第14話『成瀬修一その4』
「意味がない……というのは?」
「私が行ったところで状況なんて何も良くならないでしょ?だったら行く必要もないってだけ。ま、なるようになるでしょ」
冬木の問いに長峰は淡々と答える。そんな分かりきったことを聞くなとでも言いたげに両手を広げながら。
また、嘘だ。長峰は嘘を吐いている。俺に視えるということは、長峰自身もその言葉が嘘だと気付いているということだ。
だとしたら、こいつは何の嘘を吐いている?どうして嘘を吐いている?
「……私は、行くべきだと思います。今すぐにでも」
「それ、冬木さんの考えでしょ?なんで私の親のことに冬木さんが首を突っ込んでくるの?」
「それは、長峰さんが心配だからです」
「心配?だからさ、さっきから……成瀬も秋月さんもだけど、私がいつそんなお願いをしたの?迷惑なんだって。私はなんともないんだから」
「私にはなんともないように見えません。長峰さんは今……なんともないようになんて、見えませんよ」
泣きそうになりながら冬木は言う。恐らく、冬木は長峰の思考を聞いている。普段の冬木であればそこまで簡単に踏み込むようなことはしないだろうし、長峰のなんらかの思考を聞いて踏み込んだのだ。
だが、それが良い方向に転ぶとは限らない。少なくとも今の長峰にとっては。
「分かったようなこと言わないで。それともなに?私の心の声でも聞いてるわけ?」
「……いえ、そういうわけでは」
「なら分かるよね。私が嫌だって言ってんのにそうやってしつこくしてきてさ。冬木さんって私のこと嫌いってことだよね」
それは珍しい光景だった。長峰は基本的に頭に来たとしても、納得がいかなかったとしても、思ってもいないことは口にしない。そこまで感情の赴くままにという奴ではないからだ。
だが、今の長峰はそうではなかった。冬木が長峰のことを嫌いだなんて、そんなことは絶対にないはずだし、何より長峰は冬木との一件を経てより理解を深めている。だからそう思うはずがない。
「ああ分かった」
長峰は笑う。今思えば、無理にでもその先の言葉は止めておくべきだった。例えそれが本心ではなかったとしても、嘘の言葉だったとしても。言葉というのは嘘であるか真実であるかという前に……時に人の心をひどく傷付けるものなのだから。
「私に最近嫌がらせしてるのって冬木さんでしょ。まー嫌われることはしてきてるし、それなら納得ってところだよね」
冬木は顔を歪ませる。その表情は怒りなどではない。ただただ苦しそうに、悲しそうに、長峰の言葉を受け入れられないといった表情をしていた。
「おい、ながみ――――――――」
堪らず俺は声を出す。さすがにそのまま会話の流れを見ているわけにはいかない。が、この場においては俺よりもよっぽど短気な奴が存在していた。
「ふざけるなッ!!!!」
今までに聞いたことのない大きな声で秋月は怒鳴り、長峰の胸倉を勢い良く掴み上げる。普段は静かな方である秋月がここまで声を荒げるのを見るのは初めてだ。
「お前が……お前だけはそれを言ったら駄目だろう!?冬木がどんな想いでお前との関係を修復したんだ?冬木がどんな気持ちでお前と手を取り合ったんだ?冬木が何故お前とまた歩き出したんだ?それが分からないお前じゃないだろう、長峰愛莉ッ!」
「秋月さん、落ち着いて……」
冬木が止めようとするも、秋月は無視して言葉を続ける。ここまで感情的な秋月を見るのもまた……初めてのことだった。
「それに一緒じゃないのか?長峰、お前も冬木と同じ想いで、同じ気持ちでいたんだろう?」
長峰の胸倉を掴む手からはするりと力が抜けていき、長峰は驚いていたものの秋月の言葉を黙って聞いていた。俺も、朱里も、美羽も。冬木もそれ以上止めることはなく、秋月の言葉に耳を傾けていた。
「冬木の顔を見ろ、長峰。それでさっきと同じ言葉をもう一度口にしてみろ。もしそれができるのなら、私はなんの気兼ねもなくお前との交友を断つことができる」
秋月の言葉を受け、長峰は視線を冬木へと向けた。そこでようやく長峰は気付いたのだろう。目を少し見開き、口を動かし何かを喋ろうとしたものの、その言葉はうまく出てこなかった。
「……ごめん」
