第15話『一件落着?』

「いよっしゃあ!これにて解放!しかも二人とも無事に!」


「本当に良かったぁ……もう二度とこんな思いはしたくないよー」


 それから数日。長峰の抱えていた問題は一旦解決をし、もう一つの問題だった高村と木之原の問題も無事に解決した。


 冬木や雪が丁寧に教えた甲斐もあってか、補習テストを二人とも無事にクリアしたのだ。これで俺たちのクラスは無事に全員進級することができるというわけである。


 そんな喜びを噛み締めるように、高村と木之原の二人はクラス委員室に結果の報告へとやってきていた。


「てか、お前本当に終わった瞬間に顔を出すんだな」


「問題ないだろう?私は私の仕事をしたのだから」


 そう言いながら当たり前のように椅子に座っている秋月。秋月がいればもう少し物事も簡単に……いや、どうだろう。秋月がいたところで特に変わりはしなかったかもしれない。


「けどなんだか寂しいよな、これでここに集まることもなくなっちゃったし」


「暇だったら来てもいいだろ。別にそんな忙しく働いてるわけでもないしな」


 なんなら北見に依頼されるまで人生ゲームで遊んでいたくらいだ。あれが特別だったというわけではなく、あんな遊びを暇があればやっているのがクラス委員の実態である。


「……私も?」


「もちろんですよ、雪さん。高村君も木之原さんも、賑やかなのは楽しいので」


 それは冬木の口から出るにしては意外な言葉だ。冬木は思考を読んでしまう力のせいで人が多ければ多いほど苦手な空間となっていく。が、それよりもみんなといるほうが楽しいと感じているのだ。


 もちろん良い思考ばかりを聞いているわけではないだろう。が、耐性とでも言うべきか、慣れとでも言うべきか、段々と冬木は変わりつつある。


「ま、用事があるときは顔出すぜ。相談なんかも気軽にできるって北見も言ってたし」


 この中で相談に対してしっかりとした受け答えができるのは長峰くらいのものだけど。北見は最終的にそこまでのことを俺と冬木に期待しているのだとしたら、多分それは間違いだな。


「みんな本当にありがとうね。いろいろあったけど……たまにはこういうのも良いかなって思っちゃった」


 これで木之原が勉強に真剣に向き合うようになってくれれば良いのだが。それでもそう簡単に上手くはいかないだろう。きっと来年も同じことを俺たちはしている気がする。


 まぁ、それもそれで悪くはない。


「んじゃ、俺たちは帰るとしますか。成瀬っちたちは仕事あるんだよな?」


「北見が書類の仕分け頼んできたからな」


 本来であればきっと北見がやるべき仕事のはず。最早クラス委員というよりは北見の雑用係である。残りの高校生活、北見に押し付けられた仕事は全て記録して卒業するときに教育委員会に訴えようと思っている。


「……なら、あんまり邪魔もできないね。帰ろっか」


「ほんとにサンキューな!またなんかあったら頼むぜ!」


 そんな言葉を言い残し、高村たちはクラス委員室を去っていく。ここしばらくの間はずっと賑やかだったクラス委員室はいつも通りのメンバーと戻り、随分と静かな空気が辺りを包んだ。


「なんだか寂しくなりますね」


「ま、すぐに慣れるだろ。それより秋月、ちゃんと働けよ」


「……めざといやつだな」


 先ほどから書類を分けている手が完全に止まっている秋月に向けて言う。秋月は俺のことを睨むように一瞥すると、再度その手を動かし始めた。


「それよりさー、成瀬の話だと結構めんどうなことになってきちゃったよね」


 口を開くのは長峰。頬杖をついてはいるものの、真面目に書類を分けながらその内容を口にする。


「東雲さん、絶対何かしらしてくるでしょ」


 四月からは新入生が入ってくる。それはつまり、あの東雲結月が新たにこの高校へと入学するということだ。


 俺と東雲のやり取りは既に話していて、その内容を考えて長峰は口にしたのだ。


「相手にしないのが一番良い。私は何度か会っているが、心の中では何を考えているのか分からないやつだ」


 それは俺も一度話し、感じている。どこまでが本気でどこまでが冗談なのか。そしてどこまで本気で嘘を吐いているのか。


 秋月は家のことで何度か話したこともあるのだろう。だから結論として相手にしないという提案をしている。


 ただ、問題は。


「どんな手段を使っても相手にさせる……ってのが東雲さんだと思うけど。まぁでも、被害受けるの成瀬だけなら良しとするか」


 それはそう。東雲の興味というかターゲットというべきか、それは恐らく俺個人についてだろう。その他のことは一旦放置されているというのは間違いない。東雲自身が興味を抱かない限り、矛先は俺にしか向かってこない。


