第7話『証拠』
「これ、結構有力な情報になると思うんだけど」
その日の昼。人気のない校舎の片隅で俺は水原姉と向き合っていた。
どうやら以前から水原姉が進めていた「長峰に対する嫌がらせの犯人調査」にて進展があったらしい。
そんな水原姉が手に持っているのは一枚の茶封筒。
「手紙かなんかか?」
「そ。朝来たときに見たら愛莉の下駄箱に入ってたの」
人差し指と中指でその封筒を挟み、俺の眼前へと押しやる。さっさと中身を見てみろと言わんばかりの態度だ。
「……早く受け取ってくれない?誰かに見られたくないんだけど」
イライラした様子で言う。辺りを気にしてソワソワした様子だが、確かに誰かに見られれば確かに勘違いでもされそうな状況だ。
水原姉は長峰と仲が良く、長峰のグループの中でも発言力を持っている。茶色に染められた髪は軽くパーマがかかっており、スカートの丈は明らかにこの寒さに対抗してあるような短さだ。俺が普段であれば話さない人種であるものの、協力するという話になっている以上、そうもいかない。
「中身は……まぁ暴言か」
死ね、だの。消えろ、だの。そんな文字がつらつらと書き連ねられている。単純な暴言ではあるものの、それは向けられた者に取ってはただの言葉や文字で済むわけではない。
「どう思う?」
「どう思うって……酷い言葉?人に向ける言葉じゃないな」
「じゃなくて!あんた真面目に考える気あんの?」
俺のことを睨みながら腕組みをする水原姉。そんないきなり言われましても……としか言えないが、普段から水原姉はこんな感じの奴だ。
それこそ仲の良い相手であればそんなことはないのだが、普段からあまり仲良くない奴相手にはツンツンとした態度である。
「筆跡とかで分かるでしょ?成瀬なら」
「そんな超人じゃねえよ俺は……俺のことなんだと思ってるんだよ」
と言いつつも、その文面に目を落とす。もちろん筆跡から誰かなんて分かるわけもなく、綺麗に連ねられている文字を凝視する。
「だって桐山って人のアクセサリーを見つけたんでしょ?」
水原姉の言葉に俺は一瞬考え込む。それというのも、桐山という名前にあまり心当たりがなかったからだ。
しかし、アクセサリーを見つけたということには心当たりがある。
臨海学校にて、道明に依頼されて俺たちが協力した事件だ。
「……道明になんか聞いたのか?」
「道明じゃないわよ。愛莉からも成瀬は頼りになるって聞いてるし……だから私はあんたに頼んだのに」
とすれば、話したのは長峰か?けど、わざわざあの話を水原姉にするとは思えないが……。
いや、まぁ大事なのは誰が話したではないか。水原姉はその諸々を聞いていて、俺に白羽の矢を向けたということ。だから他の誰かではなく、俺に頼んできたのか。
思えば都合の良い人物だったというわけだ。長峰と仲も良く、そのアクセサリー事件の噂を聞いていたのだから。
「水原に一つ頼みがあるんだけど」
「いきなりなに?」
「別に難しいことじゃない。それがうまくいけば、この手紙も水原が言ってるように有力な情報になるかもしれない」
俺はそう言い、水原姉にとあることを依頼するのだった。
「いよっし!ひと段落!休憩しようぜー休憩!」
「そうですね、丁度良いですし」
放課後。
いつもの勉強会は順調に進んでいる。木之原もあれから真面目に取り組むようになり、教える二人が秀でていることもあり、このままいけば二人とも問題はないだろう。
「ねえねえ、みんなに渡したいものがあるんだー」
そんな順調な勉強会の休憩時間。木之原は鞄に手を入れながら嬉しそうに言い、いくつかの物を取り出した。
綺麗に包装され、そこにはシールのようなものが貼られている。中身は……お菓子?
