秘められたこと

第1話『二人の危機』

「頼む、マジで頼む……!」


「全くこれだから男ってやつは。ギャンブルなんて損するだけなのに。ねー冬木さん」


「そうですね。そもそも宝くじなどと一緒で、勝った人が注目されやすいから希望が生まれてしまうんです」


「勝てば口に出す。しかし負けた方はわざわざ口に出したりはしない。成瀬、お前が見るべきは勝つ者ではなくその下にいる無数の犠牲者の方だよ」


「お前らうるせえな!今に見てろ、ここで一発でかいのを……!」


 二月になり、神中はすっかり雪に覆われている。そんな中でも学校は普通にあり、毎朝の登校に苦労している俺は学校で暮らしたいとも考えていた。


 そんなことを思うほどにクラス委員室は快適なのだ。暖房あり、ソファーあり、冷蔵庫あり、こたつあり。


 このこたつというのも、以前俺が手伝って冬木の部屋に置いたものだ。それも新調することになり、どうせならと古いこたつは俺の知らないところで冬休みの間、長峰と冬木と秋月で運び出したらしい。


 その件について俺が呼ばれなかった理由はズバリ「家から出てこなさそうだったから」である。確かにそれはそうなのだが、声くらいはかけてくれないとなんだか寂しくも思ってしまう。まぁかけられたとしても理由をつけて断ってただろうけど。


 それよりも驚きなのが秋月がその手伝いをしたという事実。なんでも二人で説得したらしいが、クラス委員室の快適性を上げるのと面倒くささの天秤で前者が勝ったらしい。自分になんのメリットもなければ秋月は確実に動かないだろうな……。


 で、そんな快適空間になった一室で何をしているかというと。


「……ギャンブルで大損、1000万ドル失う。桁おかしいだろこのゲーム!」


 人生ゲームである。特にすることもなく集まった俺たちは、長峰の提案のもとこのゲームに興じることとなったのだ。


 俺は少し知識はあったものの冬木には一切なく、説明しながらスタートした人生ゲームだったが……首位を独走しているのは他でもない冬木なのだ。


「ふふ、借金まみれの生活だな。だから言っただろう、そんな遠回りをして一か八かをするよりも、最短で楽をするべきだ」


 そう言いながら秋月はルーレットを回す。最もらしいことを言っているが、その内容はただ楽をしたいだけにしか聞こえない。


「いち、に、さん、し……ん?」


 秋月は止まったマスの文字を見るべく、頭を傾げる。そこに書いてあったのは……。


「運命的な出会い。最も近いマスの人と結婚することに。財産を足し、分割する」


「一番近いのは……成瀬君ですね」


「ざまぁみろ!お前も借金まみれだ秋月!結婚する前に知れなくて残念だったな!」


「このゲームには生命保険はないのか?」


「俺の命で稼ごうとすんなよ!」


 そんなこんなで楽しみながら遊んでいる俺たち。束の間の休憩というやつだ。


 というのも、解決していない問題は多くある。現状、最優先するべきなのは長峰に対する嫌がらせをしている犯人探しで、水原姉からの連絡待ち。向こうも向こうで調べはしているようだが、ある程度まとまったら連絡が来るはずなのだ。


