第21話『相談。』

「長峰さん、お願いがあります」


 次の日、学校にやって来た私は早速長峰さんに話しかける。長峰さんは嫌な顔ひとつせずに「なに?」とだけ返事をした。


「雫さんと雪さんを話し合わせたいんです」


 私と雫さんは仲が良いとは言えない。むしろ、向こう側は私に対して良いイメージも大してないだろう。だからここは雫さんと仲が良く、かつ私とも仲が良い長峰さんに頼むのが正解だと思ってのこと。雫さんも長峰さんから話があれば、聞く姿勢は見せると考えた。


「……え?いや、ちょっと……ちょっと来て?」


 そう言いながら長峰さんは私の手を引き歩き出す。既に多くの生徒が登校し始めており、廊下で話すのにも目立ってしまいそうだ。それは長峰さんも同じことを思ったのか、そのまま向かった先はクラス委員室。


「あーいきなりビックリした。朝からとんでもない爆弾ぶつけないでよ、冬木さん」


「姉妹の仲をどうにかしたいんです。話せばきっと、分かってくれると」


 長峰さんは私の言葉に難しそうな顔をしてソファーに座る。そのまま隣をぽんぽんと叩き、私にも座るように促した。


「雫は絶対嫌がるし、もし冬木さんが手回ししたってバレたら殴られるかもよ?」


「構いません」


 私は言いながら長峰さんの横に腰掛ける。足を組み、腕を組み、長峰さんは考え込んでいる様子だった。


 どのみち私が手回ししたというのは話し合いをすれば知られる可能性が高い。それに行動に移すと決めた今、それ自体は大きな問題ではないのだ。


「雪さんといろいろとお話をしていて……それで、もしかしたら話せば解決することかもしれないんです。私と長峰さんのように」


「……まぁ、そういうパターンもあるけど。冬木さんもよく知ってるでしょ?雫が雪さんをすっごく避けてるの」


 もちろん、知っている。登校時間はバラバラだし、学校の中で話しているのもほとんど見たことがない。見知らぬ他人よりも意識的に避けている……というレベルなのだ。


「下手したら、私も怒られるんだけど?」


「……無理にとは言いません。それなら私が直接お願いします」


「そんなことしたらもっと悪化するっての」


「いたっ」


 長峰さんの手刀が頭に落ちてくる。軽く小突かれてしまった。


「話してもどうにもならないことだってあるのは分かる?私だったら、朝霧さんと話してもどうにもならないみたいな」


「……それは、そうですね。分かります」


 私にもそれはある。話し合いというのはあくまでも手段であり、功を成すとは限らない。どちらか一方に話し合う気がなければ成立はしない。拒絶されてしまえばそれまでで、それは私がずっとしてきたことでもあった。


「もしもダメだったとき、雪さんは傷付く。それは多分雫もそう。もっと言えば私や冬木さんだってそう」


「……はい」


「冬木さんにそれを全部受け止める覚悟はある?全員の責任を取る気はある?言っておくけど、そんなことになれば秋月さんも成瀬も傷付くことになるからね?」


 私を諭すように長峰さんは続ける。


「冬木さんが傷付けば悲しむ人がたくさんいるの……もちろん私も。そんなことはないなんて言わせないから」


 痛いほどに分かってしまう。成瀬くんも秋月さんも……友人を想える人たちだから。目の前で話している長峰さんもそうだ。そう思っているからこそ、私とこうして向き合って話をしてくれている。


 長峰さんは私にその覚悟があるのか、と尋ねているのだ。周りを巻き込み、自分を貫いて迷惑をかけ、それでも受け止める覚悟はあるのかと。


「ワガママを言ってすみません。でも、長峰さん。それでも私はどうにかしたいと思ったんです。成瀬くんのようにうまくできるとは思いません……でも、雪さんは私の友達なんです」


