第17話『三人寄れば文殊の知恵。』

「なるほどね、それでこのメンバーってわけ」


「おにいに聞いている限り、お二人が冬木さんと同じくらい仲良いと思ってるので」


「まぁ話す機会は確かに一番多いな」


 次の日。早速二人に話をしたところ、心地良いくらいに快諾をしてくれた。


 長峰さんも秋月さんも成瀬君の誕生日を祝うということに前向きでいてくれたのは幸いだ。もちろん二人から後ろ向きな答えが出てくるとは思わなかったけれど。


 そしてそのまま放課後。合流した私たちは近くの喫茶店で作戦会議を行なっている。


「でも、私この前チョコあげたしまとめてお祝いで良くない?」


 聞いたことがある話。一説によると、なんらかの記念日と誕生日が近い人や同じ人はまとめて祝われることによって不幸に陥っているという。それがクリスマスともなればその不幸は間違いなく加速していくことが容易に想像できてしまう。


「え、長峰さんおにいにチョコあげたの!?」


 朱里さんは身を乗り出して長峰さんに詰め寄る。言われた長峰さんはそんな反応が返ってくるのは予想外だったのか、若干身を引いていた。気圧される長峰さんというのは中々にレアだ。


「あげたけど……いろいろお世話になってるし、一応ね」


「えーーーいいなぁ!あたしも長峰さんのチョコ食べたい……!」


「手作りじゃないから。適当に買って余ったのを押し付けただけ」


「ふーーん。ほんとかなぁ?」


 腕組みをし、顔を逸らす長峰さんを朱里さんは容赦なく覗き込む。怖いもの知らずというのが心底恐ろしい。私では決してできない芸当だ。というかやろうとも思わない。


「雑談だけなら私は帰るぞ」


 そこで口を開いたのは秋月さんだ。秋月さんの性格からして不思議な言葉ではないが……何故かその言葉が少し不思議に思えてしまう。


 ……いつもの秋月さんなら。


 ああそうか。いつもの秋月さんなら、それすら口にしなかったはず。ただただ目の前で繰り広げられる光景を聞いているのかいないのか、介入をしようとはしないはず。それが不思議なことに話を元の方向へと戻したのだ。


「ひっ!ご、ごめんなさい。ついうっかり」


「別に怒ってはいないから怯えなくても……私ってそんなに怖いのか」


 口調と表情と……あとはオーラだろうか。秋月さんに怯える人は少なくはない。


「ん、成瀬の誕生日祝いだったな。何か……ええっと……」


「朱里でいいですよ!」


「なら、朱里の方から提案はあるのか?」


 言われた朱里さんは胸の辺りを握りしめ、ぐっと堪える表情をする。


『秋月さんからの名前呼び……良いッ!!』


 ……心底、兄妹なのかもしれない。でも、その気持ちは少し分かってしまう。


 秋月さんは基本的に苗字を呼び捨てにするから、名前で呼ばれることはない。私も呼ばれるときは「冬木」だし、私のことを名前で呼んでくれるのは今では朝霧さんくらいだ。比島さんも名前で呼んではくれるものの、比島さんの場合は保護者であるし。


「あ、えと、提案ですよね。それじゃあ質問なんですけど……おにいってみんなから見たらどんな感じですか?」


「うーん……無愛想」


 そう口にするのは長峰さん。


「ずる賢い」


 そう口にしたのは秋月さん。


「負けず嫌いですかね」


 そう口に出すのは私だ。


「……なんか全部組み合わせると嫌な人になりますねそれ。じゃなくて!確かにそうだけど!」


「おにいって意外とサプライズに弱いんですよ。普段から長々と考え事をしてるから、その虚を突く出来事に弱いんですよね」


「なるほど……つまり、成瀬君を驚かせれば良いと。落とし穴だったり、幽霊だったり」


「冬木さん、ドッキリじゃないからね?あくまでもサプライズでドッキリじゃないからね?感動するサプライズをあたしは求めているんですっ!」


 となると、朱里さんは何かしらのサプライズをしたいということ。相手が成瀬君となると中々想像はつかないが……何か良い方法があるだろうか。


 ……ああ、なるほど。同じ場所で朱里さんもまた思い悩んだのだろう。だから私たちに声をかけ、知恵を絞るためにここに集まったのか。


「何かないですか?おにいが感動して泣きそうなこと」


「感動かどうかは分からないけど、私たち四人で手作りケーキでも作れば喜ぶんじゃない?」


「待ってください。私は構いませんが、秋月さんが」


「……あ、そっか」


 長峰さんは察したような言葉を漏らす。秋月さんの料理の腕前は、あまり口にしたくない。壊滅的というか、破壊的というか、まず怪我をする可能性が極めて高い。私の記憶には未だに殺害されたじゃがいもたちの姿がこびりついている。


