第8話『秋月純連その2』
「しかしまぁ、ハムスターを探すってかなりの難題じゃないか?」
それから歩き出した俺たち三人。俺に秋月、道明という世にも奇妙な組み合わせである。
「成瀬、達成感という言葉を知っているか?」
秋月が言う。よりにもよって達成感とは一番無縁な奴から出てきた言葉に少し固まるが、恐らく秋月は難題だからこそ達成感を得られると言いたいのだろう。
「お前にだけは一番言われたくない言葉だな」
俺がそう返すと、秋月は不敵に笑う。なんなんだこいつは。
「ああそうだ、もしも無事に見つけられたら僕の方からもお礼をしようと思ってる。どんなのがいいか考えておいてくれ。雑用でもなんでもこの道明美鈴にお任せあれ……ってね」
「本当か?なら正月に手伝いをしてくれ。困ってるんだ」
もちろんそれは秋月が多少なりとも楽をするためである。初詣というのは神社にとって最も忙しい時期の一つで、道明ではないが猫の手も借りたくなる状況なのだ。秋月は度々こうして人員確保に励んでいるというわけだ。
「雑用だろう?それくらいなら構わないよ」
と、安請け合いをしてしまう道明である。
「俺は……まぁ道明にはいろいろ手伝ってもらったこともあるし、気にしなくていいや」
それに道明であれば、いざというときには手を貸してくれるだろう。という勝手な信頼を置いている俺。
「それより当てとかあるのか?犬や猫ならまだしもハムスターって中々難しそうだけど」
手のひらサイズの小動物探しはかなり困難を極める。こういった話で犬猫の話は聞くが、ハムスターというのは初耳だ。特徴というのはもちろんあるだろうけど、それ以上にサイズ的に厳しそうである。
「一応あるさ。その者の特徴や趣味思想から足取りを掴むというのは僕の得意分野だからね」
「ハムスターだがな」
秋月の言う通り人じゃなくてハムスター。しかし道明であれば一切関係なしに導き出しそうで恐ろしい。
「ともあれ当てもなく歩いているわけじゃあない。今回のハムスターの特徴はそう……かなりヤンチャな子なんだ」
一体それがどういう繋がりを見せてくれるのだろうか。俺と秋月は怪訝な様子で自信満々に歩いていく道明について行くのであった。
「ここだ」
歩くこと十数分。辿り着いたのは大きな広場のような場所。こんなところがこの神中にあったのは知らなかった。まだまだ上中には俺の知らないところが多々ありそうだな。
「ここは……ドッグランか?」
しかし俺とは逆に秋月には心当たりがあるようだった。その広場を見渡したあと、道明に向き直りそう尋ねる。
「ああ、この辺りは土地もあるし不思議ではないだろう?」
「いやでも……探してるのって犬だっけ?」
最もな質問をぶつける俺であったが、道明は人差し指を横に振りながらチッチッと口にする。ムカつく仕草だが悪意があるわけではないだろうから、ここはグッと堪える俺。
「ダメだね、これだから一般人は。常識を疑うところから考えないと、天才と呼ばれる探偵はやっていけないのさ」
いや、やっぱりムカつくわこいつ。確かに天才ではあるし反論もできないが、ムカつくものはムカつくのだ。
「ヤンチャであるなら犬にも怖気付かず、ここに来ると?」
秋月も半信半疑というような目で道明を見る。いくらヤンチャと言ってもそこまでは……。
と思いながら、俺は辺りを見回す。広い芝を犬たちは楽しそうに走っており、ここはまさに犬の独壇場だ。普段発揮できない運動能力を犬たちはこぞって発揮しており、そこには小型犬もいれば大型犬もいる。犬のパラダイスのような光景である。
そんな中、俺の視界に一つ妙なものが映った。
犬にしてはあまりにも小柄な小動物。俺の見間違いでなければ、その小動物はあろうことか大型犬を追い回している。
「……なぁ、もしかしてあれ?」
「……私は悪い夢でも見ているのか?」
俺が指差した方向に秋月は顔を向け、その光景がやはり信じられないといった感じである。が、そんな俺たちを正気に戻すように道明は口を開いた。
「ほら、やっぱり僕の推察は正しいことが証明された」
その後、無事にハムスターを確保した俺たち。そのハムスターというのも話通りにヤンチャであり、俺たちに威嚇のような行動すら取っている。なんなら捕まえるときに俺は右手を引っ掻かれもした。
「シャー!!」
そして今もなおハムスターは怒りを露わにし、一旦は虫かごに入れたのだが出したら襲ってきそうな勢いである。
「こんな凶暴なハムスターもいるんだな……」
「うむ……しかし、なんだか見覚えがあるような……」