「……だから私に手伝えってことね。言っとくけど、私は声かけるだけで全部冬木さんのせいにするからね。全部押し付けるから」


「構いません」


「……ていっ!」


「あいたっ!」


 先ほどよりも強い手刀が頭に落ちてくる。私は頭を抑えながら、長峰さんへと視線を送った。


「少し意地悪言ったのに真に受けるのってなんだか冬木さんらしいよね。ていうか、どうせなら最後まで手伝えくらい言えば良いのに」


「……最初からそう言ったら、長峰さんは首を縦に振ってくれましたか?」


「いや?」


 なんだか理不尽な扱いを受けている気もするけれど。長峰さんはひとまず納得をした様子だ。


「私も手伝う。だから責任は半分こね。失敗してもどっちかが悪いんじゃなくて、どっちも悪いってことだから。分かった?」


「……ありがとうございます」


「なーんか、成瀬よりも冬木さんの方が素直で可愛いんだよねー」


 頭を下げた私の頭をぽんぽんと叩き、長峰さんは言う。……長峰さんの姉適正というのを垣間見ている気がする。


「成瀬くんほど素直という言葉が似合わない人はいないと思いますが」


「あいつだったらどうせ事後報告だし。それより作戦会議、始めるよ」


「ですが、もうすぐホームルームが」


「真面目だなー。いいのいいの、一限目は北見だし」


 北見先生が聞いたら泣いてしまいそうなセリフだ……。


 私は心の中で北見先生に謝り、長峰さんの言う作戦会議を始めるのだった。




「なんか、最近静かだな」


 放課後、その日はいつも通りにクラス委員室へと足を運んでいた。私は本を読み、成瀬くんも同じく本を読んでいる。そんなとき、成瀬くんが独り言のように呟いた。


「そうですね。秋月さんもたまに来ますが」


 基本的にクラス委員室にいるのは私と成瀬くんの二人のみ。頻度で言えば長峰さんが次に多く、その次は秋月さん。しかし長峰さんは今頃仕事を果たしているのだろう。だから今日は来ない予定になっている。


「いや、そうじゃなくて。冬木が」


「私ですか?普段からこのくらいだと思いますが……」


「この前のこともあったから、なんか聞いたりしてくんのかなって思ってたんだよ」


「……確かに」


 私がそんな言葉を言うのはおかしな話だが、本当にそう思った。今回の件で成瀬くんには協力を頼んでいない。最初こそ相談はしたけれど、それ以外では話もしていなかった。


「……もしかして、寂しかったりするんですか?」


「俺をペットみたいな扱いすんな。なければないで順調にやってるんだなって思うだけだよ」


「てっきり、私が成瀬くんを頼らなくて寂しがってるのかと」


 冗談でそう言うと、成瀬くんは私のことを睨むように視線を向ける。本当に寂しくはないらしい。


「本当に困ったら相談してくるだろうし、なければないで良いんだよ。前ならどうすれば良いのかすら分からなかっただろ」


「それは、そうですね。いろいろと学んだおかげかもしれません」


 もうすぐ一年が過ぎる。高校に入ったばかりだった私は、口には出さなかったけれど諦めていただろう。さまざまなことを諦め、諦め、諦めていた。このまま何も変わらない三年間を過ごし、自分自身も環境も変わらないまま過ごしていくのだろうと。


 それが、今では随分と変わってしまった。忙しくはなってしまったけれど、その忙しさとは比べ物にならないほど大事なものを多く見つけることができた。


 何より大切なのは……成瀬くんや長峰さん、秋月さん、仲良くなれた多くの人たち。


 絶対に変わらないと思っていたものは、案外簡単に変わっていった。


「成瀬くん」


「ん?」


 単純なことは伝えておいた方がいい。私は成瀬くんにそのまま「ありがとう」と口にしようとする。しかし、口を開こうとしたと同時にクラス委員室の扉が開かれた。


「……」


 そこに立っていたのは秋月さん。部屋の中を確認し、私と成瀬くんだけしかいないことを目で確認するとそのままソファーにダイブした。もちろんスカートを履いているせいで秋月さんの下着が一瞬見える。ちらりと成瀬くんに視線を移すと、慌てて視線を逸らしているようだった。意外とデリカシーは備わっているのかも。


