第五話

 ことの起こりは、大陸南端で位置する汐津しおづ藩兵の侵攻だった。


 赤国流花の八代藩王即位に合わせるかのように、あるいはあてつけるかのように周辺諸藩と語らい連合軍を結成すると、赤国の許可を得ずに独自に西進。

 竜たちの海運の要、の和浦わのうら港を抑えると反発する施設や村々を焼き払った。


「先代や当代の藩王の名に泥を塗るがごとき曲事」


 温厚なアルジュナ・トゥーチが彼の藩主を名指しでそう非難したことにより、迎撃と反撃の部隊編成は大規模なものとなった。

 直轄領からはシャロンを総大将とした連隊の第一から第五までを投入。ブラジオをはじめとした武闘派真竜種にも参集を呼びかけ先鋒とし、第二連隊をその軍監として割り当て、さらには嫡子サガラ率いる帝都からの近衛兵団を後詰めとして差し遣わした。


 ……が、そこまでする必要は、なかったのかもしれない。

 戦場に急行したブラジオ・ガールイェはそのまま敵軍を強襲。草を刈り取るがごとく、南方小藩連合を粉砕し、彼らの五つの営所をまるで濡れてしなびた障子紙かのように破った。


 敗兵をまとめながら遁走した汐津の軍を急追。

 自領の喉元、対尾つのお港より舟で逃げようとする彼らを、さらに追い詰めた。

 また、北の平原からは山と河に挟まれた葵口あおいぐちを目指して、シャロンが進軍、反撃軍の補給路を確保。サガラは妹にその指揮を任せ、会見かいけん平原に停留し、近隣の村々を安堵させる。


 アルジュナの言うところの『曲者』の敗残者たちは、民兵や義勇軍、傭兵といったたぐいのものをかき集めて防戦する。一方で決死の伝令をいくたびも発して、近隣の七尾ななお藩にまず、後背を扼すように依頼した。

 和浦と汐津を結ぶ海沿いの道。その北の山岳に位置する小藩である。

 かつては大陸の中核を支配していた大藩だったが、領地経営の不振と不祥事もしくはそれを名目とした謀略によって、その多くを他家や王土へと割譲するか、支藩として独立を許してしまっている。

 この地方に点在する『尾』のつく土地はみなこの藩の所有した名残である。

 


 だが、七尾は消極的な対応を見せていた。戦端当初より参戦を拒み、静観に徹した。毎年のようにこの地にて熾烈な攻防をくり広げていた彼らには、もはや戦う余力がなかったのかもしれない。

 和浦から通過中の竜軍の横合いに一打撃を加えていれば、あるいは苦戦させられたかもしれない。だが、彼らはそれを無視。二千名ばかりを国境に配置し、抗戦の構えこそ見せたが、仕掛けようとしなかった。

