友人の話

第1話『長峰愛莉その1』

 11月も半ば、寒さは次第に増していき、この神中では時折雪も見られるようになってきた。 道を歩く学生たちも制服の上に上着を着込み、マフラーを巻き、白い息を吐きながら通学路を歩いている。 これから先、12月や1月になってくれば雪が積もっているのが当たり前という話だから空恐ろしい。 なんてことを考えながら、俺は一人で歩いていた。


「ん」


「あ」


 そんなとき、曲がり角を曲がってきた奴と目が合う。 向こうは俺に気付いたような声を出し、俺はヤベえと思いながら声を漏らす。 だが、そうなってしまった時点で無視して歩くというのはできそうにない。


「珍しいな、一人かよ」


「おお……なんかそう言われると感動することに気付いた」


 俺に声をかけてきたのは、知る人ぞ知るヤンキー女、西園寺夢子だった。 恐らく俺の横に冬木がいないことから、そう言ってきたのだろう。


 西園寺とは文化祭の一件で多少良好な関係を築けているとも言える。 最もそれが良かったかと言われると微妙なところだ。 道明がたまに情報というのを流してくれるのだが、曰く俺や冬木の派閥が大きくなっていることから冬木組などどいう名前で呼ばれているらしい。 そこにはもちろん秋月や長峰、西園寺や朝霧という面子が入っており、正直生きた心地のしない面々である。


 さて、善良なる一般市民である俺が西園寺に絡まれるようになった原因はなんでしょうか。 正解者には西園寺と仲良くなれる権利をプレゼント。


「んだよそりゃ。 冬木は寝坊でもしてんのか?」


「いや別に四六時中一緒ってわけじゃないし……そっちも朝霧がいないみたいだけど」


「あ? 琴音は家が反対だよ。 それともアタシが一人じゃ何もできねえって言いたいのか? てめぇ」


「言ってないし思ってないって……ただ西園寺が一人で歩いてるの珍しいなって」


「じょーだんじょーだん、何ビビってんだよ。 おどおどすんなって」


 言いながら西園寺は俺の肩に腕を回してくる。 軽く香水の匂いがし、本来であれば女子とこれだけお近づきになれるのは思春期男子として喜ぶべき場面なのだろうが、相手が西園寺だと本能的に恐怖を感じてしまう。 このまま絞め落とされるのではないだろうか、首の骨を折られるのではないだろうかという恐怖だ。


「しっかし、冬木の奴あんだけ演技ができるなんてな。 普段は化石みたいなのに」


「地蔵って言いたいのか。 本人曰く演じているときは自分じゃないから、だとよ。 俺も正直驚いたけど」


「それそれ。 まぁなんか困ったことあったら言えよ、アタシは貸しは絶対に返すからよ」


 貸し、というのは学園祭での出来事だ。 そしてそれこそが西園寺に俺がよく絡まれるようになった原因、というやつである。 学園祭の最中、朝霧に「姫子が話があるらしい」と言われていた俺だが、物の見事にその後西園寺に捕まり、話をされることになったのだ。 ぶっちゃけ終わったと思った俺であったが、西園寺の話というのは「冬木に何かしらの償いをしたい」ということだった。


 冬木も今では全く気にしていないし、恐らく気にしているのは西園寺くらいのものだろうが……そうは言っても聞き入れられないのが義理堅い西園寺なのだろう。 俺は当然の如く「冬木に聞いてみたらどうだ」と言ったのだが、西園寺はこう返してきた。


「冬木に聞いたら成瀬に手を貸してやってくれと言われた」


 それを聞いたとき、俺は冬木に押し付けられたというのを実感したのだ。 もちろん西園寺は嫌な奴ではないし少々荒いが気前の良い奴でもあるのだが……俺と冬木にとってはどうしても苦手なタイプ、というものになってしまう。 それをよりにもよって! あいつも俺のことは分かっているはずなのに!!


 ……とまぁ、そういうわけで西園寺にやけに絡まれるようになった俺だ。 早いところ『貸し』とやらを消化させてどうにかしなければならない。


「お、成瀬ハーレムの一員じゃん」


「それすごく嫌な響きするからやめてくんない!?」


 西園寺が指差す先には、長峰の姿がある。 前のこともあるし少し様子というのも気になっているのだが、中々話を聞けずにいる。 その長峰を取り巻く問題……それについてはこれからの課題というやつである。

 

「おーい、長峰ー!」


 と、横で大きな声を出し長峰を呼ぶ西園寺。 俺が長峰の立場だったら絶対無視してるな……恥ずかしいから。


「……」


 だが、長峰は一切こちらを向くことなく校門をくぐっていく。 ちら見くらいはしても良いと思うのだが……まさか気付いていない? ってことはないよな、さすがに。 西園寺の声はそこら辺を歩いている学生がこっちを見るくらいには大きかったのだから。


