第18話『誕生日。』

「誕生日おめでとー!」


「ん、あーそういえばそうだっけ」


 結局、サプライズというものが人を喜ばせるか驚かせるかなんてものはそのときにならないと分からない。たった今目の前で起きているとびっきりの笑顔で祝福する朱里さんと反応の薄い成瀬君を見ればそれは明らかだ。


 どんな方法で、どんなやり方で。それを考えたところでそのときにならないと分からない。それこそ、心の声でも聞かない限り。


 なんてことを考えても私の力も思考を聞くタイミングなんて選べないし、常日頃から「サプライズでこんなことをしてくれたら嬉しいな」と考えている人なんていないだろう。だから普段の付き合いから想像するしかないのだ。


「なんか、成瀬が怖いって言われる原因って感じよね」


「まさにだな」


 そう会話をするのは長峰さんと秋月さん。今日はそれに私も入れた四人で成瀬君の誕生日会をしようということになっていた。私たちが出し合った案から朱里さんの案が採用され、こうして今は成瀬君の家へとお邪魔をしている。


「え、俺そんなこと言われてるの」


「クラスの中だとあんま今は言われてないけど、他のクラスの子と話しているとき話題に上がるとよく聞くかな」


「どんな話題だよ……」


「たまに西園寺さんとかと歩いてるでしょ?」


「ほとんど西園寺のせいじゃねえか!」


 と言っても、その場に私がいることも多い。西園寺さんや朝霧さんとの一件から二人とたまにお昼を一緒にすることがあるのだ。


 私と成瀬君はよくクラス委員室で昼食を食べており、その日によってメンバーもまた変わっている。ある日は長峰さんだったり、ある日は秋月さんだったり、別の日は道明さんが訪れることも西園寺さんや朝霧さんが訪れることもある。