「今日ってバレンタインでしょ?だからみんなにお菓子作ってきたの。高村くんと成瀬くんにって思ったんだけど、空ちゃんにも雪ちゃんにも愛莉ちゃんにもお世話になってるから、みんなの分作っちゃった」
にこにこと笑いながら木之原は包装されたお菓子を手渡していく。どうやら貼られているシールは木之原が書いた似顔絵のようで、全員の分を作り、描いて貼り付けたようだ。
「マジ!?超うれしーなそれ!サンキュー木之原っち!」
高村はそれを受け取ると嬉しさを隠すことなく笑顔を見せる。分かりやすいリアクションで、それを見れば嫌な気分になる奴はいないだろう。
「……ありがとうございます」
「……ありがと」
そしてこの二人に関しては予想通りと言えば予想通り。二人して殆ど同じ反応だ。
「えー、私もっと可愛くない?」
そして長峰もまた予想通りの反応と言えば予想通り。それでも嬉しそうにしている辺り、高村と同じく渡した方が嫌な気分になることはないだろう。
「はい、成瀬くんも」
「……ん」
……俺がもしかしたら一番反応が下手なのかもしれない。だって仕方ないだろ、生まれてこの方こうやって物を貰ったことなんて数えるほどしかないのだから。
「ま、木之原さんが渡してくれるなら今でもいっか。はい」
長峰はそう言うと、制服の内ポケットから俺に物を手渡す。中身はチョコのようで、紙に包まれたそれを俺は大人しく受け取った。制服に仕舞っていたせいか、長峰がいつもつけている香水の匂いがほのかに香っている。
「……俺には!?」
「ないに決まってるでしょ。いろいろお世話になってるから渡してるんだから」
「……ぜ、ぜんぜん気にしてねーし!?」
高村も本気で言っているわけではないと思う。が、それ以前に長峰から渡されるとは思っていなかったから驚きが上回ってしまった。このままだと俺は物を貰ってもお礼を言えない嫌な奴になってしまう……。
「いいな〜愛莉ちゃんの手作り?」
「なわけないでしょ。適当にその辺で買っただけ」
……こういうとき、余計なものが見えてしまうというのは若干やりづらい。長峰のその言葉は嘘で、俺には嘘だと伝わってしまう。長峰が嘘を吐くこと自体が珍しいから、余計に視界に映ってしまう。
まぁ、それだけ真面目に考えてくれたということ。長峰の気持ちに感謝しておこう。
「あの、実は私からも……休憩のときにみんなで食べれればと思って」
「……私も」
そしてやっぱり同じタイミングでお菓子を取り出すのは冬木と雪だ。こうやって見てみると冬木と雪の方がよっぽど姉妹に見えてきてしまう。
「うおー!お菓子パーティーじゃん!」
「それならみんなで食べよー。空ちゃんのも雪ちゃんのも楽しみー!」
高村にとってはこの上なく嬉しい状況だろう。なんと言っても好意を寄せている雪のお菓子が食べられるのだから。
と、そんなときだった。
「ちょっと成瀬借りてってもいい?」
そこに現れたのは水原姉。ドアをガラガラと開け放ち、中を一通り見渡したあと、俺に告げる。
長峰は一体どこまで話してどこまで聞いているのか定かではないが、それに対して特に反応を示すことはない。しかし、冬木たちは少し驚いたような顔で俺に視線を向けていた。
「成瀬はいるだけだし、いいんじゃない?あんまいじめないであげてね、雫」
「別にいじめてないって……成瀬」
イライラを隠すことなく俺の名前を呼ぶ。これ以上引き伸ばしてもきっと良いことはないと俺は悟り、教室を出て行くのだった。
「邪魔しちゃったみたいでごめん」
廊下を歩く途中、水原姉がそう言う。
「……なによ?」
「いや、別に……」
謝ることがあるんだなと思ったが、口に出したら火種にしかならないからやめておく。下手をしたらボコボコにされてしまうかもしれない。腕っ節には全く自信がないから、普通に水原姉にすら負けてしまいそうだ。
「……愛莉のためじゃなかったらあんたと話すのも嫌になってきた」
……もしかしたら言っておいた方が良かったのかな?
「頼まれてたやつ、用意できたから」
ある程度歩いたところで水原姉は足を止めると、俺に一枚の紙を突き出した。
「え?もう?」
「ただ簡単なお願いするだけでしょ?そんなのすぐに終わるって」
俺はてっきり明日になるくらいの感覚だったんだが、水原姉からすればそういうわけではなかったらしい。
同じクラスの奴にお願い事をするって結構なハードルだと思うんだけどな……もしかしたら俺だけなのか?
