第6話『相談』

「お、成瀬っちおはー」


「……うす」


 次の日の朝、少し早めの登校をした俺は教室に向かう途中で高村と遭遇した。


 神中は冬になると雪が積もり、登校にも時間がかかってしまう。そのため家からなるべく早く出るようにはしているのだが、最近では慣れてきたこともあり、早めに着くことが多い。


 もしかしたら高村も同じことを考えているかもしれないな、なんてことを思う。


「なんかよそよそしくね?折角友達になれたんだし、もっとフレンドリーにいこうぜー」


 俺の肩に手をぽんと置き、高村は言う。こうやって話している分には気さくで良い奴だとしか思えない。西園寺との一件も、普通に考えれば揉めるような奴には見えないが……。


「俺は別に構わないけど、高村の方は困るだろ。あの、三好とか矢西とか」


「ん、ああ見られたらってこと?大丈夫っしょ、あいつらそんな朝早くに来ないし」


 言われてみればそうかもしれない。来るのはホームルームが始まるギリギリで、今はまだ時間的にも余裕がある。


「それに、なんつうか……まぁそんな気にしないと思うし。だから大丈夫」


「ふうん……それなら良いんだけど」


 いらない心配だったかもしれない。仮にもそこに問題が起き、ただでさえ厄介ごとだらけの中に問題が増えたら堪ったもんじゃないしな。


 そのグループの中にいる高村がそう言うのなら杞憂だったというわけだ。


「成瀬っちは優しいなー」


「え、いや……なんで?」


「だって俺のこと心配してくれてるんしょ?普通に嬉しいだろそんなの」


 笑い、高村は言う。そう素直に伝えられるとなんだか恥ずかしいんだけど……。高村は意外と素直な奴だな。


 とは言え、俺は何も高村のことだけを心配しているわけではない。まぁ、ここでわざわざ訂正するのも野暮なこと。


「んでさ、実は成瀬っちに相談があるんだけど……」


「……えっと」


 ……厄介ごとが増えなければ良いと考えていたが、これは逆に高村からの好感度が上がって厄介ごとに巻き込まれるパターン?


 いやでも、どこぞの漫画やアニメの話でもあるまいし、そんな簡単に厄介ごとに巻き込まれるのは不幸体質な人間だけだろう。そもそも高村からの相談が厄介ごとだと決めつけるのは早計だし、話を聞くくらいだったらまぁ。


「聞くくらいしかできないけど」


「充分充分!じゃちょっと場所変えようぜ」


 高村はそう言い、歩き出した。




 それから校舎から出て、やってきたのはベンチだ。ここは以前朝霧に学園祭のときに連れてこられた場所でもある。


 もしかしたら話をするときはここが良いという噂でもあるのだろうか。残念ながら流行に疎い俺は聞いたこともないけれど。


「実はさ、俺……水原っちのことが好きなんよね」


 ………話がはえーなこいつ!前置きとか一切なしにいきなり本題で核心の部分を口にしやがった!心の準備とかなんもしてなかったんだけど!?


「……えーっと、それで?」


 というか、それが本当に相談だとするなら俺にするのは確実に間違っている。恋愛経験なしの俺にまともなアドバイスなんて絶対に不可能だ。


「で!経験豊富そうな成瀬っちにアドバイスとか貰えたらなんて思ってさ」


「お前……相談する人間間違えてるよ。俺、彼女とかできたことないし」


「え、嘘でしょ?」


 ……とりあえずその驚いた顔をやめて欲しい。ただでさえ今、俺の心は進行形でダメージを負っているのにその傷口をグサグサと刺されている気分だ。


「中学のときとか、普通彼女の一人くらいできるっしょ?」


 悪気があるわけではない。高村に悪気があるわけではないのだ。高村はそれこそ俗に言うリア充の道を歩いてきた一人……高村の普通はそれで、高村はそんな世界しか知らないだけ。だから高村は悪くない。


「お前マジで勉強会から追放するぞ」


「え、あ……ごめんごめん!そういうつもりじゃなくて!」


 が、心と思考は耐えきれなかったらしい。俺の口からは気付けばそんな言葉が出ていた。


「……いやまぁいいよ。なんでそう思ったのか謎だけど」


「だって成瀬っち、女子と仲良いじゃん。水原っちとも」


「冬木とかとは仲良いけど……雪とはそうなのかな」


「ほら!名前呼び!うわー!俺も名前呼びしてぇー!」


「言えば普通に良いって言うと思うけど……」


「言えねーよ!恥ずいじゃん!?」


 意外とピュアなのか、高村は。というか、もしかして冬木が昨日言ってた高村のことってこれか?


