第十一話

 事件から数日後。

 人力車に乗る星舟は、あの日通った道を、帰途として選んだ。


 今日おこなった公務を思い返し、今後の課題を自分や外の情勢に見出す。

 評議の内容を反芻し、それが意味することを奥まで追及する。


 結局、実行犯が『光夜騎士団』ということ以外、その多くはわからずじまいだった。

 捕縛した三名および館内の内通者達は、頑なに口を割らないまま獄中で頭を割って死んだか、でなければ自分たちの背後にいる者まで知らなかったのどちらかだ。

 店の方へと問い合わせれば、男たちはたしかに、元はこの地方にあった小藩の家臣であったという。

 五年前、藩の政庁であった居館が落とされたのち、例の五人は零落して士分を捨てて商家で奉公をするようになった。

 いずれも事務方の役人であったらしく、計算も早く、また元侍とは思えないほどに驕りのない態度で、商家の者たちは大変重宝していたらしい。

 ゆくゆくは正式に手代として取り立て、店を任せてもよいと思った矢先に、今回の凶行であった。問い合わせたところ、店でさえあずかり知らぬことで、武家屋敷にも匹敵するような大店が、喧噪と足音で揺れに揺れた。


 ――おそらくは、もとよりそのつもりで長い間忍従していたのだろう。

 これは調査の指揮を執っていたサガラの見解だったが、星船も同じ考えを持っていた。

 忌々しいが、認めざるをえない。


 ――そしておそらくは、藩国の側に、いる。

 武士でも商人でも、ましてや狂信者でさえ思いもよらぬ奇想のもと、元は実直な頭でっかち達を遠くより操り、『人間爆弾』に仕立て上げてしまうような者が。


 ――藩王は死んだ。だが、後は誰が継ぐ?

 王に男女を問わず、子は多かったという。

 これからは誰が主導権を握る。王族か、はたまた重臣か。

 これといって勇名を聞かない者ばかりだが、そのいずれかが今回の騒動を仕組んだのか。

 あちら側では王座をめぐる争奪戦が始まっていることだろう。そのさなかに、外部からの圧力がかかるのを妨害するためというのが今回の動機か。

 数年後を見越してそんな計画を立てられる人材がいるのか。あるいは、似たような埋め火が、この帝国内部のありとあらゆる場所に張り巡らされているというのでも言うのか。

 ……そんなことが、あの負け続けの藩国に可能なのか。


 空想と推測の入り混じるとりとめもない思考は、人力車が大きく前後に揺れて停止したことにより、遮られた。

 見れば前方、小道へと別れた岐路に人だかりができていた。

 近づかなければ相手が男か女かさえわからない夕闇の時分だというのに、けっこうな数が立ち止まり、背を反ったり爪先で立ったりして、その小道の奥を覗き込もうとしていた。


「何事だ?」

 と問えば、車の牽き手が事情を聴きに向かった。

 ややあって、現場を検分していたとおぼしき、髭面で大柄な憲兵を連れてもどってきた。


「何があった?」と、改めて星舟は車を降りて問うた。


「死体です」

 と、勤勉そうな男は直立して答えた。

 ただでさえつい先日に爆殺未遂が起こったばかりだ。そうした事件性のある事柄に、見物人たちは敏感になっているのだろう。そして、それは星舟も同じだった。


「どんな死体だ? 数は? 状況は?」

 しつこいほどに重ねて尋ねる星舟をなだめるかのように、彼よりも一回り年上らしき男は表情をやわらげて答えた。


「なに、浮浪者のケンカの巻き添えですよ。ただ、まだほんの子どもだったので、皆哀れがっているだけです」

「子ども」

「このあたりを仕事場にしていた、靴磨きの少年ですよ。まぁ元はと言えば、彼がどこからかくすねてきたらしい鋼玉銭がそもそもの原因だったのですがね。彼の身内がその出所を問い詰めようとしても答えず、奪い取ろうとすれば、頑なに手放さず、といった次第で。で、周囲を巻き込んで大事になった時には、その騒乱の中心で、彼は体中の骨を折られて絶命していたそうです」


 話の中で、その全容が明らかになっていく中で、星舟の呼吸は荒く、浅くくり返されていた。

 憲兵を睨みつけ、唇を引き結んだまま、彼の報告に耳を傾けていた。

 一言一句、その顛末を漏らすまいと。それが己のしでかしたことに対する義務だと。

 叫びたい衝動を、かろうじて押し殺して。


 目の前の彼が悪いわけではないのだが、隻眼から発せられる、殺意じみた迫力に気圧されたのだろう。憲兵はやや薄気味悪げに、こちらの顔色や機嫌をうかがうようにおずおずと、

「あの、もう戻ってもよろしいですか」

 と尋ねた。それがむしょうにシャクにさわる。いや、今は何を言われようとも、腹立たしさが上回る。自分が発する言葉のすべてが、怒号となって吐き出されそうだった。

 強張る手を振って許可し、人力車の担い手に対しても、「お前も」と短く言って、賃金を支払った。

 この奇妙な客をあえて乗せ続ける勇気はないのだろう。彼は、ほっとしたように快諾し、会計を終えた。


 星舟は、酔ったような足取りで夜に沈みゆく六ッ矢の街を歩く。

 気が付けば、家宅も第二連隊の屯所も通り過ぎて、人のいない大路を歩いていた。

 まるで、あの頃の、孤児だった自分に戻ったかのようだった。


 ーーいや、違う。何故、気づかなかった。どうして、忘れていた? オレだって、同じような目に散々遭ってきただろうに。


 ギリギリと、奥歯を噛み締め、眦を絞る。

 与えること、施すことのむずかしさを改めて痛感した。

 同時に、竜たちを思い出す。


 戦場での「お前などいつでも殺せる」と言わんばかりの、ブラジオの目。

 相手の遺恨を知り、嫌悪を覚えつつもまるで竹馬の友かの如くに振る舞えるサガラの所作。

 無心にして無償の慈愛とともに置かれた、アルジュナの手。

 そして初めて会ったあの夜と同じ、自分の施しや好意が相手を幸福にすると信じて疑わない、シャロンの無垢な笑み。


 嗚呼、と星舟は夜天を仰いだ。

 ーーまだだ。まだ、足りない。武力も、権力も財力も、知恵も知識も、それを動かす器量も!


 つぶやきの後に続く想念が、胸の内で嵐のように渦巻いている。

 それに突き動かされて、宝珠に爪を立てるがごとくに、無数の星へと腕を伸ばす。

「それでもッ、オレは!」

 白銀の月に向かって、咆哮にも似た気炎を吐く。


「未熟でも良い! 今は矮小でも非力でも構わない! だが、いつか必ず手に入れる。あの日見た煌めきの全てを、竜の、人の何もかもを!」


 隻眼の男は、自分を含めたすべてを嗤う。

 狂気の大笑を轟かせる。


 光龍四十五年。

 人と竜とのひとつの変遷期において、夏山星舟の野望は、彼の中では未だ中途であった。



第一章:トゥーチ家の人々 〜領主館襲撃事件〜 ……閉幕

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