第10話『秋月純連その4』
「それで、私に話って結局なんだったの?」
ひと段落したところで朝霧が尋ねる。元を辿れば話があったのは俺たちの方で、朝霧としてもそこは気になるところだろう。
「私から話そう。単刀直入に、三好についてはどう考えている?」
その名前が出たことによって、朝霧は若干眉をひそめる。あまり聞きたくない名前というのは言われずとも見えてきたな。
むしろそれだけで先程西園寺と話した際に出てきた「アタシよりも琴音」という言葉の意味が分かった気もする。
「私の友人に喧嘩を売った。それだけで充分でしょ。言っておくけど空とか姫を泣かせるようなことをしたらあんたたちでも容赦しないから」
朝霧は足を止め、俺と秋月に向けて言う。なんとなくだが見えてきたな、朝霧琴音という人物が。
こいつには友人とそれ以外という線引きがハッキリと存在していて、最優先されるのはその友人たちというわけだ。そしてそこに俺や秋月は含まれていない……ということ。あくまでも少し話す顔見知りといったところか。
「私がそんなことをすると思うか」
が、こちらの秋月も引く様子はない。真っ直ぐと朝霧の顔を見つめながらそう言葉を発する。
……俺は切実に帰りたい。この二人のピリピリとした空気に耐えられる奴は恐らくいないだろう。
「……愚問だったね。それで話ってのは要するに三好たちと仲良くして欲しいとかそんなとこ?」
「いや、そこまでは言ってない。ただ、クラスを一つにまとめるっていう大役を任されててな」
「そういえばクラス委員だったね、成瀬」
俺もたまに忘れそうになるが、その役目がある。北見に任された学生生活最大の仕事であるが、最近では最大の難関のようにも感じている。それほとまでに事あるごとに問題が起きるというのがうちのクラスだ。
「ま、でもそれは無理でしょ。原因はいくつかあるけど」
朝霧は再び歩き出し、俺と秋月はそれについて行く。
「私や姫、さっき名前が上がった三好もだけど。水原姉妹だったり空もそう。問題児ばっかりってのはもう気付いてるでしょ?」
もっと言えば長峰や秋月も底を見れば問題児だろう。かくいう俺もそのうちの一人に含まれる。
つまり今のクラスは問題児たちを一つのクラスに放り込み、他のクラスを円滑に回すために犠牲になったという意味でもある。半ば諦められているのか、そこに充てがわれたのが新米教師である北見。
……知れば知るほどあからさまに寄せ集めという感じだな。
「私は全員と仲良くする気なんてないし、したくない。それよりも目下の問題を片付けるべきだよ」
「長峰のことか」
「そ。さっき話したこともそうだけど、嫌がらせの犯人についてもね」
朝霧の言う通り、大きな問題の前に片付けるべきことはある。新しく出てきてる問題もあるが……まずは長峰の件だろう。
一つは長峰に対する嫌がらせをしている犯人探し。これは水原姉と協力をし探し出すことにはなっている。その後どうするか……までは考えていないが。現時点で怪しいのは三好たち辺りではあるものの、証拠がない以上簡単に動くことはできない。
そしてもう一つが長峰の親のこと。どう触れていくか、どう進めていくか、これは慎重に考えなければならない問題だ。秋月や冬木の手を借りることになるだろうが、朝霧の言葉通りなら……放置はまずいだろう。
「っと、長話をしてたら着いちゃったね」
思考を遮るように朝霧が言う。その目の前にあるのは古い一軒家だった。
表札には『朝霧』と書かれており、どうやらいつの間にか朝霧の家まで着いてきてしまったようだ。
「ここでそれじゃあまた……ってのもあれだし、ご飯食べてく?時間もいい頃合いでしょ」
「迷惑ではないのか?」
「逆逆。たまには誰かとご飯もいいかなって思っただけ」
当然の話だが、朝霧はこの家に一人で今は暮らしている。本来であればお婆ちゃんと暮らしているはずではあるが、今は入院中なのだ。
必要最低限しか人と関らず、西園寺を除けば一匹狼とも言える朝霧からそんな提案をされるのは意外だったが……。
「ならそうしよう。折角だしな。そうだろ、成瀬」
秋月からは尋常ではないオーラを感じる。思い出すのは秋月の母親だ。そういえば秋月の母親は料理が壊滅的に……いや、考えるだけでも背後から殴られそうだからやめておこう。
「それじゃ、お言葉に甘えて」
「簡単なものしか作れないけど」
それから朝霧の家へと上がった俺たち。居間で待つこと数十分、出てきたのはとても高校生が作ったとは思えない料理たちだった。
