第4話『勉強会グループ』
「いやー疲れた!でもなんか青春って感じだよなー、こうやってみんなで頑張ってると!」
高村は両手を伸ばし、そう口を開く。それを皮切りにそれぞれ一度ノートを畳み、雰囲気が和らいだ気がした。
「冬木っちも水原っちもほんとにサンキューな!俺を手伝うのなんてメリットないのに。成瀬っちも長峰っちも!」
「別に俺と長峰はなんもしてないし……」
高村が投げかけてくる真っ直ぐな好意が若干恥ずかしく、俺は目を逸らして言う。対する長峰はというと。
「まぁまぁ、私とかいるだけで華があるしね。場も和むし」
と、そんな虚言を言い放つ。本人はそう思い込んでいるかもしれないけども。
「高村くんは吸収早いから、大丈夫。でも、木之原さん」
「うぇーん……私も頑張ろうとしてるんだよー?してるんだけどー……」
雪の視線と言葉に木之原は机の上に突っ伏した。その言葉に嘘偽りはなく、木之原自身にやる気がないというわけではないらしい。集中力の問題か、それとはまた違う何かか。とにかく木之原は勉強に対する姿勢が悪い。悪いというよりか、ないと言っても良いほどに。
「確かに今は辛いかもしれませんが、将来のことを考えれば損はないはずですよ」
「けどさ、そうなんだけど……お勉強よりも、友達と仲良くして関係を強くした方が将来きっと役に立つよー。空ちゃんも成瀬くんとか愛莉ちゃんと将来も仲良くしたいよね?」
「それはそうですが……」
「ほらー!高村くんもそうだよね?三好さんたちとずーっと仲良くしてたいよね?」
「お、俺?まーそうだなぁ。友達ってやっぱ超大切だし?三好とか矢西とも仲良くしたいよなー」
何も言わずに俺はその光景を見る。木之原は要するに勉強なんて将来役に立たないと、そういうことを言いたいのだろう。それよりも優先するべきことを優先しているという主張だ。
「でしょでしょ?だから今は勉強するよりも友達と仲良くしてたいなーって」
「ですが、留年してしまったら元も子もないですよ」
冬木はそこでビシッと言い放つ。オブラートに包むことはせず……いや、包み方を知らないというのが正解だと思うが、それでもこの場合はそうやって現実を叩きつける方が良いだろう。
「……うわーん!」
その現実を受け入れられないのが木之原である。今度は頭を抱え、完全にその顔を机に沈めてしまった。
……ここまでの勉強嫌いも中々珍しい。容姿も良く、性格も良く、一見すれば人間としてとても立派で包容力の塊のような奴なのに。
どんな人間にも欠点ってものが存在するんだなぁと、しみじみ思う俺である。
「ってことはやるしかないってわけ。冬木さんと水原さんのタッグで教えてもらえることなんて滅多にないんだから、ここ乗り越えればかなり楽できるでしょ」
長峰は他人事のように言う。事実他人事ではあるが。
「それなら」
そこで口を開いたのは雪だ。最初は木之原に向けて、そのあと俺たち全員の顔を一度見回し、また口を開く。
「この勉強会のメンバーで仲良くなるっていうのは、どう?そうすれば勉強を通じて生まれる友情があるかも」
「お!めっちゃ良い案じゃんそれ!」
高村はすぐに同調し、冬木は少し驚いたように。木之原はというと顔をゆっくりと上げながら顔を見渡す。
「そうすれば木之原さんにとってもいいと思う」
「仲良くなる、というのがよく分かりませんが……木之原さんがそれでやる気を出してくれるのであれば」
折角の友達増やしポイントだというのに、冬木は困惑したように言う。似たタイプの冬木と雪であるものの、コミュ力は雪の方がありそうだ。どちらかというと雪はあまり喋らないというだけで、コミュニケーションが不得意というわけではないのかもしれない。
……そういえば俺も前にバスで横になったとき、話しかけられたしな。コミュ力がなければそれすらできないだろう。
「……それなら頑張れるかも」
木之原は目を潤ませながら言う。どんだけ勉強が嫌だったんだこいつ……てっきり泣き真似のようなものだと思っていたのに、わりとガチで涙を浮かべてるぞ。
「うし!そうと決まれば一発掛け声いっとくっしょ!」
ま、冬木に友達が増えるのは良い傾向だ。なんなら雪もその方が嬉しいだろうし、木之原は言わずもがな。更に言えば三好たちのグループに属している高村と接点ができるのは大きい。いつかは三好たちとも和解をしなければならない以上、繋がりを持てるのは悪くない。
「何ぼーっとしてんの成瀬っち!早く早く!」
