第13話『成瀬修一その3』
「長峰さん、なんて?」
「穏やかじゃあなかったな」
長峰の電話をすぐに取った俺。電話越しの長峰は怒り心頭といった感じで、美羽のアプローチがうまくいかなかったことを表していた。
美羽はしっかりと言われた通りに俺たちの名前を出したのだろう。長峰は俺、冬木、秋月、そして朱里の名前を出すと今すぐ来いとそう口にしていた。
美羽のアプローチがどんなものかは分からないが、長峰自身も察しが悪い方ではない。美羽の言葉の節々から感じ取れるものがあり、問い詰めたのだろう。それに関して言えば悪いのはもちろん美羽ではなく、首を突っ込んでいった俺たちの方だ。
しかし後日などではなくすぐに呼び出しとは……長峰らしいと言えば長峰らしいけど。
「どうにかなるのかな」
「さぁ、どうだろう」
朱里と並んで夜の道を歩いて行く。神中の冬は寒く、体の芯まで凍えさせてしまいそうなほどだった。時折吹く風は肌を刺し、それとは反対に空気は驚くほどに澄んでいる。
「どうにかする。どうにかしないといけない」
「おにいも無理はしないでね。前にも言ったけど、あたしは何があってもおにいの味方だから」
「……お前、たまにカッコいいよな」
朱里はいつもそう言ってくれる。たったそれだけの言葉ではあるものの、それがあるとないとでは安心感が桁違いだ。その言葉が嘘ではないと俺には視えるし、きっとこの眼がなくても確信が得られていただろう。朱里がそう口にしてくれるから、俺はいつだって安心できる。
「そりゃあおにいの妹だもん!」
「それは関連付かないと思うけど」
どうなるかは分からない。俺には嘘が見えるし、冬木は人の思考を聞くことができる。だが、そんな力があったとしてもどうなるかは分からない。
長峰は相当頭に来ている様子だったし、その状態の長峰と会うのは正直怖い。許されるのなら今すぐ家に帰って部屋に引きこもりたいくらいだ。
だが、それは同時に一人の友人をなくすことにもなる。これが長峰と出会ったばかりのことだったら、俺は長峰の家へ足を向けることはなかっただろう。しかし今となっては足を向ける以外の選択肢はなかった。
長峰と過ごした時間が俺の足を動かしている。それは多分……失いたくないという恐怖から。
「成瀬くん、朱里さん」
そんなことを考えながら歩いて行くと、目の前に二つの人影が現れた。一人は冬木、もう一人は秋月。俺たちと同じく長峰の家へと向かう途中の二人だった。
「秋月はもしかしたら来ないかもって思ってたけど、安心した」
「さすがの私もな。無視はできないだろう」
これで全員。長峰から呼び出しを食らった全員は問題なく集まった。しかし一番の問題はここからだ。
長峰が抱えている問題。それを紐解いて行く必要がある。
「あの、ごめんなさい……わたし……」
それから長峰の家を訪ねる俺たち四人。今は長峰と美羽に連れられ、近くにある公園へとやって来ている。その道中も長峰は無言で、俺たちと目を合わせようとすらしていなかった。
そして到着するとすぐさま美羽がそう口を開き、俺たちに向けて頭を下げる。
「美羽さんのせいではありません。余計なことと知って首を突っ込んでいるのは私たちですから」
「……いえ、そうではなくて。そうではなくて、お昼に話していたこととは違う形になってしまって」
美羽は視線をあちらこちらに動かしながら言う。その様子はまるで何かに焦りを覚えているようで、俺たちが今考えていることとは違う何かを知っているように見えた。
が、それを知らせるように口を開いたのは長峰だ。
「全部知ってるんでしょ?お母さんのこと」
「……ああ、知ってるよ」
「さっき電話がかかってきたの」
唐突に長峰は言う。そこに元気はあまりなく、いつもの雰囲気もまた存在していない。
「お母さんの容態が急変して、今から手術。大丈夫なのかって聞いたら、出来る限りのことはするって。それってつまり、難しいってことだよね」
表情にこそ出さないが、長峰が酷く落ち込んでいるのは簡単に見て取れた。
「それを美羽に話して、そうしたらあんたたちのことを話してくれたの。裏でああだこうだやってるってね」
……だから美羽は俺たちに謝ったのか。本来の流れではない流れになってしまったことを。
