第5話『見えた嘘』
「よーよー、おにいよー」
「……頭でも打った?」
家へと帰り、リビングに足を運んだところ朱里と遭遇した。
朱里はサングラスをかけ、ダボダボなシャツを着て、いかにもラッパーがしそうなポーズと共に俺へそんなことを言う。
「どう?カッコいい?」
「俺の妹なのかたまに本当に不安になってくる」
朱里は母親似なのはそうとして、血が繋がってしまっていることが不安になるときがある。外でもこんなことをしてなければ良いんだけど、不安しかない。
「ん、てかお前……それ母さんのじゃね?」
「置いてあったから付けてみた!似合ってるでしょ!」
「それ高いやつだからバレたら怒られるぞ……しかもその服、それ俺のじゃねえか!」
「置いてあったから着てみた!」
置いてあればお前は何でも身につけるのか。とりあえず装備があればつけてみるRPGの主人公かよお前は。それならそうと早く言ってくれれば家から追い出す口実になるのに。
「勉強会で疲れてるから変な絡みしてくんなよ」
「またまた、どうせおにいは置物みたいに居ただけなんでしょ?」
さすがは妹、俺のことがよく分かっている。事実として今日俺がやったことといえば、クラス委員室で冬木たちが勉強を教えている傍らで長峰と雑談していただけである。
「朱里はさ」
「んー?」
「新しく友達ができたとき、どうやって仲良くしてる?」
「……おにい新しいお友達できたの!?冬木さんとか長峰さんとか秋月さん以外でっ!?」
「マジで失礼な奴だなお前。その勉強会で、まぁ今後仲良くできそうな奴がいるって感じだよ」
「ほほう……つまり、おにいはその人たちと仲良くなるためにこの朱里先生に相談というわけですな!」
「まぁそれでいいや。で、朱里はそういうときどうやって距離縮めてるのかなって」
と聞いたは良いものの、そこまで急いで仲良くなろうとも思っていない。友達は増えれば増えるほど厄介なことも増えそうだし、高村も木之原もそれぞれ厄介なことを抱えてそうだし。
雪は……当然ながら姉とのことだな。
「意識して考えたことはないかなー。気付いたら仲良くなってるって感じ?」
「全く参考にならない教えだな。サンキュー助かった」
「待てい待てい!仲良くなろうと思って仲良くなるんじゃなくて、気付いたら仲良くなってるってのが友達でしょ?おにいだって冬木さんとか長峰さんとか秋月さんとそんな感じなんじゃないの?」
……言われてみれば、確かにそう。特別に仲を良くしようとか、そういうのは考えたことがない。三人とも気付けば仲良くなっていた。
「その人のことを知って、自分のことも知ってもらって、そうやって友達って増えていくものだよ」
「なるほどな。今度こそ助かったよ、サンキュー」
俺は朱里に言いながら、自分の部屋へと足を進めるのだった。
「悪いな急に」
『いえ、なんだかこうして電話するのは久し振りな気がします』
それから部屋に入り、ベッドの上に腰掛ける。なんの連絡もしていなかったが、冬木に電話をかけるとコール音が数回鳴ったあと、無事に繋がった。
冬木の言う通り電話自体久し振りのものだ。
冬木とのやり取りはどちらかと言えばメッセージで済ませることが多いし、なんなら学校で話したり実際に会ったりして話をした方が早いことも多かったから。
冬木からしたら思考を聞かないで済む分、メッセージや電話の方が楽なのかもしれないけど。
「今大丈夫だったか?」
『大丈夫ですよ。丁度、明日教えるところをまとめていたところなので』
……それってぶっちゃけ邪魔してない?なんてことを思うが、冬木からしたらそれは問題ない内なのだろう。日頃から勉強が身近にあるおかげで、苦にもなっていないのが予想できる。
もし俺が冬木の立場だったとしたら、必要な分しか勉強しない俺にとって苦痛な時間となるだろう。
『今日の勉強会で何か聞いたか、ですか?』
「……よく分かったな」
『もう少しで一年の付き合いになりますからね。成瀬君から電話が来るということは、大体そういうことです』
電話の向こうで冬木がドヤ顔をしているのが分かる。電話なので当然冬木は思考を聞いておらず、俺の行動から俺の考えを予想されたのだ。
「今度からなんでもないときに電話でもして誤魔化さないとな」
『……良いですよ?』
驚いているように冬木は言う。いくらそう言われてもそんな気軽に電話ができる奴なら、俺には今頃もっと友達がいただろう。
「いや、迷惑だろうからやめとく。それで用件なんだけど、なんか気になること聞いたりした?高村から」
『高村君ですか。そうですね……成瀬君に嘘を吐くのは気が引けるので言いますが、一つありました』
「……俺も高村が嘘を吐いてるの見たんだよ。もしかしてそれと一緒かもしれない」
俺が言うと、冬木は少し考え込むように黙り込む。そして数秒、冬木は口を開く。
「恐らく、ですが。高村君の話は私も聞いていましたが、成瀬君が見た嘘と私が聞いたことは別々な気がします』
