第十九話 名人の子③

 こうやって二人で練習将棋を指すのも何回目になるだろう。

 最後は私がいつも勝つけれど、彼の序盤の差し回しには目を見張るものがいくつもあった。

 その指し手から彼が古今東西の戦法に精通し、最新の棋譜についても把握していることが窺い知れた。

 だから、感想戦はいつだって序盤ばかりに集中してしまう。


「この手は?」

「ああ、それは過去に指された手です」

「じゃあ、この手なら?」

「それも実例が三局ほどありますね。すでに対応手が発見されています。これです」


 驚いた――


 この少年の頭脳には過去のあらゆる棋譜が整理され整然と詰め込まれている。

 そして、その棋譜をいつでも棚から取り出すことができるのだ。


「すごいじゃないか」

「単に記憶しているに過ぎません」

「そんなことはない。丸暗記でなく棋譜を深く理解している」

「しかし、私は新手を編み出すわけでもなく、詰め物も不得手です……」


 確かに真剣勝負ともなれば、棋譜を覚えているだけで勝つことは難しいだろう。

 将棋の可能性は想像もつかないほど無数にあるから、中盤以降はどうしても未知の局面に遭遇するからだ。

 結局そこからは自力で知恵を振り絞らなければならない。


 だが、これはこれで一種の「棋才」と呼んでも良いのではないだろうか。

 膨大な棋譜を緻密に分析し、そこから理論を抽出し体系へと構築する能力――


分析者アナリスト」とでも呼ぶべきだろうか。


「私は……名人が残した棋譜を書物にして世に知らしめたいのです。そのためにあらゆる棋譜を検討しその上に父の偉業を後世まで残したい。


 ずっとうつむいていた彼が顔を上げる。

 その眼からは強い意志のようなものを感じ取れた。


「立派な夢ではないか。殿。では私はお主の父殿を打ち負かし、名人を目指すことにしよう」


「貴方様ならきっと果たすでしょう。――」

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