「お前、あいつと喧嘩でもしたのか?」


「いやいやいやいや、なんで俺が原因みたいになってるの? それ絶対おかしいからな」


 少なくとも、今のが無視だとしたら原因は百パーセント西園寺にあると思う俺であった。




 時間が過ぎ、昼休み。 最近では昼食をクラス委員室で取ることが多い。 メンバーは俺、冬木、長峰、秋月の四人で固定だ。 しかし最近長峰は顔を出しておらず、俺と冬木と秋月の三人での食事となっている。


「長峰は今日も来ないか」


 秋月がそう漏らし、弁当を一口運ぶ。 元々強制している集まりではない、来るのも来ないのも自由にしているが、前まで毎日来ていたあいつがこないというのは、確かに違和感を覚えてしまう。


「成瀬、長峰と喧嘩でもしたか?」


「なんでお前まで俺が原因みたいな扱いするの……。 冬木、なんか気付いたこととかないか?」


「いえ、特には。 最近、長峰さんと話すことも減っているので……何かあったんでしょうか。 考えられるとしたら、やはりあれですか」


 冬木の返答的に、思考から何か聞いたというわけでもなさそうだ。 そもそも接触する機会が減っているのだから、かなりタイミングが良くなければ長峰が何か悩んでいても聞けるわけがない。 俺も俺で長峰と会話を何回かしているが、有力な情報というのはない。 そうとなれば冬木の言う通り「あれ」が原因だろうか。 長峰に対する悪質なイタズラは水原姉と協力して調べることにはなっているが……これが中々に難航してしまっている。


「元気がなさそうというのはあるな。 ふむ……」


 秋月が言い、腕を組む。 考えた結果、長峰には根性が足りないと言い出して竹刀を取り出しても不思議じゃないな。 クラス委員室には秋月捕獲用に麻酔銃でも常備して欲しいところだ。


「よし、今度の週末に私の家で月見をするか。 最近忙しくて遊べていなかったこともあるし、月見の時期ではないが空は綺麗だ」


「そういえば寒いと空って綺麗に見えるな。 なんで?」


 俺は言われ、そのまま冬木へとパスを出す。 困ったときには知識が豊富な冬木に尋ねるのが一番良い。 もちろん、科学的な話に限るが。 月が綺麗に見えている人の気持ちを答えなさいなどの問題だった場合冬木はポンコツになる。


「冬は乾燥するので、湿度が低いと空気が澄んで見えるんです。 詳しく話すと長くなってしまいますが……簡単な話、お風呂の中と部屋の中だとどちらが見通しがよいですか? というのと同じですね」


 博識な冬木さんである。 冬木がいればわざわざ必要な調べ物もしなくて済みそうだ。


「分かりやすい解説サンキュー。 でもそれなら切っ掛けとしては良いかもな」


 提案としては悪くない気がした。 寒いには寒いが、まだ本格的というわけでもない。 ならば秋月もまた忙しくなる年末よりも早めに、一度集まってそういうのも悪くはないかもしれない。


「私も賛成です。 全員集まってというのも、中々取れる機会がなさそうですし」


 俺と冬木に関しては常に暇人みたいなものだからよしとして、秋月は多忙だし長峰も用事があることが多い。 時期としては今が丁度良いのだ。


「決まりだな。 道明や西園寺たちはどうする?」


「西園寺の方は分からないけど、道明は絶対来ないだろうな」


 道明美鈴、天敵は冬。 寒いのが大の苦手らしく、冬休みは家から一歩も出ないことを心に誓っているらしい。 初詣にも絶対行かないと決意表明のメッセージがこの前俺と秋月と冬木宛に送られてきた。 恐らく誘われるということを予想し、予め釘を差しておいたのだろう。 あいつらしい頭の回転の良さだ。


「では、西園寺さんと朝霧さんには私から声をかけてみます。 成瀬君は長峰さんをお願いしてもいいですか?」


「ん、あぁ良いけど」


 てっきり逆かと思っていた。 冬木の心を聞く力、それで長峰のことが何かしら聞く可能性を考えれば冬木が長峰を誘うほうが良さそうだが。


「私は誰に声をかければいい?」


「秋月さんは月見の準備もあるので、お休みで大丈夫ですよ」


 冬木がそう返すと、秋月は冬木に見えないところでガッツポーズをする。 俺には見えてますよ秋月さん、そして冬木はきっと分かった上でこの割り振りをしていますよ。 秋月の取り扱い方というのを心得ているな、冬木の奴は。


 とまぁ、こんな形で秋月家でお月見をしようとの話が決まったのだった。

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