第十二話

「……では、軍議を始める」

 東部領第一から第七連隊の隊長副長が野外にて広く陣取った天幕の下、顔を突き合わせていた。

 人間である第二連隊長夏山星舟、既に病死した真竜の第四連隊長を除けば、皆いずれも若く勇猛で明晰な獣竜鳥竜たちである。

 そこにツキシナルレの家宰ブアルスゥら諸氏族の当代名代が加わり、総勢五千あまり。内憂外患を各方面に抱え、それらを鎮圧せねばならないことを考えればやや心もとない戦力ではあるが、それでもなんとか揃えられた数ではある。


「一応名目上ではあるが、サガラ様のご推挙により、不肖夏山星舟が総大将を務めさせていただく。異存あれば発言もしくはご退席願おう」


 皆、黙々として手を動かしている。

 ある一点に視線を集中させ、煮えたぎる水音に耳を傾けて、誰も退出する者はいなかった。


「……結構。では次に今後の方針についてだが、これについても何か意見のある者は危急時ゆえ、身分種族門地いずれにも拘らず、腹蔵なく申し立てて欲しい」


 そう言うと湯気の中より挙がる手があった。

 そして甲高い女の声でいうのだ。


「今からお前の分よそうけど嫌いな野菜とかない?」

「あー別に嫌いなものないからいいけど……ってウォイ」


 星舟は思わず声音を低く濁ったものに転じた。

 気が付けば口上の間にも皆でワイワイと大鍋囲んで好き放題に自分たちの碗へと運んでいく。


「誰だよ鍋食いながら軍議しようとか言い出したの!? あとでかい蟹入れた奴! 喋らせる気あんのか!?」

我が名はグエンギィわたしです

「あぁだと思ったよ!」


「まぁそう怒りなさんなっての。こんな状況じゃなきゃ、雨天決行の鍋会とかできないだろ? 飯食う時間も惜しいし」

「すげぇ前向きだな!」

「というか私らどのみちもう詰んでんだから最期ぐらい好きなもん食って死のうぜ。たとえ汚れた水で煮炊きしてようともな」

「……すげぇ後ろ向きだな」


 グエンギィのはさすがにテキトーに言い放った極論ではあるが、もしやこれは天意によるものかと、人のみならず竜たちの間でも不安が広がりつつあるのは確かだ。


「……そうさせないためにオレらが来たんだろうが」

 自分にもそう言い聞かせるように、星舟は言った。


 とりあえずは腹を満たすことである。

 持ち寄った山海の具材を味噌を溶いた湯にぶち込むという雑……もとい野趣あふれる料理を、無心で食べていく。


「……おい、なんか味薄くないか?」

「えー、星舟の味覚が変になっただけだろ?」

「そうかなぁ」


 という感想会もそこそこに、いい塩梅に腹もくちたところであらためて本題へと突入する。


「ひとまずはこのくだらない戦いだけは終わらせる。腹案がなければこのまま、ちゃんと説明に入らせていただく……リィミィ」

「了解……現在、各所で起こる反対運動、武力蜂起は一応のナリを潜めつつあります」

「初撃の鞭と飴が利いたんだろうねー」


 余計な茶々を入れるグエンギィを、ポンプゥと星舟自身が睨んだ。


「サガラ閣下ならそう言うかなって。今上洛の途だろう? こう、皮肉が寂しいかなって」


 誰の代わりに穢れ仕事をやったと思っているのか。そう言いたかったが、別にしてしまったことに対して今更恨み節をぶつけたところでどうともなるまい。

 黙した星舟の代わりに、第三連隊のアンデェが応じた。亀を信仰とする、それこそ甲羅のごとき強面の持ち主である。


「あれのおかげで、おれたちは……やらずに済んだ」

 おまけに弁も鈍重で朴訥と来た。あまりに印象通りの様相に、初対面で星舟が吹き出しそうになったのはいい思い出だ。

 今では守戦に長けた武才、かつ良識派の言動を頼みとしている人物だ。


 礼の代わりに、大量の具と汁を彼の碗に盛ってやる。

 そのうえで話を切り戻し、星舟は続けた。


「もっとも、帝都より長い手を伸ばしてしきりに扇動している奴がいる。その連絡線を絶つことは困難かつ雑多で、放置するよりほかないのが実情だ。またぞろ反乱の芽が出ることだろう。その前に敵の主力を叩く」