「どうかしたんですか?秋月さん」


「疲れた!私は疲れた!」


「いつものことだろ」


 他の人がいればこんな姿は秋月さんは見せないだろう。秋月さんを知っている私たちの前では、この姿が秋月さんのデフォルトでもある。


「ですが、下着が見えるほど勢いよくダイブするのは」


「見たのか!成瀬!」


 起き上がり、スカートを抑える。


「見てねぇし興味ねーよ!」


 ……しかし、妙だ。先ほど、成瀬くんは秋月さんから顔を逸らしていた。顔を逸らすということは、見るのがまずいと思ったから。まずいという思考に至るまでのキッカケとしてまずいものを見るという出来事が必要になってくる。そうなると必然的に成瀬くんがした行動は「秋月さんの下着を見る」と「慌てて視線を逸らした」というもの。つまり成瀬くんは秋月さんの下着を見ているのだ。


「まぁ別に減るものではないからいいか」


「良くはないだろ……なんでこう、長峰だったり秋月だったりそういうのに無頓着なんだよ。冬木を見習え、鉄壁の守備だぞ」


「確かに、冬木には気配がないな」


「なんの話ですか……それで何かあったんですか?秋月さん」


 その話よりも秋月さんに何かがあった方がよっぽど大事な話。だから私は秋月さんに話を振る。


「……紙送りの件で、東雲家と話し合いがあったんだ」


「東雲?」


 成瀬くんが興味を持つ。それは当然のことで、東雲さんとは今後絶対に何かしらが起きるはず。


 しかしそれよりも……東雲さんの家と紙送りの件で話というのは一体なんだろう?


「本来、東雲家は紙送りに首を突っ込まない。去年一悶着あったときも、東雲家はノータッチだったからな」


「確かにそうですよね。面倒ごとには首を突っ込まない……という話をしていた気がします」


「だが、また今年もそのまま紙送りを行うとなると……紅藤家に茶々を入れられる可能性がある」


 去年はまさしくそれが起きてしまった年で、紙送りが中止になる可能性すらあった。一旦どうにか収まったものの、今年も問題なく行えるとは限らない。


「そこで手を打った。少なくとも紙送りには地域の風習を学ぶという側面があるからな、その側面を見れば東雲家も巻き込める」


「教育の面でってことか。一理あるな」


 地域の文化を育むという側面は重要な部分でもある。活気づけるということを考えても、教育と結びつけるのは悪い案ではない。言ってしまえばお祭りのような捉え方もでき、地域住民の交流を深めることもできる。


「東雲家との話自体は問題なく進んだよ。だから今年は東雲家の助力もあり、紙送りはより大規模に行えるはずだ」


「秋月さんのお話だけ聞くと、順調そうに聞こえますが……」


「その話し合いの終わり際だ。東雲が私にこう言った。「そういえば今年、神中高校へと進学する予定でして。もちろん生徒会には加わらせてもらうのですが、秋月さんのような右腕が欲しいですね」なんて、したり顔で!」


 どうやらその誘いが秋月さんの性格を刺激したらしい。ソファーを叩き、秋月さんは声を荒げている。


「なんだその私が下に入ること前提の物言いは!あの上から目線に腹が立つ!」


「……その誘いが断れないとかですか?」


「いいや、そんなことはないさ。三家の力関係は対等でもあるからな」


 そうなると単純に秋月さんが不快だったという話だろうか。


「私が成瀬と仲が良いのは当然東雲であれば知っているだろう。だから、あいつはわざわざそう口にしたのだ」


 言ってしまえば単なる嫌がらせ。しかし、秋月さんの反応を見るに効果はかなりありそうだ。


「成瀬、今度私と剣道をしよう」


「……え、俺?」


「そうだ。冬木や長峰だと怪我をするかもしれないだろ?」


「なんだよその俺なら怪我をしないみたいな言い方……ん、いや待て。お前もしかして俺なら怪我してもいいかくらいに考えてない?」


「違うのか?」


 東雲さんも大概ではあるものの、秋月さんもそれなりなのではと思う私である。神中の御三家にはもしかしたら、まともな人はいないのかもしれない。

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