秋月は目を細めてハムスターに視線を送る。ハムスターは秋月を睨み、怯えることなく凄んでいる。本来もっと可愛い動物のような気がするが、そういう品種だったりするのかもしれない。
それに秋月の言う通り、どことなく見覚えがある出立ちだ。だが、ハムスター自体こうやって直接見るのなんてほとんどないことで、恐らく気のせいだろう。
「さて、あとはこのハムスターを飼い主に戻すだけだ。どうせなら一緒に来るかい?」
「いやでも、俺たちが付いて行ってもな……」
「問題ないさ、それに二人は面識があるはずだし」
「……面識?」
俺と秋月は同時に呟き、顔を見合わせる。そしてそう言われてしまったからにはその面識ある人物が誰なのか気になり、付いていくことにしたのだった。
「おお!本当に見つけてくれたんだな!」
「なぁ秋月、俺なんだかすっごい納得したわ今」
「奇遇だな、私もだ」
その後、ハムスターの飼い主の家を訪れた俺たち。道明がインターホンを鳴らし、出てきたのは西園寺姫子であった。
そしてその姿を見た瞬間、ハムスターの凶暴性やどことなくあった既視感の正体も掴めた俺たちである。この飼い主にしてこのハムスターあり……というわけだな。
「おう成瀬に秋月、お前らも手伝ってくれたんだな。サンキュー」
「手伝ったってほどでもないけどな。ほとんど道明のおかげだよ」
西園寺は学校のジャージ姿といういかにも休日らしい格好をしている。クラスの中でも一二を争うヤンキーの西園寺であるが、こうして話してみると案外良い奴なんだよな。
「こいつにはアタシも手を焼いててさ、絶対にナメられんじゃねぇぞって教えてんだけど、たまにアタシにも喧嘩売ってきやがんだよ」
……だから大型犬を追い回すほどの強さを得てしまったのか。その話を聞くと俺よりも強そうだな、このハムスター。
「んで、折角だし上がってくか?さみいだろ、外」
「僕は遠慮しておく。このあとにまだ用事もあるしね」
「そうか、そっちの二人は?」
「俺は別にどっちでも……」
言いながら秋月を見る。秋月はどうやら悩んでいる様子だ。恐らく面倒くささとハムスターをもっと見たいという葛藤が戦っているのだろう。あれだけ凶暴なハムスターであっても、ここまで大事そうにハムスター入りの虫かごを抱えていた姿を俺は見逃していない。
「……なら、少しだけ」
……おお、秋月の面倒臭がりな性格を上回ったか。これはこれから秋月を動かすときは小動物を利用すればスムーズに事が運ぶかもしれない……!結構偉大な発見だぞ、これ。
「おう、じゃあ上がってけ。道明、サンキューな」
「構わないさ。それよりも報酬はしっかりともらうよ」
「ああ、任せとけ!」
「報酬って?」
俺が気になり尋ねると、その問いに答えたのは道明だった。
「学校でのボディガード。前に話したと思うけど、いろいろと恨まれやすい仕事をしているからね。だから強力なボディガードを先に雇っておいたのさ」
なるほど、確かに西園寺なら打ってつけだ。道明に仕事を依頼するポストには暴言が書かれた紙が多く入っていると前に話していたし、それだけならまだしも直接的な被害が出る前に予防しておいたのだろう。
「二年生になってからは面倒事も増えそうな予感がするし、それの対策という意味もある。成瀬と秋月も気を付けておいた方が良いよ」
「二年になってから?なんでまた」
「厄介なのが入学する。東雲結月という一年生が」
名前は……聞いたことがある。確か朱里がそんな話をしていたな。超優秀で中学校の学園祭をまとめ上げたとかなんとか。
「……なるほど」
そこで神妙な面持ちになるのは秋月だ。
そうか、東雲はこの辺りでいうと秋月や紅藤と並ぶと御三家の一つ。秋月であれば面識はあるのか。
「厄介なのか?その東雲ってやつは」
「何度か話したことはあるが……そうだな、話している気分にならない奴だ」
「……どういうこと?」
「そのうち分かる。嫌でもな」
秋月がしっかりと警戒を見せている辺り、その通り厄介な奴なのだろう。まだ考えるのは先になりそうだが……問題が全て片付いたわけでもないのに頭が痛くなってしまう。
「はっ!どんな奴だろうとアタシに任せとけよお前ら」
と、拳を握りしめて言うのは西園寺だ。どうやら本人は問題を起こしやすい自分に気付いていないようである。それを教えてあげても良いが、そこは本人の成長を見守るとしよう。決してビビっているわけではない。
ともあれ、そんな情報を渡してくれた道明は去っていき、残された俺たちは西園寺の家へと足を踏み入れるのだった。
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