 諸将頷き、その基本方針に従事する意を示した。


「敵は汐津、分良を主軸とする藩と残りは網草英悟で、これはもはや軍隊とは言えない。先と同じ暴徒の群れだ。見境なく境を侵し、家や村々を焼く外道畜生の類だ。討つことにためらいもなかろう」

「悪態つくのは結構だが、具体的には?」

 グエンギィが問う。


「奴らの行動にはもはや一貫性もなにもあったものじゃない。逐一追うことはしない。この軍にそれぞれの役割を持たせて分け、迎撃に当たらせる」


 そう言って星舟は手を挙げた。

 書面を携えてララ姉弟が連隊長や諸将の間を巡り、それら詳細な計画書を配っていく。


「まずはご足労頂き恐縮なことながら、諸氏族、豪族の皆々様には、そのまま領地任地の守りを固めていただく」

「……我らは、役立たずと?」

 気色ばみかける彼らを制し、星舟はゆったりとした口調を意識して続けた。


「先に申しましたとおり、これは迎撃戦となります。いずれ彼らは貴方がたの地を焼くべく殺到しましょう。そこを迎え撃ち、かつ各方面の中継地点へと連隊を派遣。その援護に向かわせます」


 口頭でそう説いたうえで、彼は書面を一読するよう促した。


「第五連隊キマジィは北部、尾根州担当」

「あらら、まァ~た冬場にクソ寒いとこに連れてかれるのね。懐炉でも持っていこうかしらン」

「いや、無理に個性とか出さなくて良いから。第七連隊ヒノノトンはその東に在って各山主と連携。敵を山間の懐に誘い込むのが目的だ。キマジィの部隊は手が開けばその背後に回り込んで誘い込んだ部隊の退路を断て。また、鳥竜を高所より飛ばし出来うる限り敵の動向を探れ」

「わかったでごわす!」

「だからトンチキな語尾とかつけんなっ! 良いの!? お前ら最初の印象付けがそれで後悔とかしない!? ……で、アンデェは比良坂方面に進出。ブアルスゥ殿と鷹羽加の兵力を糾合し相手の出鼻をくじく。かつ敵本土からの増援に一応の備えをしてくれ」

「お、おれもなんか目立つことしたら、いいのかな」

「その顔と図体だけで十分だよ。……で、グエンギィの隊は葵口へ進出。これは各間の遊撃ならびに連絡網として機能させるのでそのつもりで」

「おいっす分かったオッチョンボイ!」

「やると薄々分かってたけどお前にはこれ以上の個性付け必要ねぇだろ! もうそれで口調定着させっぞ!」


 星舟が各々に大喝を入れていくなか、干した碗を片手に立ち上がる男の姿があった。

 ナテオの腹心、ブアルスゥである。

 痩せぎすの獣竜はククと喉奥を鳴らし、湯気で曇る眼鏡のツルに指を当てて薄い唇の両端を吊り上げた。


「読めましたよ夏山殿、貴方の狙いが。いやぁ、貴方はやはり策略家であらせられる」

「あ、そうですか」

「つまりは……突撃でしょう?」

「あ、ハイ。もうそれで良いです」


 謎の得意満面で再び喉で笑った彼との会話らしきものを打ち切った。


「というわけでブアルスゥ殿にご指摘いただいたとおり、これは敵の総大将網草英悟を孤立させ、かつ決戦に引き摺り込むための準備でもあります」

「おい、突撃以外の何か言ったか?」


 聞こえよがしにポンプゥに耳打ちするグエンを無視して、星舟は続けた。


「そして展開させた一角にあえて穴を開けて誘い込み、そこを第二連隊と在地の領主で撃退する。さすがにこの頭を潰せばそれでこの乱は下火となるだろう」

「……それで、その穴というのはどこに?」


 不安げに問うポンプゥに、星舟は淀むことなく答えた。


 他の賊どもはともかくとして、英悟自身は功名心の餓鬼となっている。

 となれば狙いは藩王国にとって巨利となるであろう地。鉄を産出し、真竜の亀鑑にして代替わりして日が浅く、かつ今病床に付しているであろう名家。

 あえて誘い込まずとも、元より敵の破壊目標の対象とはなっているだろう。


「細州。ガールィエ家。かの居館に拠り、あの餓鬼を撃ち殺す」

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