ようやく出てきたのは、そんな言葉だった。それから誰かの言葉を待つことなく、長峰は続ける。
「私、何言ってんだ。ごめん、冬木さんごめん。どうかしてた。私……なんで……」
長峰はあからさまに動揺し、狼狽える。そんな長峰にすぐに駆け寄り、その手を掴むのは冬木だ。
「私は大丈夫です。だから気にせず」
「……ごめん」
長峰はポロポロと涙をこぼす。いつも強気な長峰の姿はそこにはなく、長峰自身も口にしてしまった言葉の意味に今気付いたような反応だった。
「長峰、俺は正直どっちでも良いと思ってるんだ。長峰が今から母親のところへ行こうが行くまいが」
話すのは得意ではないし、熱く語れる柄でもない。俺はただ考えていることしか口にはできない。
俺の言葉にその場にいた全員が顔を向ける。その言葉が意外だったのか、秋月や冬木は少し驚いていた。
「だってそうだろ?さっき長峰が言ったように、長峰が行ったところで助かるかどうかは何にも変わらない。助かるかもしれないし、助からないかもしれない」
「……ッ!!」
長峰はその言葉を聞くと、そのまま俺に向かって走り出す。当然そんなことを言われれば長峰が怒るのは分かっていた。けど、生憎このやり方が一番良い。長峰の本心を引き出すためには。
このときの予想外だったことと言えば、長峰がそのまま勢い良く俺の顔を殴り付けたことくらいで、それ以外は概ね予想通りの反応だった。
「ふざけんなッ!私のお母さんは……お母さんは私たちを置いて行くなんてことはしないッ!!勝手なこと言うな!!」
「怖いんだろ、長峰」
長峰は恐れている。母親がいなくなってしまうかもしれないということを。意図してのものか、本能的なものかは定かではないが……母親に会うのを避けている。
「……は?私が?そんなわけ」
「見たら現実的になる。だから見ずに、聞かずに、俺たちにも話さないで触れないことにした。でもそれは間違ってる」
「もう良いって。全部成瀬たちの勘違いで、私はなんともない。これ以上はやめて」
「やめねえし、何回でも言う。もしも今日」
その先の言葉を口にするのには勇気が必要だった。今の長峰にそんな言葉をぶつけてもいいのか、これは本当に正しいことなのか、そんな疑問もあった。
けど、一つだけ確かなことはある。長峰の言葉は嘘に塗れていて、その嘘は……いつか絶対に自分自身を苦しめる嘘だということ。
今から俺が口にする言葉は、先ほど長峰が口にした言葉よりもよっぽど酷いものなのかもしれない。でも、それでも言わなければいけない言葉。長峰に言葉として伝えなければならないものだ。
「もしも今日、長峰の母親が亡くなったら……お前は一生後悔するんだぞ、長峰」
「ッ!!」
頬に衝撃が走る。今度は平手打ち、鈍い痛みが頬に広がり、口の中に鉄の味が広がったのを感じる。
「勝手なこと言わないでッ!さっきから間違ってるとか後悔するとかなんなの!?あんたには分からない、分かるわけがない!!なんにも知らないのに……私のことを分かったような口を効かないでッ!!」
「……分かるさ。俺はずっと後悔してるから」
「……おにい」
後ろから朱里の声がした。俺が何を言おうとしてるのか、朱里は気付いたのかもしれない。止めることもできただろうに、止めなかったのは朱里の優しさであり厳しさでもあるのだろう。
楽をするなら、何も言わなければ良い。そうすれば何も起きないのだから。
けれど、進むのなら口にしなければならない。冬木は進み、秋月も進み、長峰は今まさに立ち止まってしまっている。俺もまた同じで、あの日からずっと立ち止まっている。
「俺は友達を見殺しにした。助けられたはずなのに、なんとかできたはずなのに、しなかった。最後にあいつのところへ行ってれば……何か変わったかもしれないのに。俺はそんなことをずっと後悔してる」
心臓が痛いくらいに鼓動する。視界が熱くなり、眼の奥が酷い痛みに襲われた。このことを考えるといつもこうだ。忘れるなと言われているかのようにあの日の出来事は俺の記憶にこびりついて離れない。
「だから長峰、俺はお前に後悔して欲しくないんだよ」
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