 だが一応の義務は果たそうということか。その伝令を、おそらく王都へと送り届けたに違いない。


 王都秦桃、先代藩王の喪に服す間もなく動く。

 すぐさま救援軍を編成。旧領の時和藩、そして海軍を赤国流花自身が率い、水陸両面より向かう。


 総力戦の様相まで呈しはじめた情勢下において、ブラジオらの後につづく軍監星舟は、道中に臥した死体を数えていた。


 ~~~


「退け、だと?」

「はい。もはや目的は果たしました。これ以上の追撃はご無用かと。サガラ様にもそう進言いたします」


 港まであと一歩というところで、その報復行動に異を唱えだした者がいた。

 第二連隊長の、夏山星舟であった。


 暗い光をたたえるその右目で、居並ぶ諸将を品定めするかのごとく見渡す。

 表面上礼儀作法にはのっとっているから、彼の所作に対し不快さは感じても直接的に糾弾する者はいない。だが、その主張はまた別だ。怒りも手伝って、露骨な嘲笑が方々から漏れた。


「貴様もよくよく奇妙な人間ヒトよ。先の戦において、我らが留まれば進めと言い、かと思えば我らを引き留め己が進む。そして今また我らが進まんとすれば、退けという。はてさて、その空の左目は、いったいいずこを向いておるのやら」


 そう言って詰め寄ったのは、ブラジオ麾下の獣竜、バオバクゥであった。

 主に似て、武勇に長け剛直ではあるものの、同時に直情でもある彼はあまり弁に長けているとは言えず、その皮肉はずいぶんと直截的な物言いだった。


「戦というものはひとつとして同一のものはございません。さらに言えば、一戦場においても状況や対策は刻一刻と変化します。まして、石場は攻め、こちらは守りの戦。そもそもの前提が違いましょう」


 など、理路整然と反論されれば、言葉に窮して怒情を爆発させそうになる。


「では、この場合の理由は?」

 部下を制し、ブラジオは立ち上がった。

「この場における変化した情勢とはなんだ?」


 たしかにここ対尾は三方を山で囲われた出島で、進むも退くも何かと難の多い場所だ。

 だが北の糧道は姫らが抑えているし、近日中にはこちらの水軍もまた碧浜より出立し、西の間道を割けてこちらに合流予定である。

 孤立や兵糧攻め、あるいは敵援軍による逆包囲の懸念を取り除いた、可能なかぎり万全の体勢と言えた。

 だからこそ、独断では退けぬとも。


 話を聞く耳はあるのか。すがめた星舟の右目に、そう言いたげな嘲弄の色が見え隠れする。

 バオバクゥ同様、ブラジオもまたこの男が好ましくないのは、こういう表情を作るあたりである。

 おのれの心中が看破されていないとでも思っているのか。あるいは、そう思われていても構わないとでもタカをくくっているのか。追及されようと切り抜けるだけの才知がおのれにあるとうぬぼれているのか。

 どちらにせよ、侮られているには違いない。

 どれほど自分に理屈を言い聞かせても、この人間が嫌いな理由が、それだった。


「ひとつには閣下もすでにご承知かと思いますが、対尾港が非常に不利な場所ということ。もうひとつには、道中の死体や打ち捨てられた旗が少なすぎます」

「つまり?」

「敵はあえて、この場所へと我々を誘引している可能性が高い。石場の時と同じく」

「つい今しがた、貴様の口より『ひとつとして同じ戦場はない』と聞いたばかりだが?」


 バオバクゥの揚げ足とりを、星舟は露骨に無視した。


「そして第三に、七尾藩の静観が不気味なのです。あちらから仕掛けて来ずとも、完全に背を向けて無視すべきではありません。もし敵に何らかの策謀あらば、あの小藩が重要な役割をになっているはずなのです」


 言いたいこと、言うべきことはすべて吐き出した。

 そうい言いたげに息をこぼして瞑目し、星舟は自席へと戻っていった。


「……わかった。だが、退却など思いもよらぬことだ。このまま包囲を開始する」


 人間の隻眼は、あらぬ方向を向いている。

 その青年の前に「だが」とつづけて、ブラジオは立った。


「我らが包囲よりはずれる。西の間道を抑え、七尾に動きあらば抑え込む」

「殿!?」

「構わん! ……そこまでせねば、この人間めは納得すまい」


 それで良かろう、と歩を進めて顔を寄せる。

 星舟はまっすぐに向き直った。


「常套の戦術ですか。なるほど、いつもながらその常在先陣のお志には感嘆を禁じ得ません」


 微笑を浮かべてぬけぬけと言ってのける。

 こうしてブラジオ・ガールィエが威圧とともに接近すれば、たいていの人間は畏敬によって身を伏すか、敵であれば武器を捨てて逃散する。

 だが、この男は違う。

 畏敬もせず、怯えもせず、必要最低限の礼節をわきまえつつ、平然と受け止める。


 ――いったいなんなのだ、此奴は。


 好悪や種族の枠組みを超えたところで、ブラジオはそう考えざるを得なかった。

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