「……え、俺も?」
「当たり前っしょ!俺と水原っちに声かけたの成瀬っちなんだから!」
……成り行きでそうなってしまったとは言いづらく、仕方なく俺は既に集まっている全員のところへ向かう。さっきまで横にいた長峰はとっくにその輪の中に入っており、俺との対人能力の違いが窺い知れた。
「つうわけで、えーっと……」
「勉強会グループ!だね」
「そのまんますぎない?まぁ名前は別になんでもいいけど」
「掛け声と言いましたけど、どうやるんですか?」
「えいえいおーとかで良いんじゃね」
「それじゃあ、勉強会グループの結成を祝って」
その掛け声はバラバラで、声の大きさも違って、気合いの入れ方もてんで合わなくて。
今まで接点のなかった者同士の集まりなのだから無理はない。だが、それでもクラスを一つにするという大きな依頼がほんの少しだけ進んだような、そんな気がする瞬間でもあった。
「いやー、めっちゃ勉強ばっかすんのかなとか思ってたけど、普通に楽しかったわ」
「そりゃ良かった。今のペースならテストも問題ないだろうし、北見もこれで一安心できるだろうな」
その日の帰り道は高村と一緒だった。いつもは一人か、長峰や秋月、冬木らとどこかへ寄って帰るということが多かったから新鮮にも感じる。
「頑張るぜーマジで!俺さ、結構適当な奴なんだよ実は」
……冗談で言ってるのか、それとも本気で言ってるのか、判断に困る。ここで「冗談言うなよ〜」的なことを口にして、もし冗談じゃなかったら気まずい空気になるのは間違いない。が、可能性としては高村の言動や行動を見るからに冗談であるのは明白だ。賭けに出るか、それとも安全策でいくか……。
「そうなのか」
「冗談に決まってるっしょ!俺ほど適当っぽい奴なかなかいないぜー?成瀬っち」
肩をぽんぽんと叩きながら高村は言う。安全策に出たのが裏目に出てしまった。今度から冗談を言うときは予めそれを伝えておいて欲しい。
「んで、そんなんだから矢西たちにもあいつはあんなんだから、みたいな感じで見られてるんよねー」
「……矢西?」
「……いや、分かるっしょ?ガタイ良くて、ちょい髪長い」
多分、高村は今「こいつマジか」と思っているに違いない。冬木ではないが、高村の顔を見る限り間違いなくそう思っていそうだ。
「ああ、高村たちのところの」
「そっそ。んでさ、矢西たちと喋ってるときに北見に言われたんよ。高村くんこのままだと留年になっちゃうよって」
高村はなんでもないように言う。確かに高村はお調子者という感じだし、軽いような雰囲気もある。適当な奴に見られるのは間違いない。が、それは周りからの評価でしかなく、本人がどう感じるのかはまた別問題だ。
「頑張れよって言われたんだ。矢西たちに」
「……それで?」
「そんだけ。なんかよく分かんねー話して悪かったね、成瀬っち」
「いや、別に良いけど」
高村は高村なりに考えている。少なくとも俺にはそう見えているし、今高村が口にしようとしたことを抑え込んだように見えた。
「んじゃ俺はあっちだから、またな!」
高村は笑い、片手を上げて挨拶をする。俺もそれに対して軽く手を上げ、俺と高村は別々の方向へと進んで行く。
高村が悪い奴ではないということはなんとなく分かってきた。それどころかその場の雰囲気を変えるだけの力は持っているように見えたし、事実として今日の勉強会もそうだ。
高村が口に出したことで休憩の区切りができ、勉強会グループの件でもわざわざ掛け声をしたことで絆が深まったようにも感じる。自らをお調子者だと言っていたが、空気が読めないわけではない。俺からすればかなりの高スペック。
ただ、それはあくまでも外から見たときの評価。内心、高村が何を考え何を望んでいるのかは本人のみぞ知るところ。
……本来であれば、な。
「……嘘、か」
高村は嘘を吐いていた。木之原から友達のことについて聞かれたときだ。
「冬木は何か聞いたのかな」
雪を踏み締め歩いて行く。すっかり辺りは雪に覆われ、おかげで日が沈んだ後でも薄らと辺りは明るく照らされている。
人数が多くなれば冬木が思考を聞くことも増えてくる。最近は段々と慣れていき、もちろん冬木が聞く中ではあまり良くないものも多いが……。
「夜、電話してみるか」
一人そう呟き、刺すような寒さから逃れるために歩む速度を少し上げる俺であった。
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