕に重さを覚える。恐る恐る見ると。

 コブラの頭とシオマネキのハサミが、付いたままだった。

「うわああああああ!?」

「ミー!ご主人に群がる獣を打首にして血祭りにしてやった!ZOY。」

「おいどういうことだ!なんでいきなりスパッと切れた!?」

「ミー。もっと驚くことがあると思うミー?具体的には話しかけてる相手とか」

「え?なんだって?














お前ミーンか!?」

「やっと気づいたかミー。

 とりあえず技の解説からミー。

 蛍噛刀はあの貴族の蟲のアームズとミーンの力の合わせ技。多様性と瞬発力を兼ね備えてるミー。前みたく力をチャージしつつ、さらに一瞬だけ刀身から原子一個分の暑さの”斬撃”を放つことで、化学結合すら破壊できる最大攻撃力を獲得したミー」

 ミーン、お前、俺より賢いじゃねえかー・・・。

「やりますね、トマコ女史」

 両手から血が滴りながら平然とエリオットが言う。

「おま!なんでそんな平然としているんだよ!」

「なぜかって?ご冗談でしょうトマコ女史。これも技の発動条件だからです」

 いつのまにかエリオットのの口元には、唾液に濡れたリボンが…。口で結ったのか!?


「奇目の履母:キメラリボーン」


  呪文が、聞こえた。と同時に俺の腕にひっついていた蛇の頭と蟹のハサミから、泡が立ち…蛇もどきの虎と蟹の胴体が再生している!

「ち、やべえぞ!おいミーン!なんかないのか!」

「ミー。ご主人の選択的スルースキルには舌を巻くミー。

ミーの特質は、いいやアームズ全般の特質は反応すること。現に、あのエリなんとかさんだってさっきの技を、思いつきで発動してるミー。

 そう、グラデュエルは試合ごとに高い到達点にいるものが勝つんだミー」

「色々と突っ込みたいことは多いが、説教くさいだけで結局何にもなってねーぞオイ!」

「よく言うミー。 散々ミーを振り回して応戦してる癖に。ZOY」

 生まれてからずっと一緒だったミーンとの感動的対話をしながら、ミーンブレイドを動的に振り回す俺。蛇頭の虎と巨大な蟹の攻防が続く。

「こっちだって死にそうなんだよ!!ていうか当たる瞬間だけ解放するから省エネなのな!このエコロジー!!」

「ミー。そんな罵倒は初めて聞いたミー。ヒント、ミー。

一つ。形を保っている刀身に対して、光の部分はウルクオン純正ミー。

もう一つ。グラデュエルは相手とのコミュニケーションミー。エリオットはご主人の瞬発力と生まれ育ちからあの技を編み出した。今度はご主人がエリオット、いやエリカから何か編み出す番だミー」

「ああ?」

 エリカ…変態。Q.E.D.

 いや待て。あいつのキャラ、特性…。決めセリフ。

 決めゼリフは…まさか。

「まさか、いや、そんなまさか!アレをやれって言うのか!あのこっぱずかしいセリフを!この私に言えっていうの!おいミーン!」

「恥を切らせて心を開くミー。そいで…いい加減漫才やってる場合じゃないミー。」

「は、…」


「ええ、世界は愛に満ちています」


 巨大な影。

「あなたたちがアダミーとフェルナンデスと戯れている間、私はここまで来ました」

 悍ましく艶かしい、獣。

 観客席からざわめきが起こる。

「これは…幻獣だな。この圧。

 神話級とは行かないまでも、伝承級、いやその上の伝説級の…奇目羅キメラ。

 若手の裁量者が単独で太刀打ちできるサイズじゃないな、こいつは」

 審判のヒトエ先生が、淡々と告げる。

 異形の怪物。

 コロシアムの半分を埋めつくさんとする蛸の足。その上には辛うじて人型の形を保った巨人の半身が。いや違う。肩にはライオンとヤギの頭。蛇の尻尾が合わさった指。歪な左右非対称の鳥たちの翼。猿の腕で組み合わさった骨格。腐りながら再生し続ける頭部。その体には妖しく血が滴り、輝いている。片目があったであろう穴に、エリオットは立っている。


「奇目の烈塗の朽淫:キメラレッドクイーン。

 朽ちるために生まれ続ける愛しい赤の女王。トマコ女史、君に彼女が倒せますか?」


その眼差しからは一縷の寂しさ、普段はアホみたいなエリカが、男の体で神妙に物語る。

「私のアームズは、私の祖母を殺したキメラから作りました。

 このクイーンは『人間以外の動物で人間の肉体を形成した』形態です。

 なぜ、祖母は死なねばならなかった?あの慈しみ深い、歳を重ねてなお天使のような優しさを持ち続けたあの祖母が。

 それはこの世に争いがあるからです。

 私の願いは、この奪い合う世界に、恒久の平和をもたらすこと。性愛から転じて行き過ぎたコミュニケーションを、性的に自由にして再構築すること。それは契約ではなく争いの根絶。もう一度神話の扉を開きましょう……。」

 そうか。

 アイツのアームズも、俺と同じように訳ありなんだ。でも。

「訳なら後で聞いてやる!わかったぞミーン!お前の言いたいことが!」

「ほほう、ミー?」

「この世界に生きている以上、奪い合わなくちゃいけない。

全人類が幸福であり続けるには、人間の欲望は大きくなりすぎた!ああならばこそ!」

「そう!そのイキだミー!!」

 エネルギーが高ぶる!

「冗談はおよしください、トマコ女史。

 今までのアームズとは勝手が異なります。

 クイーンは伝説級のキメラ。

 彼女を正面から打ち破れる生徒は、この学苑にはないでしょう。

 死にますよ?」

「え、まじ」

「怯むなミー!ここぞ!というところでしおらしくなってどうするミー!」


「朽淫の血愛く命屠:クイーンズ・チェックメイト」


 一段と低い声でエリオットが告げると、クイーンが歪な手をこちらに差し向ける。あらゆる箇所が口となって喰いかからんと視界一杯に襲ってくる!

「ミー!モタモタしてるから正面を完全にふさがれてしまったミー!」

「しゃあねえ、もう退路はねえ!」

「アイツの十八番!そのセリフを高らかに叫ぶんだミー!!」

「いくぞ!」

「ミー!」


「「ああ!世界は愛に満ちている!!」」


「「刃跡の振愛渡:ハート・ブレイド!」」


 思い浮かべた文字とは裏腹に、刀身からピンクの光があふれる。

 そこから♡マークの光の刃が!

 クイーンの腕を!

 避ける!

「何をするつもりですか?」

 不機嫌に冷えた声。怖ッ!

「今にわかるミー」

「まあいい、クイーン。お食べな、さ、い・・・」

「俺の勝ちだ、エリオット」

 ♡型の刃で、巨大な♡を描く。

 下端から始まり、クイーンの手を避けた左右に伸びた線はランデブー。

 そう、エリオットの心臓を終点として。

「ミー。原子一個分とはいえ、あのキメラを避けるには相当大きい♡を描く必要があったミー。骨が折れたミー。ZOY」


「勝者、トマコ!」

 二回戦は幕を閉じた。

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グラ・デュエル @Motoki_Sho

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