第19話『ジャズ鑑賞。』

さて。


解決すべき大きな問題。その問題を解決すべく私は行動を開始する。


「……おはよ」


「おはようございます」


休日のとある日。以前からの約束通り、私は雪さんと遊ぶこととなっていた。


待ち合わせ場所は商店街の一角。少しだけ目立つ商店街の入り口があり、待ち合わせにも使われることが多い場所だ。


そこで私が立っていると、横からヘッドフォンをした雪さんが現れた。彼女は私に声をかけながらそのヘッドフォンを外し、鞄の中へとしまう。


「……サンダル?」


言いながら雪さんは私の足元を見る。彼女が疑問に思ったのは当然のことで、辺りを見回せば雪が積もっているこの神中だ。


商店街こそ除雪はされているものの、肌を刺すような寒さは健在。そんな中、サンダルでやってきたら奇怪なものを見るような顔をされても無理はない。


「話していませんでしたよね。ここからだと家が近いので」


「そうなんだ。けど出かけるんじゃないの?」


もちろんその予定。しかし、今日の予定は雪さんが想像しているよりも近くにある。


元々、私と雪さんがより親密になったのはお互いの趣味が似ていたからだ。雪さんは普段から音楽を聴き、それは今日の待ち合わせのときもそうだったし、臨海学校のときもバスの中で音楽を聴いていたのを覚えている。


そこから話が弾み、それならばと私が趣味で聴いているジャズ、雪さんが普段聴かないジャズを聴いてみたいというのが始まりだ。


そうなると当然、連れて行く場所は一つである。


そう、比島楽器店……つまり私の家。そもそもジャズ専門の店なんて滅多になく、逆に別のところを探す方が難しい。


それに今日は幸いにもジャズメンバーが集まる日。運が良ければ演奏も聴かせてもらえるかもしれない。




「……ん、友達か。見ない顔だな」


「……こんにちは」


店内へ入ると、比島さんがカウンターに座ってジャズ雑誌を読んでいた。私たちに気付くと手に持っていたタバコを灰皿に押し当て、視線を送る。


それにしても、少し面白い光景だ。話すのが得意ではない比島さんと、同じく得意ではない雪さんの挨拶はなんとも言えない気まずさというのが流れている。かく言う私も得意なほうではないが……。


「……比島だ。空の友達か」


「え、あ、はい。あの……えっと、冬木さんのお父さん……?ですよね」


そう言う雪さんはかなりのプレッシャーを受けているようにも見える。確かに比島さんの性格を知らなければ、ただの怖い人というイメージになってしまうのも無理はない。


それはともかく。私のことですっかり慣れてしまったから今更だけど、雪さんには事前に話しておいた方が良かったかもしれない。そもそも私と比島さんは苗字からして異なるのだから。


「……親戚だ。比島という」


「あ、ごめんなさい……」


『怒らせちゃった……かな?』


比島さんは別に不機嫌というわけではなく、そう見えてしまうだけ。だけど、比島さんのことを知らない人からすればそう考えてしまうのは普通のことだ。


「……空、奥の方にあいつらがいる。折角だから顔を見せてやれ」


「そうですね。最近は会っていなかったので」


不器用な比島さんの優しさに私が少し笑う。比島さんはそんな私を見てすぐにまた雑誌へと視線を落とすのだった。


「あいつらって?」


「ジャズバンドの人たちです。みんな……ほとんど良い人たちですよ」


そう、ほとんど。




「お、空ちゃん久しぶりー!相変わらず……成長してないねぇ」


「……八藤さん、紅藤さん、お久しぶりです」


田村さんのことを無視し、私は二人に頭を下げる。隣で雪さんも軽く頭を下げていた。


「久しぶり。そっちの子は友達?」


「もーたまには顔出せって。けどそれだけ青春してるってことか。結構結構!」


八藤さんはニッコリと笑いながら。紅藤さんは満足そうに手に持っていたグラスに口を付ける。


「おーい!俺のこと無視しないでよ空ちゃん!こう見えて結構繊細なんだぞー?」


「……はぁ」


半ば諦めながら私は雪さんの方に顔を向け、一人一人紹介を始めた。八藤さんは柔らかい雰囲気があるから良いものの、あとの二人に関しては雪さんにとっては接しづらい可能性がありそうだったから。


「こちらは八藤さんです。バンドではピアノを担当してます」


「よろしく。名前はなんていうの?」


「あ……水原です。水原雪」


「雪ちゃんね。よろしく」


八藤さんが右手を差し出し、雪さんは少々怯えていそうだったものの、その手を握り返した。


「こちらは紅藤さんです。バンドではサックスを担当してます」


「おうよろしく。そーいえば今日はあの子いないの?成瀬」


「今日は私と雪さんの二人だけですよ」


「……宜しくお願いします」


「おう!……ん、なんかあたしの顔についてる?」


「紅藤さんって、あの紅藤さんかなって……」


「あー、家のこと?まぁあたしは基本的にどうでもいい派。めんどいしね、家のこととか。田舎のめんどくさいとこだよ」


紅藤さんは後頭部をかきながら言う。確かに紅藤さんがそう思うのは無理もないことかもしれない。前回、紙送りでの一件を見ていたら……常にあのようなことが起こり続けるのだとしたら、疲れてしまうだろう。