美羽はまたしても軽く頭を下げる。頭を下げる必要もなければ申し訳なく思う必要もないのに、律儀なのが長峰美羽である。
「それで俺たちを呼び出して、勝手なことするなって話か?」
「別にそれは良いんじゃない?私からは何も言ってなかったし」
てっきり長峰からは「その通り」なんて言葉が出てくると思ったが、そうではなかった。俺たちの行動に対して文句を言いたいわけじゃない……のか。
「それにいつかは話そうと思ってたから」
長峰は俺の方に視線を向けたあと、冬木、秋月、朱里にそれぞれ視線を送る。
「一応言っておくけど、私はみんなのことそれなりに分かってるつもり。私の様子が変なことにも気付いてて、それを放っておくほど薄情な人たちだとも思ってない。成瀬も、冬木さんも、秋月さんも。朱里ちゃんは……ちょっと巻き込んじゃったみたいでごめんだけど」
「全然そんなことないですよっ!長峰さんはおにいにとって大切な人だし、美羽ちゃんのお姉ちゃんだし……だから長峰さんに対する気持ちはあたしも一緒です!」
長峰の言葉に朱里は返す。人から信頼を置かれやすい、人たちの中心になりやすいのは朱里も同じだ。ある意味では似たもの同士とも言える二人で、長峰から見ても朱里は同じような感じなのだろう。
「やっぱり似てるね、成瀬と。まーそれは置いといて……だからいつかこうやって話すことになるんだろうなとは、なんとなく思ってた」
つまりそれは、長峰自身も気付いている何かがあるということ。今回話すのはその何かであり、それこそがこの長峰に関する問題の核だ。
長峰の現状と行動におけるズレ。朝霧も指摘していたそこが……長峰の根幹とも言える部分。
「だから、そういうときのために考えてたこともあるんだ。これを言えばきっと大丈夫って言葉」
「……長峰さん、それは」
恐らく、冬木はこの言葉を聞いた。目を見開き、困ったような悲しそうなそんな顔をしながら口を開いている。それを口にしようとする長峰を止めるように手を伸ばしている。
が、そんな冬木の手を振り解くように長峰は口にした。
「私から話すことは何もない。で、これ以上首突っ込んでくるなら友達やめるから。それだけ」
「……長峰、お前自分が何を言ってるのか分かっているのか?」
「もちろん。秋月さんだって分かってくれるんじゃないの?秋月さんにだってあるでしょ、線引きして欲しいこと」
「当然ある。成瀬や冬木や長峰と絡むようになって、面倒臭いと思うことは増えたし、動きたくないと思うことも増えたよ」
秋月は長峰の問いに真っ直ぐと答える。嘘偽りのない言葉で、紙送りのことも秋月にとってはそうだったんだ。
「けどな、嫌だと思ったことは一度もない。良かったと思うことはあれど嫌だと思ったことなんて私は一度もない」
秋月はそうハッキリと断言する。それが嘘かどうかだなんて、敢えて言う必要もないほどに真っ直ぐとした言葉だった。
「話にならない。少なくとも私は迷惑だって今は思ってるし、関係ない奴らに踏み込んで欲しくない」
それが長峰の考えだ。長峰の考えと秋月の考えは似ているようで全く異なるもの。秋月は結果を見ていて、長峰は経過を見ているのだ。
「……あの、すみません。こんな話をしている最中だからこそなんですが」
そこで手を挙げたのは冬木だ。その視線は長峰のみならず、俺たちにも向けられている。
「なに?」
公園にあるブランコの柵に腰掛け、腕組みをしながら長峰は言う。長峰は怒ってはいるものの、話を聞く姿勢を崩してはいない。その部分こそ長峰が俺たちのことを完全に拒絶していない証でもあった。本当に拒絶しているのなら、こんな話すらせずに長峰は無視を決め込んでいただろうから。
「今するべきことは、ここで話をすることでしょうか」
「……どういう意味?」
長峰が再度尋ねると、冬木は続ける。
「先ほどのお話だと、長峰さんの母親の容態が急変した……とのことでしたよね。なら、長峰さんは今すぐ病院に行くべきでは……?」
「そういうことね。面倒だから結論から言うけど、私は行かない。意味なんてないし、会いたいわけでもないし」
……少しずつ、見えてきた。長峰が何故こんな行動を取っているのかが。
たった今長峰から発せられたその言葉は……嘘なのだから。
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