第7話『秋月純連その1』

「いやぁ良かった。マジで秋月と友達で良かったよ俺」


「こういうときだけ達者だな。しかし喜んでくれたようで良かった」


 12月の頭、俺は秋月と並んで歩いていた。というのも秋月からお誘いがあり、その内容にとても興味があった俺は乗ったというわけだ。


 その内容というのも秋月の神社関連のこと。神事や神祭にはわりと興味があるし、そういった歴史の感じられる建造物も結構好きな俺は二つ返事で快諾したのだ。


「でも覚えていてくれてたんだな。俺がああいうの好きって話」


「ああ、正気を疑う発言だったからな」


 お前本当に呪われそうだな。秋月にとってはあくまでも面倒なことの一部……というわけだ。やるからには真面目にやっている様子だが、本来なら断りたいのだろう。


 そんな秋月が今回した仕事は『水納すいのう』と呼ばれるものだ。隣町にある石泣神社から神水というのを預かり、それを年が越す1ヶ月の間秋月神社の本殿へと保管する。この神水というのも石泣神社の祀っている神様の涙と呼ばれるもので、その水を神中にある秋月神社へ移すことによって年を越すまでの間に邪な物を取り払うらしい。もちろん水自体は厳重に木箱に入っており、直接見ることはできないらしいが。


 それでもなんというか……不思議な話だ。石泣神社といい、神中といい、名前にはしっかりと意味があり役割がある。そういう背景も含めて、どこか空気を感じて好きなのだ。


「さて、あとはこれを本殿へと置いてくるだけだ。成瀬、悪いんだが……」


「ああ、俺は待ってるよ。悔しいけどな」


 そんなこんなで秋月神社へと着いた俺たち。神社の鳥居の下で秋月は若干申し訳なさそうに俺に言う。さすがに無関係である俺を本殿まで入れるわけにはいかないということだ。本殿というのはその神社の神を祀っている場所であり、紛れもない神域。そこまで無神経なことはさすがの俺でも言いはしない。


「成瀬、高校を卒業したら私と結婚しないか?」


「……へい?」


 何を思ったのか、いやいやこれは明らかな聞き間違いだろう。あまりの出来事に妙な返事をしてしまったよマジで焦った。


「私と結婚しないか?」


 しかし秋月はもう一度同じことを口にする。いやいや……いきなりどうした? もしかしてその手に持ってる神水から悪霊でも憑依しちゃった?


「お前熱でもあるのか?」


「いや、二人にとって得だと思ったんだよ。お前が婿入りすれば神社の仕事をある程度押し付けられるだろう? で、お前はお前で好きな神社や神祭を堪能できる。まぁ成瀬と結婚は正直嫌だが……この際それは我慢しよう。どうだ?」


「今日のお前めちゃくちゃムカつくな……」


 どうだ? じゃないからね。というか面と向かって正直嫌とか言うなよ。俺別に鋼鉄のハートを持っているわけじゃないからな。どちらかというとメンタルは弱いほうだからね? 何よりそれが嘘ではないというのがグサッと俺のハートに突き刺さる。


「一石二鳥ってやつだ。いい案だと思うのだが」


「いいから早く行けよ。こんな話秋月の両親が聞いたら泣くぞ」


 特にあの母親は恐ろしい。もしも万が一そんな理由で結婚しました! てへ。なんて言ったら○○れかねない。


「ま、考えておいてくれ。政略結婚ってやつだな」


 そんな馬鹿なことを言い残し、秋月は本殿へと向かっていく。秋月純連というやつは純粋で真っ直ぐな奴だ。曲がったことは嫌いでまさに清廉潔白という言葉がピッタリ当てはまる奴。


 が、その実態は極度の面倒臭がりである。今さっきしていたように自分が楽をするために結婚の話を持ち出す辺り……いや、あれこそ俺だって冗談だと思いたいが。それほどまでに秋月は面倒臭がりなのだ。


 たとえばリンゴ1個を買いに行くとして、距離は近いが少し高いスーパーで買うか、距離は遠いが安い八百屋で買うか……という話があった場合、秋月はそもそもそのリンゴを買いに行かない方法を考えるのだ。それが秋月純連という奴である。