「で、これで何が分かるわけ?」
「ちなみにこれって誰に書かせた?」
「質問で質問に返すとか……進藤だけど」
小声ではあったものの、俺の耳にはしっかりと小言が届いている。水原姉も聞こえるようには言っているのだろう。
「なら丁度良いかもしれない。あいつ字上手いしな」
それは学園祭のときに知っている。進藤とは同じ班で、真面目な生徒という印象だ。そして何より進藤の字は整っていて、一般的に見てもだいぶ綺麗な方なのだ。
「でも、これはそうじゃないけど」
「良いんだよ、これで」
俺が依頼したのは簡単なことだ。クラスの男子に長峰の元に届いた手紙と同じ内容を書かせてほしい、というものだ。
そして手紙にはおよそ進藤の文字とは思えない乱れた文字が連なっている。字の大きさもバランスもめちゃくちゃだ。
「なんて頼んだんだ?」
「成瀬が言ってた書き殴ってじゃ難しそうだったから、世界一嫌いな奴の顔思い浮かべながらって……もしかしてダメだった?」
「いいや、むしろその方が助かる」
水原姉のアドリブはとても良い方向に動いている。今回の場合……これは望み通り有力な情報になり得た。
「……なら良かったけど。で、結局何が分かるのよ」
「並べてみれば分かりやすい。どう思う?」
俺は二枚の紙を水原姉に見せる。一つは長峰の元へ届いた手紙。もう一つは進藤が書いたもの。
「進藤が書いた方が汚いけど」
「だな。で、水原は伝えたんだろ?嫌な奴の顔を思い浮かべて書けって」
「……あ」
水原姉も気付いたようだ。
今朝、長峰の元へ届けられた手紙は綺麗な文字で綴られている。それはとても嫌いな奴に憎悪を向けたものではない。
「この差出人は、もしかしたら長峰を憎んでるわけじゃないかもしれない。それに」
これはさっき長峰にチョコを渡されたときに気付いたこと。長峰だったからと思ったが、案外そういうわけではないらしい。
「この手紙、匂いがついてる。ハンドクリームだろうな」
「……なんかそれキモくない?」
「犯人が分かればキモくても良いだろ。で、そうなると確率的には女子の可能性が高い」
あくまでも可能性。これは道明から学んだことだ。決めつけるにはまだ早いが……字の綺麗さからもそれが窺える。
「まぁ男子で気遣ってるのそんないないし、確かに」
「長峰をあんまり憎んでいなくて、女子。思い当たる節あったりする?」
「ないってそんなの。愛莉って人気あるし……というか逆に幅広くなってない?それに憎んでないならなんでこんなことをするわけ?」
だからこそだよと言おうとしたが、口にしたところで話は進まないだろう。
水原姉からすれば長峰愛莉は友人であり親友だ。そして長峰愛莉は一般的に見れば人気もあり、クラスの中心とも言える女子。そんな人物が嫌われるわけがないという見方。
だが、それは逆なのだ。
そんな人気がある長峰だからこそ、妬みの対象にもなりやすい。口では言わずとも、思ってる奴は何人もいるはず。
しかしそこで起きるのが矛盾だ。水原姉が口にしたように長峰を憎んでいないにも関わらず、長峰に対する嫌がらせをするという矛盾。
「たとえば、そうだな。誰かに命令されているとか」
「……他にいるってこと?何人かいて、それで愛莉に嫌がらせをしてるってこと?」
「多分な。けどそれでも俺たちがやることはそんなに変わらない」
「何?」
「この手紙の差出人を探すことだよ。そいつが見つかりさえすればどうにかなる」
「……見つけたとして、何も言わなかったらそれまでじゃない?そいつの裏に誰かいても、そいつが何も言わなかったら結局ダメじゃん。命令されてやってるなら、尚更口を割らなさそうだし」
「いや、どうにかなる。とにかくまずはこいつを見つけることから始めよう」
そのどうにかする方法は当然言えない。言ったところで変人としか思われないだろうしな。
しかし目の前にさえ辿り着ければ、俺と冬木でどうにかできる。
俺には嘘が見え、冬木には思考が聞ける。少なくともそれを活用するのには躊躇しないほどに考えている。
……俺も俺で、水原姉と同様に怒っているのかもしれないな。
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