第11話『成瀬修一その1』
「お邪魔します。まだ私だけ……みたいですね」
それから少し経った休日。12月も既に半分ほどが経過したある日のこと、冬木空は俺の家を訪れた。その理由というのももちろん長峰愛莉についてだ。
「あたしもいるよ!冬木さんおひさー!兄がいつもお世話になってます!」
俺の後ろから顔を出して言うのは朱里。今日もいつものように元気を全面に押し出し、白い歯を見せて冬木に言う。
「お久し振りです、朱里さん。朱里さんも参加すると聞いていたので、プリンを買ってきましたよ」
「マジ!?神!!神様仏様冬木様ー!」
そう言いながら朱里は冬木に抱き付く。冬木は少しだけ体勢を崩しそうになりながらも、笑っていた。
「あんまり甘やかすなよ……」
「いや、成瀬くんには言われたくありませんが」
……よし、とりあえず玄関で立ち話もあれだし中で話すことにしよう。一応客人だしな、冬木だけど。
「そうですね、では失礼します。冬木ですけど」
「調子良さそうで何よりです……」
一旦はなくしてしまっていた冬木の力であったが、もうしっかりと元には戻っており、俺の心の声も見透かされている。俺としては安心した面はあるが、俺の邪な思考を丸裸にされるので気をつけなければならない。
「渋滞しているな」
と、そんなとき。ドアが開き現れたのは秋月だ。
「渋滞してるなじゃねーよ!お前何勝手に扉開けてるんだよ!インターホンくらい鳴らせよ!」
「ん、空いてるから勝手に入れと言ったのは成瀬だろう?」
……いやそうだけども!それは確かに言ったけども!それでも一応人の家だよ?インターホンは鳴らさずとも一言事前に教えて欲しくない?
「なら悪いのは成瀬くんですね。朱里さんはどうですか?」
「んー、そうだね……朱里裁判長からすると……おにいは有罪!」
「だそうです。三対一ですね」
俺は半ば諦めながら、というより逃げるようにリビングへと足を向けることにした。
「わ、これ商店街のやつだよね?美味しいやつ!」
「どうせならと思って。成瀬くんと秋月さんの分もありますよ。少し多めに買っておきました」
それからリビングへと行き、外の寒さを打ち消すようにこたつへと俺たちは入り込む。冬木は持っていた紙袋から瓶の容器に入ったプリンを人数分、綺麗に並べ始めた。
「ありがとう。で、この四人で話を進めるわけか」
「んや、もう一人来る。そろそろだと思うけど……」
秋月の言葉に俺が返したそのとき、インターホンが鳴り響いた。どうやら次の訪問者にはしっかりと常識があるらしい。
「あたしが行ってくるねー」
と言い、朱里は玄関へと向かっていく。他でもない、元を辿ればその人物は朱里と友人でもあるのだ。
「お邪魔します。お兄さんお久し振りですね、冬木さんも」
にっこりと笑い、天使のような雰囲気を醸し出しながら現れたのは美羽だ。いや、この際天使のように降臨したと言った方が正しいか。
「あ、秋月さんお久し振りですっ!あ、お、覚えて……いますか……?」
そしてこれだけが一番の謎。世界の不思議。最大の摩訶不思議。長峰美羽は秋月純連の大ファンなのである。
「もちろん覚えているさ、この前の月見以来だな。しかしそうか、確かにそれなら話は早いかもしれない」
俺が用意していた案というのも、美羽に話を聞くことだ。長峰の妹である美羽であれば全ての事情を知っているはずだし、俺たちのことも美羽は理解してくれている。だから長峰のためだということも分かってくれるはず。
何より、今日この場に美羽が来てくれたことが何よりの証拠だ。当然のことながら内容は簡単に説明してあり、それには長峰の親のことも含まれている。それを聞いた上で美羽は足を運んでくれた。
「こ、光栄ですっ!あのあの、わたしのことはどうか置き物だと思っていただいて構いませんので……」
「それだとこっちが困るな……美羽も適当にくつろいでくれよ、秋月の横空いてるし」
「あ、あ、あ?あ、ああっ!あきつ、秋月さんの横っ!?」
それから美羽が落ち着くまで、しばらくそんな押し問答が続いたのは言うまでもないことである。
「取り乱してしまいすみません……お恥ずかしいです……」
「まぁまぁそんなこともあるよ!あたしのおにいなんて生き恥なんだから気にしないで気にしないで!」
「そうそう、実の妹にこんな暴言を吐かれるのに慣れてる奴もいるんだぞ。そのくらいなんでもないって」
朱里に付き合っていたら日が暮れてしまうから、とりあえずは流す。今はな。
そこでようやく全員が座り込み、本来の目的である話し合いが始まろうとしていた。とは言ってもそこまで重い空気はなく、冬木が買ってきてくれたプリンを食べながら。
美羽はそんな雰囲気の中、咳払いを一度する。
「今日みなさんが集まっているのは……お姉ちゃんのこと、ですよね」
「そうですね。私も簡単にしかお話は聞いていませんが……まずは成瀬くんと秋月さんから、朝霧さんから伺ったお話というのを」
「んじゃ、俺から話すか」
一度秋月に視線を向けはしたものの、お前に任せると目が言っている。自分が話す必要のない場面で秋月が率先して話すわけもなく、俺は口を動かし先日のことを話し始めた。
