第二十話

「いやー、少し見くびっておりました。貴殿、割とやるではありませんか」


 宴席であった。

 主戦場である八十鶴ではかんばしい戦果もなく撤退となったが、慰労をもって野陣で催すこととなった。


 そこから少し離れたところで、恒常子雲がふたたび縛に就いていた。

 目の前には夏山星舟。その脇にはリィミィ。そして背から首を落とせる間合いで、経堂が立っていた。

 そして虜囚は、まるで今なお同胞かのように、気軽に星舟を称えた。


 水にも等しき酒を干しながら、星舟はその不敵さに苦笑を贈った。


「大したもんだろう」

「ですが、戦略的には敗北だ。まだまだ天下に及ぶ目はお持ちではない」

「七尾の早期参入も、織り込み済みだったわけだ」

「まさか」


 子雲は肩をすくめた。


「知っておれば、あんな小僧ではなく霜月公と相図っておりましたとも。……とは言え、あれは国や軍隊ではない。独断で動く、一個の巨大な生物でしょう」


 夏山星舟は目を南の彼方へと投げかけた。

 五十亀、八十鶴両川を隔てた先に、今なお大蛇のごときそれが蠢いている気がして、ぞっとしなかった。


「それで、拙者はどのようになりますか」

「決まっている。お前にくれてやるものは、死だ」


 リィミィは冷たく宣告する。竜としての生真面目さと矜持ゆえか、あるいは別の悪感情に起因するものか。彼女のこの男に向ける意識は鋭利なものだ。

 だが獣竜の殺意を浴びてもなお、子雲は飄々としていた。


「それこそまさかでしょう。そのおつもりであればとうに拙者は死んでおります。あえて拙者に号令を下させたは、今なおこの身を役立たせようという魂胆。そう解釈いたしましたが、如何」


 恐ろしいほど的確に、彼は星舟の意図するところを見抜いていた。

あるいは策に溺れてさえいなければ、この洞察力をもって星舟の反計を見抜き返していたかもしれない。そう思うと、たとえそうせざるを得なかったほど手駒が不足していたとはいえ、自身の策は薄氷の上に成立したものだと実感が浮き上がる。


 リィミィが咎めるように、あるいは諫めるように星舟を見る。

 星舟は隻眼の眼差しをもって経堂への合図とした。

 それを承けた経堂は、取り外した銃剣でもって戒めを切り落とした。


「星舟!」

 リィミィが自身の不満をついに声に出した。

「次やれば、殺すさ」

 彼女の諫めを手で遮った星舟は、腰を落としてその投降者と目線を合わせた。


「だが、その時に殺すのは、お前の不忠をなじるためのものじゃない。お前が、二度も裏切りを露見させるような無能だからだ。……お前に元から忠誠心なんざ期待しちゃいない。お前は自分の身が保障される限り、オレに力を献じ続ける。そういう男だろう?」


 経堂の手より受け取った杯を星舟は手ずから子雲に渡し、そして酌をした。

 毒とも疑わずそれを呑んだ子雲は、カラカラと笑ってみせた。


「まぁ命は惜しくありますが、それだけではありませんよ」

「ほう?」

「こんな時代に生まれたのです。目まぐるしく、安穏な場所など存在せず、されど面白おかしいこの潮目に。拙者は、その中で時の激動を感じていたい。できれば特等の席よりね。貴殿なれば退屈はせずに済みそうでしてな。こうなった以上、しばらくは御厄介になりますよ」


 二杯目が注がれる。それに気づいていない風には見えるが、彼は一滴もこぼしはせず、ふてぶてしく弁を打つ。


「何しろ貴殿、危なっかしくて。生まれたての子犬が走り転がる様のようで、飽きない愛らしさがある」

「………まぁ、それならそれで良いけどな」


 歯に衣を着せぬにしてももう少し持ち上げてくれてもよさそうなものだが。

 呆れ半分彼の臣従を容れた星舟の背後で、リィミィは踵を返し、無言で立ち去っていった。

 その刹那に一瞬垣間見せた、複雑そうな表情の訳を、最後まで打ち明けないままに。

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