「ん……えーっと、具体的に何を聞いたんだ?気になることって」
『それは……すみません、私の口からするお話ではないので。ですが、成瀬君は恐らくこの話に興味を持たないかと……』
困ったように冬木は言う。その言葉から感じ取れるのは、冬木が聞いたのは俺が全く気にしないであろう内容ということ。つまりそれは俺が見た高村の嘘とは関係がないであろうと冬木が結論付けたことだ。
『あの、すみません。なるべく成瀬君には隠し事のようなことはしたくないのですが……もしそれでもと言うのであれば、話します』
俺が考え込んで黙っていたところ、冬木は少し慌てたように言う。もしかしたら俺がそのことについて怒っていると勘違いしたのかもしれない。
「あー、いや。いいよ言わなくて。冬木が言うように俺が知りたいこととは別だろうから」
『それなら良いんですが……私も罪悪感を覚えるところだったので、良かったです』
高村の秘密……というような感じだろうか。人には言えないこと、話せないこと、きっと誰しもが持っているであろうこと。冬木は自身の意志とは関係なしにその秘密ですら聞いてしまうことがある。その一つ一つは冬木にとってプレッシャーにもなっているのだ。
『それで成瀬君、成瀬君が見た嘘というのは?それに繋がるものが聞けたとき、お話しできるので』
「今日、木之原が話してたときだよ。休憩のとき」
『休憩のときと言うと?』
「木之原が高村に言っただろ?三好たちとずっと仲良くしたいよねって」
『ありましたね。それに対して高村君は「三好とか矢西とも仲良くしたいよな」と返してたのを覚えています』
「それが嘘だったんだ」
その言葉に嘘があった。高村は三好たちのグループの一員……だが、その内心は異なるものなのかもしれない。
だからといって嫌っていると決めつけるのは早く、将来的に仲良くはできないと考えているだけなのかもしれない。だが、そう考える何かがそこにはあるはずだ。
『……なるほど。ですが安易に手出しはできそうにないですね』
「まーな。そもそも別のグループの人間だしな、高村は」
それもただの別グループではなく、一度衝突しているところだ。高村自身はそれについて冬木に頭を下げ、冬木も受け入れているから問題はない。だが、それが三好たち全員となると話は別だ。
『成瀬君としてはどうなんですか、高村君は』
「ん、悪い奴とは思わないけど……気さくに話しかけてくれるし」
……一応言っておくが、気さくに話しかけてくるだけで良い奴と認定しているわけではない。真っ先に出てきた高村の感想がそれだっただけだ。気さくに話しかけられただけで良い奴に思えてしまう俺のコミュ障っぷりも問題だが。
『私も悪い人だとは思いません。勉強会が和やかにできているのも、高村君の存在が大きいので』
「確かに」
高村を除けば、口数が多いのは長峰くらいのものだ。そんな長峰もただ座っているだけで、同じくただ座っているだけの俺と話をするくらいである。そうなると高村がいなければ冬木、雪、木之原というかなり沈黙が多そうなメンバーになってしまう。
木之原は喋る方ではあるものの、高村のようなムードメーカーというわけでもないしな。
『なので、もしそこで思い悩んでいたら手を貸してあげて欲しいです。高村君は成瀬君に一番心を開いていると思うので』
「いやいや……あれ、冗談だよな?」
『いえ?私が見ていた限りですよ。男子が成瀬君しかいないので、当たり前じゃないですか』
……そう言われると確かにそう。いつも過ごすメンバーが女子ばかりなせいで感覚が麻痺しているが、同じ性別というだけで話しやすさは上がる。
元々会話が得意な俺ではないものの、自然と高村と話すときは気が楽になるような気もする。
別にそれは冬木たちと話すのは気が重いとか、そういうわけではないけれど。なんとなく目線が同じような感覚を受けるのだ。こればかりは男子同士だからという理由しか出てこない。
『それに、折角成瀬君にできた同性のお友達ですし。三好さんたちと和解する切っ掛けにもなり得ますよ』
「……なんか保護者とか、先生に説得させられてる気分になってくるな。まぁ本当に困ってそうなときは手を貸すよ。もちろん冬木たちにも手伝ってもらうからな」
『喜んで。それで成瀬君、暇ですか?』
「ん、俺は年がら年中忙しいけど……今はたまたま暇だな」
もちろん嘘だが、そんなことは電話越しの冬木にも伝わっているだろう。若干呆れたような声色ではありつつも、冬木は口を開く。
『では、もう少し雑談でもしましょう。私も丁度暇だったので』
勉強会のことについてまとめてるんじゃなかったのか、とつい言いそうになる。が、なんとかその言葉は引っ込めて、俺は冬木のその提案に乗ることにしたのだった。
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