朝霧が知っている長峰のこと。母親は入院していて、状態が良くないということだ。
「俺が思うに、まず確認なんだけど……長峰はそれを知ってるのか?」
「もちろん知っています。わたしもお姉ちゃんも……お母さんの体調が悪化しているということは知っています」
ここまでは事前に確認済みのことでもある。改めて再確認という意味での問答だ。
が、ここから先は俺も知らない部分の話……未知の領域。
「単刀直入に聞くぞ。俺や冬木や秋月は一番分かってる話だ。最近長峰の様子がおかしいこととの関係は?」
「……あります。わたしから見ても、最近のお姉ちゃんは……空元気というか、無理をしているというか、見ていてとても不安になるんです」
……やっぱりか。本当にただの思い過ごし、俺たちの余計なお節介、無駄骨だったら逆にどれだけ良かったことか。
「……私から少し良いですか?朝霧さんのそのお話だと、長峰さんはまるでそのことに向き合っているようには見えないのですが」
それもまた直球な疑問だ。普通、普通というのがどの程度のものかは分からないが、俺が長峰の立場だったとしたら……その状態で学園祭やらクラスのことに割く時間なんてなくなるだろうし、この前の月見も参加すらしていないと思う。だから考えられるのは……。
「俺たちとかクラスのことが長峰の重荷になってるのか?」
そんな疑問。長峰は体裁を保つ傾向にあるのは分かりきっていることで、俺たちやクラスとの関係を維持するためにそんな行動をしている。だから重荷になっているのではないかという疑問。
「そうであるなら、私たちは長峰の背中を押すべきだろうな。私たちのことなんて気にするなと」
長峰が今話しているように気の配り方を間違えているのなら、それが正しい。ただ長峰の背中を押してやるだけで良い。が、それはあくまでもその仮定が正しかった場合の話。
「でも、そうじゃなかったら……?」
それは朱里も同じことを考えていたようで、全員の顔をみわたしながら言う。もし違った場合……長峰が根本的に何かを間違えていた場合。
その場合は長峰の向いている方向を正す必要がある。それはきっと容易ではない。なんせ相手は長峰なのだから。
冬木も秋月も、そして何より美羽が一番分かっているだろう。長峰が考えてその行動をしている場合、その方向を曲げるのはかなり難しいということは。
冬木との一件のときもそうだったが、最終的には殴り合いになってしまっていたし。そのくらい衝撃的なものでなければ長峰を動かすことはできない。
「……わたしから見たら」
美羽は今にも泣き出しそうな顔で言う。最も長く、最も近くで長峰のことを見続けてきた美羽だ。些細な変化にも長峰の思考にも気付くものはあるはず。
「お姉ちゃんは、助けて欲しいんだと思います。どうやってとか、どうしてとか、そういう難しいことは分かりませんけど……」
「妹としての勘ってやつ?」
美羽に朱里が尋ねると、美羽はこくんと頷く。同じ妹同士、通じるものでもあるのだろうか。逆に俺は朱里の些細な変化に気付けるかどうか微妙なところだが。
「じゃ、きっとそうだよ。だって美羽ちゃんが一番長峰さんのこと知ってるし」
一見すると適当な物言いにも聞こえてくる。しかし、それは事実だ。ここにいる誰よりも美羽が長峰愛莉という人物に詳しく、そこの部分で理解している。美羽は生まれた瞬間から今日に至るまで、ずっと長峰のことを見続けてきたのだから。
「でも、でも……どうすれば」
「一旦美羽から探りを入れるのはどうだ?長峰って美羽のこと大好きだし、まだ話してないんだろ?」
「……はい。一緒にお見舞いにいこうと言いたくても、言える雰囲気じゃなくて」
「そこを一歩踏み出してもらう。もし喧嘩になりそうだったら、俺の名前を出していいから。頼まれたって」
「……でも、お姉ちゃんは絶対に行かないと言うと思います。お母さんの話は全くしてないから」
「だから探りなんだよ。長峰の反応を見ない限り、どういうアプローチをすれば良いか分からないしな……いてっ!」
そこまで話したところで、秋月から手刀が飛んできた。見事に額へと命中し、俺は情けない声を上げる。
「なんだよいきなり!」
「アホ。だろ?冬木」
「そうですね、成瀬くんはアホです。美羽さん、揉めそうなことになったら私の名前も出してください。もちろん秋月さんの名前も」
「は、はい……ありがとうございます」
「あたしもあたしも!美羽ちゃんもそうだけど、長峰さんも大切な人だからね。あたしに手伝えることあったらなんでも言ってね、美羽ちゃん」
「朱里ちゃん……えへへ、ありがと」
そんなこんなで話はまとまりを見せる。まずは探りを入れることを含めて、美羽にアプローチをしてもらうことに。そこからの反応次第でどう出るか考えるというものだ。
もちろんそのアプローチでうまくいけばこれ以上のことはない。が、そううまくいくとも思えないのが現状である。
とにかく一度、美羽に任せて長峰の対応を確認するところからだな。
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