第16話『夜の電話。』

 さて、毎度のことだけれど問題は山積みだ。私はその問題たちをいつものように机の前に座り考えている。


 ここが一番落ち着いて考えられる場所なのだ。自分の部屋の机の前。ご飯を食べ、お風呂に入り、寝支度を済ませてゆっくりと考える。


 まずは一つ目。雪さんのこと。


 彼女が抱えている問題はもちろん『姉のこと』である。姉妹仲の改善というもので、言ってしまえば家族の中の問題だ。その問題は非常にデリケートなことで、成瀬君が言うように簡単に首を突っ込むべきではないだろう。


 しかし、思考を聞いた私はどうにかしたいと思っている。前までの私なら興味すら抱かなかったこと……いや、興味を抱こうとしていなかったことだ。


 成瀬君を初めとして、高校に入ってからの一年は多くの出来事があった。そうして人と関わるようになって、想いと向き合うようになって、感じ方が変わってきているのは自分でも分かっている。


 人というものは、存外悪いものではない。


 ……なんだかこんなことを考えていると、まるで自分が人間ではない何かのように思えて来てしまうけれど、暦とした人間である。


 とはいえ、今までの私の生き方を考えればそう考えてしまうのも仕方ない。


「水原雫さん……」


 そして、雪さんの問題を解決するということは当然姉である水原雫さんと接しなければならない。


 長峰さんの友人で、彼女自身は私のことを良くは思っていない。それは今も変わっておらず、時折聞こえる彼女の思考から知っている。


 そこでキーマンとなるのが成瀬君だ。成瀬君は水原雫さんとは交友があり、私よりも話しやすいのは確かだろう。先日解決した長峰さんの件も、二人のおかげというのは間違いない。


 そして逆に雪さんに接することができるのは私。勉強会の中で雪さんとは仲良くなり、遊ぶ約束もしている。それが丁度今度の週末なのだ。


 その日に雪さんからいろいろな話を聞ければ大きな一歩となる。私はまだ、姉妹仲について何も知らないのだから。


 次に問題となっているのは当然高村君のこと。


 こちらの方は高村君自身がどう考えているかというのも重要になってくる。そうなると本人に対するアプローチというのも自ずと必要になることだけれど……その方法が問題だ。


 雪さんの場合、姉妹間の問題は周知の事実。だから本人にアプローチをしても不自然な点はない。


 しかし高村君の場合はそれができない。高村君の抱える問題は他でもない、私が思考を聞いたから知れたことなのだから。


 本人に直接聞いてしまうというのはあまりにも不自然。だからまずはそれを引き出す必要がある。


「……」


 多分、だけれど。多分、相当な会話術が必要になってくる。本人に気づかれないように誘導し、そのヒントを引き出し、核心を突く。その流れが一番自然ではあるし、当たり前。でもどうやって?


 ……むう。この一年近くで私もコミュニケーション能力はかなり養えたはずなのに。それでもどういう切り出し方をしてどういう流れにすればいいのかが分からない。


 そんなことに頭を悩ませていたとき。傍に置いていた携帯の画面が光る。視線をそちらへ移すと、こんな時間にも関わらず電話が来ているようだった。


「もしもし」


 これが成瀬君だった場合、先にメッセージから来る。いきなり電話をしてくるというのは余程急いでいる場合くらいしかない。それに時間も時間で、こんな夜遅くに電話をかける度胸があるのは親密かつコミュニケーションに優れている人物。


 私が思い浮かべられるのは二人で、一人は長峰さん。そしてもう一人は……。


『あ、もしもしー?良かった良かった、まだ寝てなかったんだね冬木さん!』


 成瀬君の妹、朱里さんである。


 私が知り得る限り、長峰さんと並んでコミュニケーション能力が抜群な彼女だ。単純に対人関係の能力値で言えば長峰さんすら凌駕するかもしれない人物。


「少し考えごとをしていたので」


 特に二つ目のことについてはしっかりとやり方を考えなければならない。共通して言えることは成瀬君の言葉を借りるならお節介。だから尚更慎重に取り組まなければならないこと。