肉じゃがに魚の煮付け。漬物に加えて味噌汁。俺の考える簡単なものはカップラーメンくらいのものだが、料理ができる人の簡単なものというのはレベルが違うらしい。
「全部お婆ちゃんが教えてくれたんだ。だからちょっと味付けとか古臭いかも」
そう言いつつも、朝霧の目は優しそうに料理を見つめている。表情こそ変わりはしないが、その目から感情は読み取れるほどに。
「お婆ちゃん好きなんだな、朝霧は」
「うん、好きだよ。大好き」
てっきりはぐらかされると思っていたところ、そんな意外な言葉が飛んでくる。少なくとも「大好き」という言葉はクールで他を寄せ付けない朝霧から出てくるのは驚きだ。
「……なに?そんな変?」
「あ、いや。朝霧がそういうこと言うイメージってないからさ」
「ああ、そういうこと」
ちなみにだが、秋月は既に料理に手を伸ばし無言でひたすら食べている。余程美味しいのか、白米は既に半分以上なくなっていた。傍目から見ると数日間ご飯にありつけなかったかのような食べっぷり。
「好きだとか、愛してるとか、姫にも空にもお婆ちゃんにもよく言うよ。会えば一回は言うかな」
「……本当に意外だな」
「だって後悔したくないから」
「後悔?」
俺が聞くと、朝霧はお茶を一口飲んだあとに口を開く。
「もしもその相手が死んじゃったら、もう伝えることもできないから。考えたくはないけど、そういう後悔をしないように」
「……確かに、そうだな」
「……成瀬?」
「ああいや、なんでもない。立派だなって思ってさ」
朝霧に嘘を見る眼がなくて良かったと思った。もしも今の俺を見られたら、それはすぐに嘘だと見抜かれているだろうから。
「大袈裟でしょ。雑談もそろそろにして、冷めないうちに食べるよ」
「おかわり」
その言葉を待っていたかのように秋月が言う。こいつ少しは遠慮しろよ……。一緒にいる俺が恥ずかしくなるんだが。
「はいはい。つい作りすぎちゃうから、成瀬も足りなかったら言ってね」
朝霧の底知れぬ母性を感じたような、そんな夕飯であった。
「話せて良かったな」
「そうだな、美味しかった」
それから朝霧家を後にした俺たちは帰路につく。秋月の手伝いから始まった一日であったが、予想以上に慌ただしい一日でもあった。
「お前な……」
「もちろん考えるべきこともある。長峰のことだろう?」
しかしそこはしっかりとしている秋月純連。面倒臭がりな秋月ではあるものの、最近では少し行動的になってきたとは思う。それはきっと秋月自身が面倒なこととは思っていないからだ。
俺からしてみれば神社の行事の方こそ真面目に取り組んでもらいたいがな。
「時間もなければ早急に解決したいところだ。冬木には当然相談するとして……成瀬はどう考える」
「んー、まぁそうだな。この前の月見の前からそうだけど、隠してる感はあったからな」
なんなら冬木は直接思考を聞いている。バレたら面倒だという長峰の思考は、今日朝霧から聞いた話で間違いないだろう。
長峰のことだから俺たちに介入されるのを嫌がっている。放っておいて欲しいというのもそれの表れで……ますますこの問題に首を突っ込むのが怖くなってきたな。
が、朝霧の言う通りなんだ。長峰は母親を優先せずに他のことを優先している。学園祭だってそうだし、俺たちに関することについても。それはある意味で自分を優先していないのと同じだ。
そして絶対に後悔する。何かがあってからでは遅い。取り返しは……つかない。
「成瀬、大丈夫か」
「……ま、大丈夫だろ。とにかくまずは冬木に話をして……一回俺の家で良いから集まって話するか」
「そうだな、学校だと聞かれるかもしれないからそれが良いだろう」
長峰は最近顔を出さないから問題ないだろうが、念のため。
「それに一応手段はある。多分うまくいくと思う」
「なら、それは成瀬に任せよう。……しかし今日は疲れた」
「秋月にとっては大変な一日だったな。でも、たまにはこうやって動き回るのもいいんじゃないか」
そのおかげでいろいろなことが聞けたし、知れた。道明を始めとして西園寺や朝霧のことも知れたしな。悪い一日ではなかったと思う。それはきっと秋月も一緒だ。
「いや、今度はハムスターに釣られることなく引きこもろうと思う」
……どうやら秋月の性格矯正には、まだまだ長い年月が必要そうであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます