第12話『成瀬修一その2』
「アイスあったっけ?」
「あるよー。冷凍庫の下開けて左の方ー」
「お、あったあった。サンキュー」
その日の晩、風呂から上がった俺は朱里と暇潰し的な話をしていた。風呂上がりにアイスを食べながらこたつに入る時間は至高だ。
普段であれば取り留めのない話をしているところだが、今日は少し話が違う。昼に話した長峰のことについて、その延長線上のような話だった。
「美羽は大丈夫かな」
「しっかりしてる子だから大丈夫だよ。それよりおにいの周りって、なんだかんだトラブルが起きやすいよねー」
「そうか?……いや、そうかも」
「でもあたしはこう思うのです。おにいが関わろうとしているから、そうなるのかなって」
「逆説的に言うと俺が関わってるからそうなるとも言えるな」
「おお……なんだか頭が良さそう!」
良さそうとはなんだ。少なくとも朱里よりは確実に頭が良い自信はあるぞ。人脈、容姿、人望、コミュ力、人間性、生活力、他にもたくさん朱里に軍配が上がるが、そこだけは譲れない。
「で、そんな頭の良いおにいは考えてあるんでしょ?」
「なにが?」
俺が尋ねると、朱里は口の周りについたアイスをペロリと舐め、笑顔で答える。
「美羽ちゃんのアプローチが失敗したときのことだよ」
「……まぁ一応。ただ長峰が相手だからな、一筋縄じゃいかないだろ」
「手強い相手でもおにいなら大丈夫大丈夫!おにいの眼もあるんだし」
言い、朱里は俺の眼を指差す。不思議なことに嘘を見抜ける眼。こういったトラブルの際には何度もお世話になっている力。
「この眼のせいで面倒ごとも起きるけどな」
「まーそれはあるかもだけど。おにいはやっぱりそんな力いらないーって思っちゃう?」
「んー」
この眼がなければ、俺の交友関係はもう少しうまくいっていたかもしれない。起きる問題も起きなかったかもしれないし、無駄な傷を負わなくて済んだかもしれない。
でも、この眼がなければ今の俺はないだろう。この神中にも……きっと来なかったはず。そして冬木や長峰、秋月、他にもたくさんの人物と知り合うことすらなかったはず。
「使いたいときに使えるってのが一番かな」
「ないものねだりだよーそれは。あたしはおにいの眼、たまーに羨ましく思っちゃうけどね」
「そりゃ意外だな……こんなのなくてもお前なら上手くやれるだろ」
朱里は人に好かれるのが非常にうまい。本人に自覚はなく、狙ってやっていることでもないから、それは朱里が本来持っている性格故のことだ。一体どんな兄と過ごしたらこんな立派な妹になるのだろうか。さぞ立派で素敵な兄なんだろうな。
「いやーどうかな?やっぱり気になるときは気になることもあるし。おにいの眼を片目でもいいから取ってつければあたしも使えたりしないかなー」
既になくなったアイスの棒を咥えながら朱里は言う。そんな可愛らしい仕草をしながらとてつもなく恐ろしいことを言ってるな……こいつ。今度から寝るときはドアにバリケードでも作っておいた方がいいかもしれない。
朝起きて、片目に走る激痛とともに血塗れの顔で俺を見下ろす朱里。一気に内容がヤンデレすぎる妹に愛されてしまった兄になってしまう。
「ま、朱里が俺のアイスとかおやつとか勝手に食べたのをすぐに知れるのは便利っちゃ便利かも」
冗談混じりに笑って言う。たまにあるんだよな、朱里が勝手に食べること。俺にだけはジャイアン理論で奪ってくるからな。
「へ?あ、あはは……そ、それはそうだね。へへへ」
「なんだよそのキョドり方。なんかやましいことでも……ん」
昼のことを思い出す。冬木はさすがと言うべきか、足らないよりは良いと思ったのかプリンを多めに買ってきてくれた。そして余ったものは「成瀬くんと朱里さんで食べてください」と言い、置いていったのだ。奇跡的に余っていたプリンは二つで、朱里はすぐに食べていたのを思い出す。
そして俺のプリンは今日の夜食にでもと冷蔵庫に入れておいた。間違いなく。
「……お前まさか」
「な、なんのこと?」
俺はこたつから抜け出すと冷蔵庫に向けて歩き出す。その瞬間、朱里もまたすぐさまこたつから抜け出し、俺の足にしがみついてきた。