 その頻度で言えば多いのは西園寺さんと朝霧さんの二人だ。朝霧さんの方は西園寺さんに付き合わされて……といった感じだけれど。


 長峰さんと秋月さんはそれぞれの付き合いというのもある。忘れがちなことではあるが、二人ともに顔が広い人物なのだ。


 だから成瀬くんが怖がられる一因となっているのは言うまでもない。


「とにかくとにかく、今日はおにいの誕生日なんだからパーっといこうよ!パーっと!」


 言いながら朱里さんは手に持っていた飲み物を差し出す。もちろん私たちは未成年だからジュースだ。


「まずは駆けつけ一杯!さぁどうぞ!」


「お前どこでそんな言葉覚えてきてんの……?」


 訝しげに見る成瀬くんに対し、朱里さんは変わらず笑顔で「お母さん」と答えるのだった。




「悪いな、なんか」


「何がですか?」


 それから朱里さんの提案でゲームをしたり、食事を楽しんだり、みんなで楽しく時間を過ごしていった。


 みんなはまだ元気に遊んでいるが、私や成瀬くんにはそんな体力があるわけもなく、みんなの様子を眺めながらひと息ついていたところ。


「わがままに付き合ってもらって……かな」


「朱里さんの頼みを聞いたことですか?」


 私が言うと、成瀬くんはじっとりとした目で私のことを睨みつける。どうやら何かを言いたいらしい。


 が、そこには触れずに。


「成瀬くんは立派なお兄さんだと思いますよ」


「だと良いけど」


「面倒見は良いと思いますし、ちょっとシスコンっぽくはありますけど……」


「余計なお世話だ。普通だろ」


 ……自覚はないのが少し問題。でも、それで良いのかも。


 自然と成瀬くんは朱里さんのことを想ってあげられるのだから、それはそれで良いことなんだと思う。


「そうですね、成瀬くんは普通でした」


 私は言い、立ち上がる。そろそろ時間も良い頃合いだし、本来の目的を遂げるべきだ。


「あの、皆さん」


 私がリビングで遊ぶみんなに声をかけると、すぐに私に視線は集まった。全員何を話すのか理解しているように。


 ……いや、正確に言うと朱里さん以外の全員が。


「今日、集まったのは朱里さんがみんなに声をかけてくれたからです。成瀬くんの誕生日を祝いたいと」


「ちょ、ちょっと!冬木さんストップストップ!」


 慌てて朱里さんは立ち上がる。でも、私は言葉を止めるつもりはなかった。


「それはもう嬉しそうに。私が最初電話を受けたとき、嬉しそうに話していたのを覚えています」


「う……ま、まぁそりゃおにいの誕生日だからね。年に一度のお祝いだし……ってなんなのこれ!羞恥プレイ……!」


 朱里さんは止めてほしそうに言うものの、構わず私は続けた。


「長峰さんも秋月さんも分かりますよね?成瀬くんにどうサプライズをしようと話し合ってたときのこと」


「そりゃもう。成瀬のこと好きなんだなーって思ったよ」


「だな。私には生憎兄弟がいないから分からないが、羨ましくも感じたよ」


 長峰さんがもしかしたら朱里さんの気持ちを一番理解できているのかも。秋月さんの言う通り、私にも兄弟というものはいないから。


 その関係を少し不思議に思う。知り合いという関係とはまた違うもの、友達という関係とはまた違うもの。一体どんな感覚なのだろうか。


 もしかしたら、その感覚こそが家族に抱く感情なのかもしれない。母親や父親、兄弟。そこに対する感情が似たようなものなのだ。


 多分、きっと。


「ですが、朱里さん。残念ながら成瀬くんは知ってたんですよ、今日のこと」


「……へ?知ってた……?」


「はい」


 成瀬くんは今日のことを知っている。朱里さんが祝おうとしていたこと自体を知っていた。そのことを知らなかったのはこの中では朱里さんだけだ。


「え、え……なんで?」


 困惑したように、裏切られたかのように、辺りを見回して朱里さんは言う。


「だって、サプライズだって……」


『あたしが騙されたってこと……?みんな知ってて、あたしだけ……?』


 声が聞こえる。不安そうな感情も押し寄せてくる。


「朱里」


 その朱里さんの思考は私にとって、あと数秒もすれば先に口を開いていたところだった。


 しかし、成瀬くんはそれよりも早く口を開く。思考を聞いている私よりも早く。


「悪いな騙して。でも、毎年毎年俺のことばっか祝ってくれるからさ、たまにはサプライズをしたくてさ」


 そのまま言葉を続ける。


「誕生日おめでとう、朱里」


 それは朱里さんから電話が来る数日前のこと。成瀬くんから電話があり、朱里の誕生日を祝いたいというものだった。


 奇しくもこの二人は同じ誕生日なのだ。だけど朱里さんは成瀬くんのことばかり優先し、まるで自分の誕生日ではないかのように毎年振る舞っているらしい。


 成瀬くんはずっと何かお返しをしたいと考えていたものの、その方法が浮かばなかった。だから私たちを頼って来たのだ。


 朱里さんへ誕生日のサプライズをする。それが今回の私たちの仕事。


 サプライズに関して言えば……まぁ、成功のはず。


 朱里さんはポカンと口を開いているし、思考が追いついていないかのような顔をしている。


 それにしても成瀬くんの読みは大体当たっていたことになるかな。


「朱里はきっと冬木たちを巻き込んで俺にサプライズをしようとするから」


 というもの。


 あとはそれに乗っているフリをして、朱里さんの誕生日を祝う準備をするだけ。


 朱里さんが成瀬くんのことを想っているように……成瀬くんもまた、朱里さんを想っている。


 言ってしまえばそれだけのこと。でも、そこには他人からは分からない大切なものがあるのだろう。


「おにいいいぃーーー!!」


「あぶっ……!」


 ようやく状況を理解したのか、朱里さんは走り出して成瀬くんに飛びつく。それを静止しようと成瀬くんは口を開くも、最早それだけで止まるものではなかった。


「兄妹って全然似てないように見えても、結局似てるんだよね」


 その光景を眺めつつ、横に来て言うのは長峰さんだ。長峰さんも成瀬くん同様、妹がいて共感しているのかもしれない。


「そうですね……あれ」


「どしたの?」


 長峰さんの言葉にどこか違和感を覚え、私は言う。


「ですが、長峰さんと美羽さんはそこまで似てないような気が」


「……いや、似てるっしょ?」


 ……似てるのだろうか?


 少なくとも私には正反対のようにも見えるけど……。


「美羽さんはとても優しい方ではないかと」


「やっぱり分かってんじゃん。そうなんだよねぇ、美羽って本当に可愛くて……あ?」


 そこで長峰さんは私が何を言いたいのか気付き、睨む。この時点で最早、似ているとは言えないのではないだろうか。


「……まぁいっか」


「……何がですか?」


「いや、こういうときに他の友達ならうりゃーって飛びかかったりするんだけど。冬木さん相手だとなんか……それやったら骨とか折れそうじゃない?」


「馬鹿にしていますか?」


「いやいや、多分成瀬とか秋月さんも分かってくれると思うんだけどなぁ。慎重に扱わないと壊れそうな感じ」


「試してみます?」


 正直に言うと、少し羨ましかったのもあるかもしれない。


 関係性で言えば長峰さんや秋月さんは親友と呼べるもので、二人ともそういったスキンシップはよく取っているのだ。


 だが、考えてみれば私自身にそうしたことをされた記憶はあまりない。


「お、いいの?それじゃあ……おりゃおりゃ!」


「……ふふっ、あの、ちょっと。ちょっと、ふふふっ!くすぐるのはっ!」


「おー?ここか?ここなのか?冬木さんの弱点は脇腹かぁ!」


「やめてっ!あはははっ!やめてくださいっ!あはははははっ!」


 そのスキンシップは逃げ出したくて、とてももう一度やって欲しいとは思えないもので、できればもうやらないで欲しいというもので。


 でも、楽しく思えてしまう不思議なものだった。

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