第3話『勉強会』
それから俺たちは図書室を訪れた。というのも、高村は頻繁に図書室を訪れるらしく、今日も来ていたとのことだ。
幸運なタイミングに感謝しつつ、俺と雪は並んで図書室へ向かっていく。そして丁度図書室の中へ入ろうとしたタイミングで目当ての人物が目の前に現れた。
「……」
高村は俺たちの存在自体には気付き、しかし特に何か言うわけでもなく横を通り抜けようとする。それ自体はいつも通りで、話したことすらまともにないのだからおかしなことでもない。同じクラスだからといって話さなければならない理由もないのだ。高村も俺たちに対する認識は「同じクラスの奴」くらいのものだろう。
が、今の俺には高村に話をする必要がある。まぁ断られたとしても、とりあえず誘ったという体はできるわけだし。
「あー、高村」
「……ん?」
俺は無視をされるという可能性も考えてはいたんだけど、高村はその呼びかけにすぐさま反応して足を止めた。一旦最悪なパターンは回避されたというわけだ。
「えーっと……北見から聞いてると思うんだけど、高村がピンチって聞いてて」
「ん?ピンチ?」
「……高村くんが留年するかもって。それで、補習テストの対策で勉強会をしたいの。成瀬くんとか、冬木さんとか」
俺のあまりの会話の下手さに雪が助け舟を出す。言葉数こそ少なく、端的ではあったが、その説明はとても分かりやすかった。どうやら俺は一番優秀な人物に声をかけたのかもしれない。
「え、うわ!それ二人聞いちゃってんの!?超はずくね?俺」
高村はそれを聞くとオーバーリアクションとも取れるほどに驚き、自らを指差して笑みを浮かべる。
「まぁ俺はクラス委員だし……」
「いやいや笑うとこ笑うとこ!成瀬っちにはノリ分からないかー!」
……成瀬っちってもしかして俺?たまごっちの派生かなんかかな?
ともあれ、高村は予想以上にコミュ力が高く、ほとんど話したことのないはずの俺にもかなりフランクに対応をしてくれている。三好のグループの一員ではあるし、俺に対しても思うところはあるのかもしれないが……それは置いといて、ムードメーカーのようなタイプにも見えた。
「笑い事ではないと思う」
が、そんなムードをぶち壊してしまうのが雪。それは確かにその通りなのだが、じゃれあっているところにいきなりストレートをぶち込むような感じだ。事実として高村は困ったように苦笑いをしている。
「あー、まぁそうだわな。俺もどうにかしないととは思ってんだけどさ」
「……後回しにしたら、困るのは自分だと思う」
「おっけーおっけー、水原っちにそう言われるならやるっきゃねえっしょ!」
と、高村はガッツポーズをして高らかに宣言する。なんだか危うい感じがしなくもないが……参加するという言質は無事に取れた。あとは本当に参加して、勉強をしてくれるかどうかだな。
「でもいいんかな、俺。ほら、前に……いろいろあったっしょ?」
高村が俺に向けて言う。それはどうやら雪も当然気になっていたようで、高村同様に俺へと視線を向けていた。
「それはそれ、これはこれ。冬木は特に気にしてないと思うから大丈夫だよ。西園寺とか朝霧はいないし」
「いやー、でもちょい気まずいなーさすがに。なんか甘えたいときだけ甘えてるみたいな」
「……なら、冬木さんに一回謝れば。冬木さんが良いと言っていても、それで区切りはある程度付けたほうがいいだろうし」
「……確かに!よし、なら気合い入れて謝るぜ俺!」
なんか、雪の言葉にだけやたら素直な気がする。まぁそれで納得してくれるならそれはそれで良いんだけど。
「っつうわけでよろしくな!成瀬っちに水原っち!成瀬っちは分からないけど、頭が良い水原っちとかに教えて貰えるならもう余裕っしょ!」
「……え」
……あ、なんか勘違いされてる気がするぞ、これ。
「……うん、頑張る」
が、雪はその勘違いに気付きはしたものの、高村の勢いに押されて両手をガッツポーズにし、あまりなさそうなやる気を絞り出すのだった。
「……なんかマジでごめん」
「大丈夫。……たぶん」
それからの帰り道。高村は三好たちと遊ぶ予定だと行って俺たちとは別方向に去って行き、俺と雪は並んで帰っている。雪は人差し指と親指で前髪をつまみながら小さい声でそう返事をした。
「勉強は得意だから。嫌いでもないし」
