第十話
宴のさなかに起こされかけたその事件は、結局領主館を紅蓮で包まずして終息した。
三名を捕縛、二名を殺害。
賓客たちは水を差されたような白けた面持ちで帰っていったが、トゥーチ家以下、その場に居合わせた誰にも、傷ひとつついていなかった。
――戦果としては上々。
だが、と星舟はみずから進んできた道を顧みた。
血路、とはよく言ったものでその道は、紅の色と破壊の痕とで彩られていた。
「こりゃ、侍女連中にどやされるかなぁ」
と星舟は黒髪に手をやりながらぼやいた。
だが、そもそもの発端はジオグゥらの私情からくる不手際だ。それほど強くは出られないだろう、と踏んだ。
ふと、気配を感じた。
背越しにもつたわってくる、山のような、巌のような、大きく分厚い威と存在感。
きびすを返すと同時に、彼はヒザを屈した。
その存在感の源、アルジュナ・トゥーチに、頭を垂れた。
そして隊長のしぐさに倣い、キララとクララの姉弟もあわてて頭を下げた。腰を落としながらも唖然とするシェントゥは、その彼らに頭を下に押し付けられた。
「面倒をかけたようだな」
「とんでもございません。竜の方々の露払いこそが、私の務めでございますれば」
謙遜する隻眼のヒトに、領主たる真竜は頷き、目をその後ろと向けた。
「其方らも、戦の後というに、よく働いてくれた」
三名の部下は、床につかんばかりに深々と低頭し、口々に謝意を述べた。
呼び出した部下とともに事後の収拾に当たっているリィミィがいれば、もう少し気の利いた対応ができたかもしれないな。
星舟はちらりと思ったが、すぐに首を振って、そんな思考を振り払った。そこまで媚びに徹することもないだろう。
アルジュナに促されて立ち上がった星舟は、彼をまっすぐ見据えて言った。
「今回の件、おそらくは実行した者のみではないかと。資材資金を調達した者、絵図を描いた者、そして手引きをした者は必ずおりましょう。それらを草の根分けてでも探し出して御覧に入れます」
「無用。すでにサガラに探索を命じてある」
「お戻りになられたばかりの若君が、わざわざこのような雑務を手掛けることもありますまい。私どもにお任せいただければ、愚かな考えを持つ虫どもが二度に地上を這うことができないよう、徹底的に」
「星舟」
抑揚のない声で、領主は拾い子の名を呼んだ。
は、と居住まいをただした青年の肩を、羽でもつまむようにそっと、触れた。
「お前がそこまでせずとも、良い」
その威容と均等に釣り合う、野太くもよく通る、鉄の質感を帯びたような声、言葉の響き。
それに押されるような形で一歩退き、星舟は黙って頭を下げた。彼の横をすり抜けて、東方の覇者は「大義であった」と言い置いて、離れていった。
ふぅ、と息をつき、星舟は頭と手を同時に挙げた。
部下に対して、立っていいぞという合図だった。そして掲げた手を、ひらひらと左右に揺らす。行っていいぞという指示だった。
それに従い、鳥竜の姉弟と獣竜の少年は、頭を下げてリィミィの下へと向かっていった。
残された星舟は、窓べりに手をかける。
上体を外に投げ出し、星天をあおぐ。そこへ、右手を伸ばしかけたとき、
「大将」
向かいに生えたクヌギの樹林から、声が聞こえた。
経堂が、長銃をたずさえたまま、そのうちの一本の樹上に腰かけていた。
星舟は手を止め、顔を下げ、少し離れた彼に片目を移した。
「新顔の使用人のうち、何人かが先ほど館を出ました。街にいた部下に尾行させてますけど……」
「あぶりだすまでもなかったな。どこに逃げ込むか見届けさせろ」
「制圧できそうなら、一気に仕留めて良いですかね。……サガラの若殿さまに、手柄を横取りされるのもシャクでしょう」
「だからと言って、帝つきの幕僚兼未来の東方領主様のお仕事を奪うと、後々面倒になる。ここは連中の巣穴を教えてやって、恩を売った方が得だ」
了解、と低い承諾とともに、経堂の気配と暗影が消える。
今度こそ本当に、星舟はひとりだった。
外の闇と内に広がる文明の光に挟まれて、星舟の足下には長い影が伸びていた。その中で彼が孤独と孤立を自覚したとき、ふと、肩への感触がよみがえる。
アルジュナの手は、大きさやごつごつとした骨っぽさに反して、優しく、あたたかく……そして、儚いと感じるほどに、繊細な手つきだった。気取りのない、素直な情の表現だった。
「……だがすこし、お痩せになられたか」
毒にも薬にもならないつぶやきは、誰に拾われることもなく血と酒と残滓の香りに乗って、薄れて消える。
そんな益体もない言葉が自分の内側の、どの感情から来るものなのか。それをあえて詮索せず、隻眼の将は竜の居館を独り歩く。
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