「しかしびっくりした……」


「ああこれは驚いた、ビッグニュースだね。成瀬修一と秋月純連の恋愛事情!」


「うわっ! びっくりした……なんだお前か」


 後ろからの声に驚き、振り返る。するとそこに立っていたのは道明美鈴だった。あいも変わらず小学生みたいな身長と日本人形のような髪型で偉そうに腕を組んで立っている。驚いている人を更に驚かせた奴の態度とは思えない。


「やあ。浮気現場発見かと思って後をつけてみて正解だったよ……まさかプロポーズ現場を見れるなんて」


「勝手に後をつけるなよ……それに浮気現場って、俺は別に誰とも付き合ってない」


「そうだったのかい? まぁいいさ、これは僕の頭に情報として入れておくから」


 明らかに脳のメモリーの無駄遣いとしか思えんが。それにそもそも間違っている情報だし……。


 そんなことを思ったものの、俺は勘違いしている道明に対して訂正するのも面倒になり開きかけた口を閉じる。


「……お前は何しにここに来たんだ? 俺たちをつけてただけってわけでもないだろ」


「まぁね。実は仕事でこの辺りの散策をしていたのだけど……暇なら付き合ってくれないか? そんな難しい依頼ではないからさ」


 道明は尚も偉そうにも腕を組み、俺のほうに視線を移す。普通であれば道明から「二人で何をしていた?」と聞いてきそうなものだが、こいつの場合は既にそれは分かっているのだろう。こう見えても道明は非常に優秀な探偵なのだ。些細なことから真実を見つける……それに関して言えば道明は天才である。


「秋月次第だな。俺一人なら暇だし道明の仕事を見るのも嫌じゃないから良いけど」


 正直あまり乗り気ではない。が、面と向かって断るのも気が引けて俺は言う。どのみち道明の頼みは叶うことがないからな。


「なら、秋月が帰ってくるでひとまず待とう。実は猫の手借りたいところだったんだよ」


「猫の手を……?」


 それほど忙しいのなら、ここで待つ時間こそ無駄なものになってしまいそうだなと俺は思う。その理由は言わずもがな、俺たちがこうして待っている相手が秋月だからという他ない。秋月が素直に首を縦に振って、この面倒なことに首を突っ込むとは到底思えないからだ。


「まぁいいけど、無駄な時間になっても知らないからな」


「構わないさ。成瀬、物事というのは「こうなって欲しい」と思うほどに、決まってそうはならないものなんだよ」


 意味ありげに、薄らと笑って道明は言う。そして嫌な予感がする俺。


「一体どういう……」


「待たせたな……と、道明か。珍しいな」


 真意を聞こうと口を開いたところで秋月が戻ってきた。先程まではいなかった小さな影を見て、秋月はそう口を開く。


「突然すまないね。実は成瀬に僕の仕事の手伝いを頼んでいたんだよ。それでもし秋月が良ければということだったから、ここで待っていたというわけさ」


 道明は足早に状況の説明をする。どうやら忙しいというのはその通りらしく、手早く協力を取り付けようとしているようだ。


 しかし残念なことに秋月はというと。


「悪いな道明。私はこれから神社の用事が……」


 もちろん嘘である。秋月の面倒臭がりセンサーは敏感にそれがどれほど面倒なことになるのかを瞬時にキャッチし、判断を下したのだ。こういうときの秋月の行動の速さ、回転の良さは目を見張るところがある。


「……スター」


「ん?」


 が、それを遮るように道明は口を開く。うまく聞き取れず、秋月は聞き返す。


「僕の仕事が、ハムスターの捜索だといったら?」


「成瀬、道明に手を貸すぞ」


 目を輝かせ、秋月が即座にそう返す。おい、その情報俺は知らないぞ。どうやら秋月は無類の……小動物好き……!


「だから言っただろう? 猫の手借りたい、とね」


 若干のドヤ顔で俺を見る道明。別にそんな言葉遊びを望んでいたわけではないと思いつつ、秋月がその気になってしまった以上避けられないことだと諦めるのであった。

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