「おにいダメ!今冷蔵庫には危険がいっぱいなの!」
「なんの危険だよ!嘘吐くな!」
「マジだよマジ!あたしが秘密裏に研究していた危険生物がそりゃもうびっしりと詰め込まれてるんだよ!」
「そんな危険なものをそもそも冷蔵庫に保管するんじゃねぇ!」
律儀にツッコミを入れつつ、俺は朱里を引き摺りながら冷蔵庫へ。そして目の前に立ち、扉を開け放つ。
予想通り、そこには何もなかった。危険生物はもちろんのこと、俺のプリンも。
「お前なぁ!!」
「ひいっ!!」
十分間くすぐりの刑が確定した瞬間であった。
「はひぃ……」
「ちゃんと明日買ってこいよ。スーパーので良いから」
「わ、わかりまひた……」
床に横たわり、虚な目でどこか遠いところを見ながら朱里は言う。ここまでしておけば今後、朱里が俺のものを勝手に食べることはないだろう。
……いや、あるな。明日になったら今日のことなんて忘れてそうなのが成瀬朱里という妹なのだ。
「そういや朱里の方ってなんの問題とかもないの?」
「あたしのほう?」
視線を向けると、朱里は既にいつもの表情でこたつの中にいる。さっきまでのが演技なのではないかと疑いたくなるが、もう充分な罪は受けたということで目を瞑っておいてやろう。
「そうそう。道明が言ってたんだけど、東雲が厄介だとかなんとか」
「東雲先輩?そういえば来年卒業だから……おにいの学校に入るんだね、東雲先輩」
「らしい。どういう奴なんだ?」
道明が言うからには、間違いはない。それほどまでに道明の情報というのは信頼ができるものなのだ。そしてその道明が「厄介」と表現するからには警戒しておくに越したことはないのだ。
更に言えば、現時点で朱里に何もなければ良いとの考えもある。あれば朱里は相談してくるだろうから、多分ないけど。
「んー、前にも話したと思うけど、めちゃんこ優秀って感じの人かなー。気さくだし、御三家の一人娘とは思えないくらいフレンドリーって感じ」
「ふうん」
礼儀正しく清廉潔白、というのとは少し違うらしい。そう言われると朱里に近いタイプなのかもしれない。
「悪い噂とかは?」
「ないない。あたしが知ってる限りは……だけど」
「なんかありそうな言い方だな」
俺が言うと、朱里は少し困ったような顔をする。思い当たる節があるようだ。
「関係あるかどうかは分からないし、適当なこととか言うのは良くないけどさー。多いんだよね」
「多い?」
「不登校。あたしたちの学年は一人もいないんだけど、東雲先輩の学年は何人もいるの。たまたま……だとは思うんだけど」
……朱里が言うからには、不自然に多いんだろう。そしてそのことに東雲が関係しているという証拠はない。だから「たまたま」という言い方を朱里はした。俺がそういう聞き方をしたから、無理矢理に繋げてみたというような言い方だ。
仮に東雲がそれに関係しているとして、悪い噂が立たないわけがない。火のないところに煙は立たないとは言うものの、その出所が東雲だと結論づけることはできない。
が、仮に。
仮に東雲が複数人を不登校に追い込んでいるとして、更に噂が立たないような手段を取っているとしたら……。
道明が話していた「厄介」というレベルを完全に超えている。それはもう悪意の塊のような奴になってしまう。
「まぁでも本当に関係ないと思うよ?気配りできる人だし、あたしたちのこととか他の学年のこともちゃんと理解してくれてる立派な生徒会長さんだよ」
「そっか。それならいいんだけど」
一応、念のため。どこかのタイミングで東雲については軽く調べておいた方が良いかもしれない。それこそ冬木や長峰や秋月に聞けば何か分かるかもしれないし。
特に長峰なんかは交友関係も広いし、より詳しい部分で知っているかもしれない。
そんなことを考えていた丁度そのとき、俺の携帯から着信音が鳴り響く。こんな時間に珍しいと思い視線を落とすと、そこには長峰愛莉という名前が表示されていた。
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