「ちょっとちょっと!俺を差し置いてそんな会話を弾ませないでよっ」


そこで会話の輪に割って入ってきたのは田村さんだ。そういえば田村さんの存在を軽く忘れてしまっていた。……さすがにいくら田村さんと言えど、可哀想かもしれない。


「俺は田村。ベース担当。クールで縁の下の力持ち……そんなベースがぴったりな男だぜっ!」


「……」


私も雪さんも黙ってそんな田村さんの様子を見ている。しばらくの沈黙が流れたあと、ようやく口を開いたのは八藤さんだ。


「お嬢さんが二人とも困ってるからやめなよ、田村。こんなお調子者だけど根は良い奴なんだ、失礼なことを言われたら比島にチクればいいから」


「おい八藤!お調子者とはなんだお調子者とは!んで、二人は今日何しに来たの?またなんか聞きたいことでもあった?」


田村さんと八藤さんのやり取りに雪さんの緊張も幾分和らいだように見えた。顔に入っていた力が少しだけ取れ、表情も緩んでいるように見える。


「今日は演奏を聞きに。でも、終わっちゃいましたよね?」


「ん、あー……なんだなんだ、俺のベースをね。仕方ないなぁ、それなら俺のソロベース聴かせてやるか!」


顎に手を当て、満足そうに笑うと田村さんはそそくさと準備を始める。そんな会話を聞いていて、更に田村さんがソロで始めると聞いて、そのまま見ているだけではないのが他のメンバーの人たち。八藤さんも紅藤さんもすぐに準備を始めていた。


「んだよ、せっかく俺がソロでやろうとしてんのに」


「田村だけだと酷いことになるかもしれないからね。任せられないよ」


「つーか比島は?あいつも呼んじゃえば、どうせなら」


「お、確かに。それじゃ呼んでくるわ」


それから私と雪さんはジャズの演奏に耳を傾けた。時間がゆっくりと流れるような、そこだけ空間が切り取られて隔絶されたかのような、そんな不思議な雰囲気を感じる。


きっと田村さんも気を利かせてくれたのだろう。良い人……苦手ではあるけれど、それでも田村さんなりに空気を良くしたり、和ませたり、そういうことを考えてのことかもしれない。


表面だけの話ではなく、人の内面。私が知らない、知り得ないことがまだまだ多くあるのだ。それらはその人が考えてするものではなく、その人の内側に根付いたもの。だから私の力でも知れないこと。


誰しもがそのような内面を持っているのだ。




「ごめんね、いきなりで」


「全然気にしなくて大丈夫ですよ。それにゆっくり話す時間もできましたし」


ジャズの演奏を何曲か聴いて、話し込んで、そんなことを繰り返しているうちにすっかり辺りは暗くなっていた。今から帰るのも危ないからという理由で、雪さんが私の家に泊まることになったのだ。


ジャズメンバーの人たちに送ってもらうという案もあったが、どうやらみんな用事があるらしい。紅藤さんは家に寄らなければいけないらしく、田村さんは嫁に怒られるらしく、八藤さんはバーで仕事をしないといけないらしい。


紅藤さんと田村さんは何度聞いても意外だな、という感想になるけれど、八藤さんに関しては今日初めてその仕事を知ったが……案外予想通り、似合うという感想になった。


そうして今はご飯もお風呂も済ませて私の部屋にいる。


「ジャズ、初めて聴いたけどすごい良かった。また来ても良いかな」


「もちろんです。なんというか、心が落ち着きますよね」


「ふふっ、分かるかも」


二人でゆっくりと話す。これもまた女子同士だからできることかもしれない。前に成瀬くんが泊まりに来たときは、さすがに同じ部屋で寝るのはまずいと思い、別々の部屋だったし。


「お泊まり会って良いですね」


「……意外かも。冬木さんってそういうのあんまり好きそうじゃなかったから」


「え、そうなんですか?そんなことはないですよ」


成瀬くんがよく言っている「近寄りがたい雰囲気」というのはやはりあるのかもしれない。でも、そうだとすると私の内面というのは今、雪さんが感じていることかも。


「ベッドで寝転がりながら、話すなんてことはなかなかできませんし……前に成瀬くんが泊まりに来たときは別々の部屋でしたし」


そんなことを口に出す。すると、雪さんは突然ガバッと起き上がり、私の顔を見た。何故か口元を抑え、顔を少し赤くしている。


「……やっぱり冬木さんと成瀬くんってそういう関係だったの!?」


……あ。

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