第六話
包囲が始まった。港湾と陸地とを結ぶ橋を挟んでの銃撃が始まった。それから本格的に南方領よりの増援ラグナグムス船団が到着。船大砲や焙烙で攻撃を開始する。
だが、その重厚な攻囲の中に十日あっても、連合部隊は音を上げずにいる。
特にその武働きが顕著なのは急募で寄せ集めたはずの義勇軍たちだった。
指揮を執るのは年若い、それこそ少年の域を出ない十代後半らしき男だ。
保塁を要所に配置してこちらの攻めを受け流し、射角を考慮した外縁からの銃撃は、効果的にこちらに被害を出してくる。
その装備は最新鋭のもので、射程も竜軍よりもずっと長く、装填も早い。それは義勇軍の練度によるところも大きい。
仮にこちらの銃撃砲撃によって一角を崩しても、すぐに穴埋めされる。
右往左往する友軍さえも叱咤し自分の麾下として組み込み、結合させて軟体生物のように展開する。
「本格的にまずくねぇ?」
借り受けた漁村の一角。
縁台を壁に立てかけて、梯子がわりに屋根に登り、夏山星舟は思わずぼやいた。
「何がまずい」
その足下でリィミィが彼を仰ぎ見た。
「いや、この状況がさ。ここでの膠着は最悪の流れだ」
一見して、時間はかかるがほぼ決着のついた情勢下に対し、彼は異議をとなえた。
「キララとクララの姉弟が帰ってきた。敵の艦隊はさながら船遊びのように洋上を蛇行している。新型艦の操船技術に不慣れなのか。こちらへの陽動のつもりか、はたまた形式ばかりの増援で見捨てる算段なのか。陸側もそれに足並みを揃えるように停滞している」
「もう一度飛ばしてみるか?」
「偵察の乱発はこちらの陣容を相手に悟られかねない。ブラジオ殿が攻めに加わっておられないことが露見すれば、それこそ奴らが乾坤一擲の反攻に出るかもしれないぞ」
この小柄な部下の言葉はいつも通り正論の、一般論だ。だがそれゆえにこそ、星舟の心を痛く突いてくる。
ブラジオら真竜種の突破力を投入すれば、強引にでも出島が落とせたかもしれない。
だが彼らは、星舟の退却の権限に中途半端に反発してしまった。おそらく今後の展開次第では動くであろう七尾藩の抑えにまわり、この攻めに参加するのは東方領主の連隊と小領主たちである。統制自体はできてはいるが、いかんせん決定打に欠けている。
――余計なことを口にしたか。
今更悔いたところでもう遅い。まさにそれこそが、星舟痛恨の失策だった。
「なんだったら、我々第二連隊でまた勝利を決定づけるか?」
挑むように、リィミィは尋ねた。「よしておこう」と星舟は首を振った。
「敵もかなり手練れだ。孤軍で挑めば被害が出る。それに退却論を前日に出しておきながら抜け駆けて武功立てりゃ、またぞろ卑劣なやり口で手柄をかすめ取ったとケチがつきかねん」
それに、と一拍子置いてから嘆息交じりに言った。
「ブラジオの面目をつぶすわけにもいかねぇからな」
階下では、何か言いたげな沈黙がつづいていた。
やがて、皮肉な鼻哂が聞こえてきた。
「お優しいことだな」
「イヤミかよ」
「いや、本気で言っている。……余計な気遣いは、かえってお前の野望を足を引くぞ」
星舟は答えず、笑い飛ばした。
だが、お互い見えもしないはずのリィミィに、あるはずのない左目を覗かれているような心地がして、なんとなくおさまりが悪くなった。笑みは引き、残された右目の視線を、青い虚空へと投げ出した。
磯風に撹拌された血と硝煙の臭いが、第二連隊の陣地にまで届く。
唸る風が、星舟には、竜の慟哭のように聞こえていた。
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