 だとしたら、確かに冬木が口にしなかったのは正解だな。もし聞いてたら俺の反応も変なものになってたかもしれないし。冬木が言っていたように俺が知りたかったこととは正反対とも言える内容だ。


「んで、そんな水原っちと仲良い成瀬っちに聞きたくて。水原っちの好きなタイプとか趣味とか」


「悪いけど知らないな……学園祭のとき同じ班だったけど、仕事の話しかしなかったよ」


「マジかー、マジか……」


 頭を抱え、落胆する高村。この様子だと俺に相当期待していたらしい。勝手に期待をかけられている身分ではあるが、なんだか申し訳なくなってきた。


「あ、もしかしてそれで図書室にいたのか?雪が図書委員だから」


 俺が言うと、高村は顔を上げる。困惑した様子で、耳は赤くなっている。


「そういうの言わんでよくない!?気づいてたとしても!」


「おお確かに……高村といると勉強になる」


 コミュニケーションの取り方の一つとして、多くの人間と友好な関係を築けそうな高村はとても参考になる。今そんな勉強をするなと言われればそうですねとしか言えないけど。


「……んで、話を戻すけど。もしなんか分かったら教えてくれよってこと。さっき言ったこととか、他のこととか。あとは……成瀬っちが告られたりしたらとか?」


「ないない。まぁけど分かったよ、純粋な気持ちなんだろ?」


 一応、念のため。疑り深い自分が嫌になりそうだが、これは雪のためでもある。高村が本気で考えていないのであれば、俺はもちろん協力するつもりもない。


「もちろん!遊びとかそんなこと一切考えてねぇし、なんなら中学のときから片想いなんよ!」


 嘘は……ない。高村は純粋に水原雪という人物に惹かれているのだ。俺はそれを知り、少し安心した。


「まだ時間あるし、聞く?」


「……何を?」


「俺が水原っちに惚れたあの日のことを……!」


「いや、別に話さなくても」


「聞いてくれよ!マジで!そこは聞く流れなんだって!」


「聞いて欲しいって最初から言えよ……」


 呆れながら言うと、高村は待ってましたと言わんばかりに口を開く。高村がそこまで言いたがるのなら、きっとそれなりの理由というのがあるのだろう。


「卒業式のあとにさ、卒アルに寄せ書きとかみんなで集まって書くじゃん?」


「え?あー、あれね」


 とりあえず俺に共感を求めるのをやめて欲しい。俺の卒アルの最後のページはまっさらなんだぞ。俺が卒業したあとに朱里に卒アルを見せて欲しいとせがまれ、笑われたのは今でも心に深い傷が残っているんだぞ。これって印刷ミス?って朱里に聞いたときのあの顔は今でも脳裏にこびりついているんだぞ。


「水原っちが書いてくれたんだよ!俺の卒アルに……!しかも向こうから!」


「……あんま想像できないな」


「だろ!?言ったら悪いけど、そういうのに興味なさそうなタイプだし。まぁ俺以外にもいろんな奴に声はかけてたみたいなんだけど」


「卒業するから記念にってことか。それで?」


「え?それだけだよ。普段は静かで人と話さないのに、卒業式のときは自分から話しかけて回るなんて……こう、健気じゃん!?」


「……それって健気なのか?」


 果たしてそれを健気というのかどうかは分からないが、要約するとギャップに惹かれた……といったところだろうか。


 確かに普段の雪を見ていたら、その行動はひょっとしたら可愛らしく思えるかもしれない。


「でも良いだろ?人を好きになる理由なんて何でも良いんだよ。大切なのは好きになってどうするかなんだから」


 手を大げさに広げ、高村は言う。高村には高村なりの理由があり、それはどんなことであっても良いのだ。その言葉は確かにその通りで、俺には否定はできない。否定をするつもりもない。


「……あ、だから高村って勉強会にこんな前向きだったのか」


「まぁそりゃ……いやでもあれよ?成瀬っちとか冬木っちの好意はしっかり受け止めてるぜ?だからそれはそれ、これはこれなんよ」


「ま、高村が真面目に取り組んでくれれば俺は何でも良いよ。というか真面目にやってるのは近くで見てるから知ってるし」


 そう、高村は真面目にやっている。理解度は決して高くはないものの、地道な努力は確実に実を結んでおり、それは冬木や雪に聞いても同じ答えが返ってくるだろう。


 問題は……もう一人の方。


「木之原も高村のコミュ力でどうにかしてくれると嬉しいんだけど……」


「いやぁ……難敵じゃね?」


 高村をもってしてもこう言わしめるのが木之原なのだ。その包容力が厄介極まりなく、強く言える人物がいないのだ。


「ああっと、そろそろ戻らないとだな。ってなわけで成瀬っち、なんか分かったら教えて欲しいっつう話!いきなり変な相談してごめんな!」


「なんか分かったらな。気にしなくていいよ」


 というよりも、思いの外面白い話をできた気がする。かれこれ入学してからというもの、男子とはほとんど話す機会もなかったし。だからこうして同じ男子である高村と話せたのは貴重で、それは恋の相談というものであったけれど……それでもなんだか楽しかった。

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