「やっほー、青春してるー?」


 そんなとき、部屋の扉が突然開かれる。俺たち四人が一斉に視線を向けると、そこに立っていたのは北見だった。なかなか癖のある教師ではあるが、一応俺たちの担任でもある。


「……なんか少し見ない間にすごいことになってない?」


「まぁ、活動頑張ってるので」


「いやいや……これバレたら怒られるの私よ?ソファーに冷蔵庫にこたつに……玩具まで。私に許可取った……?」


「いいじゃんいいじゃん、減るもんじゃないし。ね、冬木さん」


「北見先生、私たちに相談しに来る人がいたとして」


 長峰のパスを受け、冬木が満を辞して口を開く。ちなみに秋月は既に関わらないようにそっぽを向き、口を噤んでいる。


「なんのリラックスもできない机と椅子だけの部屋ですと、話してくれない可能性もあります。応接室というのはある程度快適であるべきなのです」


「……なんだか納得しちゃいそうね。じゃあ交換条件でどう?この惨状を特別に許してあげるから、先生のお願いを聞いてくれるっていう」


「内容によりますけど……あんま良い内容じゃないですよねそれ」


「冬木さんや長峰さんにしてみれば簡単なものよ。実はクラス内で二人ほどピンチな子がいてね」


「ピンチ?なんかあったの?」


 長峰の問いに、北見は困ったような顔で答える。


「留年の危機ってやつ。今度の補習テスト次第なんだけど……さすがに留年生を出すわけにはいかないから、その子たちを助けてあげて欲しいの。勉強を教えてあげてってこと」


「西園寺ともう一人は誰ですか?」


「西園寺さんじゃないわよ。彼女、テストの点数は悪くないから」


 その言い方だとそれ以外は悪いと言っているようなものだが、触れないでおこう。


「西園寺さんに伝えておきますね、成瀬くんが馬鹿にしていたと」


「悪意のある伝え方やめてね?というかわざわざいう必要のないこと言うのやめてね?」


 冬木の言葉にしっかりとツッコミ、北見の方へと向き直る。しかしそうすると、一体誰がそんなことになっているのやら。


「木之原さんと高村くん。この二人に勉強を教えてあげて欲しいの」


「木之原と高村ね、なるほど」


「成瀬君、絶対に誰か分かってませんよね」


 いちいちうるさい奴だ。今知らなくても後から知れば一緒だよ一緒。そうやってキッカケがあって俺は少しずつクラスの人間を覚えていってるんだから。


「高村はまぁ分からなくもないけど……木之原さん?」


 長峰の独り言のような言葉が聞こえているのかいないのか、北見は「それじゃよろしく」と言い残し、去っていったのだった。




「さて、どうする?」


 北見が去った部屋の中、俺は三人に向けて尋ねる。クラス委員の仕事としては正式なもので、引き受けるにしてもどうやって解決していくかということだ。


「二人とも授業には出ていますよね。木之原さんも高村君も」


「だな。高村の方は……まぁ分かるが、木之原もか」


「やっぱそうなるよね?木之原さんってそんなイメージないんだけど」


「それでその木之原と高村って誰?」


 三人は意思疎通ができているようだったが、残念ながら俺にはそもそもその二人が誰なのかすら分からない。そこから出た疑問だったが、三人は呆れたように俺の方へ視線を送る。


「木之原さんは前の学園祭で進行班に配属されてましたね。成瀬君は一度会っているはずです」


 それを言えば同じクラスだから一度ならず百度以上出会っている気もするが。ただ顔を合わせるだけだと会った内に入らないという俺の特性を理解しての発言だろう。気が効く奴だ。


「……あれ、進行班って成績優秀な奴ばっかじゃなかったっけ」


 確か、そのはず。それなのに留年の危機で、テストの対策のために勉強を教えてほしいというのはどういうことだろうか。


「多くいる、という話では。つまり例外も含まれるということで、それに木之原さんが該当するのかと」


「ふわふわした子だよ。母性の塊みたいな」


 ……あ、なんとなく思い出してきた。進藤と会話をしていて、西園寺の牙を引っ込めた女子だ。てっきり乱闘になりそうなところをその性格で封じ込めていた恐ろしい奴という認識を思い出してきた。


「頭良さそうだったけど」


「人は見かけによらずということかもな。本人と一度話した方がいいだろう」


 秋月の言葉は本当にその通り。一見すると凛々しく、清楚で、由緒正しき巫女だとしても中身はそうでもないこともあるからな。


「まぁ木之原の方は思い出した。で、高村は?」


「……分かっていたことですが、成瀬君の覚える気のなさに頭が痛くなりそうです」


「同じく。冬木が主役をやる話し合いのとき、西園寺と揉めた三好グループの一人だよ」


「私はそのときいなかったから知らないけど、茶髪で背が高い奴。お調子者って感じの」


「あー、あいつか」


 確かにいた。三好のグループは良くも悪くも三好の他に矢西という男子が目立つが、複数人で行動をしていることが多い。そのうちの一人が今話題に上がっている高村だ。


「……どっちもどっちで問題が起きそうな予感しかしないな」


 方や優秀そうに見える奴。方や一度揉めたグループの一員。北見は一見適当に依頼を俺たちに投げているように見えるが……一番の策士はもしかしたら北見なのかもしれない。


 そんなことを思う俺であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る