『うんうん、分かるよ分かるよ。やっぱり冬木さんも同じことで悩んでいるんだよね』


「……同じこと?」


 というと、もしかして成瀬君は朱里さんに話をしたのかもしれない。確かに今回の問題で言えば朱里さんは適任かもしれない。


 まず一つ目。朱里さんは成瀬君の妹ということ。そうなると同じく妹である雪さんの問題に取り組む際、目線を合わせると言う意味では同じ目線に立てる人物。


 次に二つ目。対人能力に優れているということ。今回の問題は二つともにコミュニケーションが不可欠だ。一歩間違えれば大きな亀裂も入りかねない二つの問題。コミュニケーションの神として朱里さんに頼るというのはまさに隠し玉。必殺の一撃にもなってくる。


 更に三つ目。朱里さんのキャラクター。朱里さんは基本的にどんな人とも仲良くなることができる。もちろん得意や苦手はあるだろうけれど、それでも一般的に比べて距離を縮めるのが上手い。それを更に引き立てているのが朱里さんの明るい性格だ。私や成瀬君が暗いというのはもちろんだけれど、朱里さんはその真逆。明るく、暖かい性格をしている。更に更にその見た目も可愛らしく、癒される部分もある。つまり可愛いの相乗効果が朱里さんには働いているのだ。それは人と話すとき、一番の力を発揮する。こうして電話をしているだけでも私の方も明るくなっているような感覚を覚えるわけだし。


『冬木さーん、聞いてるー?』


「あ、ごめんなさい。少し考えごとをしていて」


『もう、さっき聞いたよー。それで冬木さんも考えてるんでしょ?おにいのこと』


「……は?」


『だから、考えてるんでしょ?おにいの誕生日のこと……!』


「……」


 少し考え、カレンダー視線を送る。私と同じく成瀬君も誕生日は冬にある。私の誕生日は一月三十日。既に過ぎており、実はみんなに祝ってもらった。対して成瀬君の誕生日は二月二十五日。驚くべきことに来週である。


「……そうですね、もちろん」


『……冬木さんもしかして忘れてた?』


「いえ、そういうわけでは……あの、最近忙しくて……」


『けど安心して!ここは一つ、おにいが喜ぶビッグでハッピーなサプライズをこのあたしが考えちゃうから!』


「確かに、それも考えないといけませんね」


 大事なこと。


 いろいろなことがあって、すっかり忘れてしまっていた。でも、朱里さんがこうして電話をかけてくれたことで思い出すことができた。


「朱里さん、ありがとうございます。成瀬君を驚かせちゃいましょうね」


『おお、珍しく冬木さんがノリノリだ……!で、それにはもちろんみんなの協力が必要不可欠だから……』


「長峰さんと秋月さんですね。私から声をかけておきますよ」


『助かりますっ!二人ともなんだかオーラがあって、年下のあたしから声をかけるのがちょっと難易度が高いといいますか、なんといいますか』


「話してみると二人とも良い人たちですよ。ふふっ、朱里さんでもそう思うことがあるんですね」


『そりゃもうありあり!いつも勢いでどうにかしちゃってるから、改まってってなると尚更!』


「そうですか。では、二人に私から話をして……一度集まって作戦会議ですかね」


『了解であります!また連絡して!』


 朱里さんから少しばかりの元気をもらい、携帯を机の上に置く。


 そうだ、考えなければならないことはたくさんあるけれど、大切なものを忘れてはいけない。


 もちろん二人のことも大事なこと。私が自らどうにかしたいと考え、動くこと。


 けれど、それよりももっと近くにある大切なことは忘れてはならない。あまり遠くを見つめ、すぐ横にあるものを忘れてはならない。


 立ち止まり、横を向く。それも時には大切なことだ。


「長峰さんと秋月さんには明日話してみよう」


 それにしても、朱里さんでも声をかけづらいと感じる人がいることに驚きだ。もしかしたら思いの外、私と同じ感性なのかもしれない。確かにあの二人は年下からしたら気軽に話しかけるのは難しいかもしれないし。


「……あれ」


 だとすると、朱里さんがこんな夜中に気軽に電話をかけてこれる私とは。


 ……あまり深く考えないほうが良い気がしてきた。とりあえず、今日は寝よう。

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