 事実として、東雲はその後長峰に対しても三河に対しても何もアクションを起こしていないのだから。本人が言っていたことだが、本当にただのイタズラのような感じなのかもしれない。


「冗談ですよね?長峰さん」


「……別にどっちでもよくない?わざわざ声にしなくてもいいでしょって感じなんだけど……」


 冬木の問いに長峰はバツが悪そうに顔を逸らす。それを受け、また秋月が口を開いた。


「何があろうとも私たちの答えは変わらないだろう。というわけで成瀬、死なば諸共だ」


「縁起悪い言い方するなよ……それに俺は東雲とやり合いたいわけでもないし、何もなければそれが一番だろ」


 きっと相手にして良いことは一つもない。だから秋月が先ほど言ったように、初めから相手にしないのが一番の対策となってくる。だから俺たちがするべきことは相手にしないための準備……といったところか。


「ですが警戒しておくに越したことはないですね。ただ、その前にやることはたくさんありますが」


 冬木は言いながら目の前に積まれている書類の山を見る。この分だと夕方近くまで作業をしなければ終わらないだろう。


 ともあれ、これにて一件落着。




 そう思っていた。


「二つほど、気になっていることがあるんです」


 その日の帰り道、隣を歩く冬木がそう呟いた。俺と冬木の家は正反対であるものの、こうして話しながら歩くことはたまにある。お互い帰りついでというわけでもなく、ただの散歩のようなもの。


「気になってること?」


「成瀬君ももしかしたら嘘を見ているかもしれませんが……高村君と雪さんのことで」


 高村と雪。正反対な二人であるものの、今回の勉強会を通じて距離が縮まった二人でもある。


「高村君は三宅さんたちのことで悩んでいます。雪さんは……」


 人には線引きが存在する。それはどんな人間にも当てはまることで、ここまでは話すとか話さないだとかそういったものだ。冬木にもそれはあるだろうし、俺にももちろん存在している。


 親しい間柄だと言ってなんでも話せるわけではない。そしてその線引きは人によって様々なのだ。


 が、冬木の場合はその線引きそのものが意味をなさない。否応なしに思考を聞いてしまう冬木は、本人がどう望んでいようが関係なく聞いてしまう。


 まぁ、それに対する対策というのはあるにはあるが。それも簡単な話で、冬木の前で考えなければ良いだけなのだ。俺はそれで今日まで知られることはなく過ごしている。


 しかし、それは冬木の力を知っているからこそ。冬木の力を知らない人間にとっては回避することはできないだろう。


「姉のことで、か。高村の方はどんな感じだったんだ?」


 雪の方は大体分かる。もしも仮に「水原雪が悩みを抱えている」という話題になれば、クラスの殆どのやつは真っ先に水原雫の顔を思い浮かべるだろう。それほどまでに水原姉妹は姉妹仲が悪いと有名なのだ。


 ……俺は教えてもらえるまで知らなかったけど。


「勉強会を通じて、高村君は私たちと過ごす時間が楽しいと感じています。三宅さんたちと過ごす時間よりも」


「本人がそう思ってるなら、別に良いんじゃないか。軽そうに見えて結構良いやつだし」


「私たちが良くても、三宅さんたちがそれを良しとするでしょうか?」


「……言われてみればそうだな」


 なんなら、一度揉めている相手同士。高村が三宅たちを避けて俺たちとつるむことが増えていけば、三宅からすれば面白い話ではないだろう。それどころか、言いがかりを付けてくる可能性すらある。


「けど、その場合のするべきことってなんだろうな。本人の気持ち次第な気もするけど」


「高村君は逃げているんです。だから、一度高村君は三宅さんたちとぶつけるべきかと……私が言うのも変ですが」


 冬木は冬木なりに考えている。読み取った高村の思考から、その判断をしたのだろう。そしてその状況はもしかしたら自分と似たものだったのかもしれない。


 冬木もまた、長峰やその他多くの人間関係を拒み、逃げ続けていたのだから。


「一応言っとくけど、高村のことも雪のことも、俺たちが首を突っ込むべき話じゃないよな」


「はい、私たちは部外者ですからね。それに本来知り得ないことです」


「それでもどうにかしたいって話だよな」


「……はい。私は、聞いてしまったので」


「それは聞いてしまった責任からか?それとも」


 俺が続きを言いかけたところで、冬木は力強く口を開く。


「私がどうにかしたいからです」


「……んじゃ、やるか。面倒ごとが増える前に」


 俺は少しだけ笑い、冬木に言う。冬木はそれを受け、珍しく微笑むように笑って頷いた。

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