 あのときは秋月さんに料理を教えた私だったが、それが数倍の難易度となるケーキ作りでは全うできる気がしない。


「まぁそもそも提案しといてあれだけど、お金もらわないと割に合わないか」


「誕生日にケーキ作ってもらってお金を取られるおにい……そんなおにい見たくないっ!レンタル友達になっちゃう……!」


 成瀬君の場合、多分美羽さんの手作りであればお金を出すかもしれない。悲しすぎるのであまり考えたくないが、あり得るかもと思ってしまうほど成瀬君は美羽さんをいつも「天使」と表現しているし。


「他の案は……!?」


「ふむ。なら私から」


「では秋月くん!」


 軽く手を挙げた秋月さんの方を向き、朱里さんは言う。やはり朱里さんはその場に溶け込む、ムードを作るという意味では天才だ。自分で言うのもあれだけれど、曲者が多い中で会話の主導権をしっかりと握っている。


「成瀬は神社が好きだと前に言っていたからな。私の神社を誕生日プレゼントであげよう」


「聞いたことないプレゼントッ!!多分この先生きて行っても絶対に聞かないよ!?もっと神様のことを大切にしてほしい……!」


「お互いにメリットがあると思うんだがな。それにサプライズのインパクトとしては充分だ」


「インパクトがでかすぎて冗談にしか聞こえないから却下!!はい次!冬木さんっ!」


 朱里さんは私の方を向き、手を合わせる。中々良い案が出てこない中、私に頼み込むように頭を下げる。


 そうなってくると私は冗談を言うわけにはいかない。ここは成瀬君が喜ぶであろうサプライズを考えなければならない。


 成瀬君が喜びそうなもの……誕生日に用意できるであろうもの。


「……成瀬君は考え事をするのが好きですよね」


「うんうん!よくボーッと考え事をしてるね!」


 私も良く知っている。何かが起きたとき、あったとき。それに成瀬君が介入することになったとき。私は成瀬君の思考を聞くことが多いが、多くの考え事をしているのを知っている。


 どうすれば解決できるのか。


 どういう方法を取るのが最善か。


 どう動かし、どう糸口を見つけるか。


 私では頭が痛くなってしまうほどに様々なことを考えているのだ。それが成瀬君の長所でもある。じっくりと考え、答えを出すという。


「だから、成瀬君の興味を惹くような出来事があればいいんです」


「ふむふむ……」


 言ってしまえば道明さんと似たような感覚。道明さんは探偵で、深い洞察力と観察力を備えている。そんな道明さんと成瀬君は少し似ていて、だからきっと道明さんが興味を惹くことは成瀬君も興味を惹く可能性が高い。


「成瀬君が家に帰り、部屋を開けるとそこには朱里さんの死体が。窓は閉まっていて、外から侵入した気配はなく……リビングには私たち三人。きっと成瀬君は犯人探しをするはずです。密室殺人の謎を解くために」


「多分しないよ?真っ先になにこれって言うと思うよ?冬木さんまでボケに回ったらあたししかツッコミ役いなくなっちゃうよ?」


「……一応真面目に考えた結果なんですけどね」


 簡単に答えは出そうな問題だったが、これが意外と難しい。成瀬君のことについてはそれなりに知っていると自負しているけれど、いざサプライズとなると心の底から喜ぶものがなんなのか……それが分からない。


「う……悲しそうな顔で言われると許してしまいそうなあたしがいる……!」


「しかしそうなると困ったな。今のところこの三択だと一番マシなのは私の案だが……それでいくか?」


「いかないよ?むしろこの三択の中から選ぼうとしてるのが怖いよ秋月さん」


「さっきから口だけはぺちゃくちゃと……」


「ひっ……!」


 ギロリと秋月さんが朱里さんを睨みつける。一応言っておくが、高校生と中学生だ。成瀬君がいれば冷静なツッコミを入れてくれそうではあるが、残念ながらこの場には成瀬君はいない。


「朱里ちゃんの案はどうなの?私たちの案を超えられるものがあるなら秋月さんも納得してくれると思うんだけど」


 と、ドヤ顔で長峰さんが言う。そう言われて少しだけ私も考えてみたが、果たして朱里さんにそんな発想はあるのだろうか。


「え……たとえば、帰ってくるおにいをみんなで出迎えて、誕生日おめでとうって言いながらプレゼントを渡す……とか?ケーキとかご飯も用意して」


「……その発想はなかったな」


「確かにそうですね。成瀬君は自分の誕生日を祝われるなんて考えは持ってなさそうですし」


「シンプルだけど、一番良さそう。どんな顔で驚いてくれるかな」


「……これ、あたしもしかしてドッキリかなんかにかけられてます?」


「なんの話だ?」


 秋月さんに言われ、朱里さんはから笑い。そんなとき、朱里さんの思考が聞こえてきた。


『……この三人に相談したのって、もしかして失敗だったかな?』


 ……その考えは、私の心にそっとしまっておこう。

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