「そう言ってもらえるのはありがたいけど……時間使わせちゃうわけだし」
「……成瀬くんに、冬木さん、長峰さん、高村くん、木之原さん。秋月さんは?」
「ん?……ああ、参加するかってこと?秋月は多分来ないんじゃねえかな。忙しいだろうし」
さすがに「面倒臭がりだから来ない」とは言えず、俺はもっともらしいことを言う。秋月の割り当てられた仕事は既にこなしており、それならもう参加することはないだろう。あいつはそういう奴だ。
「そう。でも、仲良くなれたらいいな」
「……大丈夫大丈夫、高村と木之原はよく知らないけど、長峰と冬木は良い奴だから」
「なら良かった」
雪は言い、横を歩く俺に顔を向けるとにっこり笑う。前髪が長いせいで表情が良く見えないが、こうして近くで見ていると意外と表情豊かなやつだった。言葉数が少なかったり、話すのが苦手そうだったりするものの、それと表情は結びつかないというわけだ。
まぁ、同じタイプである冬木の場合は今でこそ笑ったり怒ったりするものの、基本的には表情を作るのすら苦手だが。
「俺から冬木たちには話しとくよ。高村も参加するってことも報告しないといけないし」
「うん、ありがとう」
こうして、俺たちの勉強会が幕を開けるのだった。
「えっと?」
「ですから、ここはこの公式を使って……」
それから週が明け、本格的に勉強会が始まる。秋月は予想通り参加しておらず、俺も本来であれば参加する予定ではなかったが……雪の参加が決まったこともあり、足を運ぶこととなっていた。雪が参加することになった原因の一端には俺も含まれるしな。
とは言っても勉強を教えるのは冬木と雪の仕事。冬木は学年の中でも成績が優秀だし、雪は驚くことにその冬木よりも成績が優秀なのだ。
「いやー、楽できてよかったー」
「長峰はそんなに頭良くないしな」
「私は最低限しかやらないだけだし」
そして同席しているのが俺と長峰で、二人ともやることがあるわけではない。所謂暇人枠。
そんな暇人の俺たちはソファーに座り、思い思いのことをしているというわけだ。今は長峰との雑談タイムである。
「そういや長峰、大丈夫なのか?」
「何が?」
俺は声を一段と落とし、長峰に問いかける。以前一度話していた内容だ。
「雪と仲良くしていると姉の方になんか言われるとか」
「ああ、まぁ大丈夫でしょ。考えるのも疲れるしね」
「良いなら良いんだけど……」
雪には聞こえないように俺たちは会話をする。
「さっすが冬木っち!超分かりやすっ!」
「……その呼び方はどうにかなりませんか?なんだか、たまごっちみたいで」
……俺と同じ感想を抱いてるな、冬木。
初日こそいろいろとあった勉強会だったが、高村は思いの外話しやすい奴だった。三好のグループに所属しているのが不思議なくらいに純粋な奴のようにも思える。
冬木にしっかりと頭を下げて謝っていたし、なんなら改めてとその場にいた全員にも頭を下げていた。俺も雪もそこまでしろとは言っておらず、高村は高村なりに考えているのかもしれない。
言わば不良グループの一員である高村だが、勉強会自体には熱心に取り組んでいる。冬木や雪の教え方がうまいというのもあるのかもしれないが。
それよりも問題は……。
「あの、木之原さん。何を?」
「みてみて、空ちゃん、雪ちゃん。高村くんも!ワンコちゃん〜」
「……木之原が留年の危機っていうのがこうやって傍目から見てると良く分かるな」
「……良い子ではあるんだけどね、彼女」
ノートの隅に可愛らしい犬を描き、勉強真っ最中の三人に見せて喜んでいるのは木之原だ。一見問題児に思えた高村よりもよっぽど問題児がこんなところに居たとは……。
「おお!すっげー!木之原っちって絵うまいんだなー」
「高村くん」
一瞬その流れに流されそうになった高村を短い言葉で咎めるのは雪。
「あ、いやいやそういうんじゃなくて……真面目にやるよ?もちろん!」
「……少し休憩にしますか?集中力も大切なので」
と、冬木は三人の顔を見ながらそう告げる。雪も高村もまだまだ続けられそうではあったものの、木之原の集中力は完全に切れている。それが正解だろうな。
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