第27話『心の奥に、しまい込み』

 ついに学園祭の日がやってきた。 あくまでも準備、裏方仕事の俺はここまで来れば仕事の9割は終わったようなもので、ようやく気楽な身になれたというわけだ。 あとはこれからが本番の奴らに全てを託して見守る、それと終わったあとの片付けが残された1割くらいかな。


「よっす、いよいよだな」


「おー進藤。 そうだな、楽しみだ」


 朝、机がほぼ片付けられ椅子が並ぶ教室の後ろで一人することもなく座っていたところ、進藤に話しかけられた。 こいつは最初こそ俺のことを何故か怖がっていたものの、今ではこうして気さくに話しかけてくれるくらいにはなってくれた。 友達まではいかないが、ごく普通のクラスメイトくらいの関わりにはなったはず。 冬木がクラス委員としての仕事も真っ当にこなそうとしている以上、同じクラス委員の俺もある程度はクラスの奴らと仲良くしなければ邪魔にもなってしまう。


「俺も楽しみだ。 けっこーいろいろあってどうなるかと思ったけど……ようやく安心できたって感じだよ」


「安心するのはまだ早いだろ。 冬木がセリフ頭から吹っ飛ぶかもしれないし、秋月が観客を脅すかもしれないし、西園寺がぶちキレるかもしれない」


「はは……」


 俺が言うと、進藤は引きつった笑いをする。 これ以上心労が重なったらこいつハゲるかもしれないな……不安材料を上げていくのはやめておこう。


「まぁけどさ、それでも俺はこのクラス結構気に入ってるよ。 まとまりはねーけど、なんもないよりは全然いいと思う。 大人になってから笑い話にもなりそうだしな」


 爽やかに笑って進藤は言う。 どこまでいいやつなんだこいつは……将来かなりの大物になりそう予感がする。 少なくともあれやこれやと問題が一度に浮き彫りになってきたら、俺だったらなんだこのクラスはって思っていそうだ。 負を負ではなくあくまでもプラス的な物と捉える、それも一種の才能かもしれない。 簡単にできることではないだろう。


「っと、もう10時か。 ちょっと様子見てくるよ」


「最初は11時だったっけ。 俺は暇だし校内適当に散策でもしとくかな」


 進藤は一応クラスのまとめ役であったりもする。 更に責任感も併せ持っているので俺みたいに始まるまで暇だな、なんてことは考えていないのだろう。 つくづく俺がクラス委員になった理由が謎だな……思い返せば冬木に近づくためにの行動だったが。 歩き去っていく進藤の背中を見ながら思う。


 俺がまともな付き合いをしているのは冬木、長峰、秋月の三人くらいだ。 あと一応ギリギリ道明もだが……長峰は今日も欠席で、冬木と秋月は演劇の準備で朝から忙しそうにしている。 そして道明はそもそも学園祭自体に来ていない。 聞けばどうやら中学時代から体育祭と学園祭は休日と決めているらしい。 そうなると俺は誰とも過ごせない可哀想な学園祭に挑むわけで。


 ……かろうじで関わりがあるのは水原姉妹だが、姉のほうは俺を嫌っているし、妹のほうは小人役ということでこれまた今は忙しい。 まぁ別にだからといってどってことはないし慣れたものだ。


 しかしいつまでも教室でこうして居座っていても邪魔になりそうだ。 そんな考えもあり教室から出ていく。 別に邪魔になったところで些細なことだろうし、あそこでひたすらボーッとしていてもいいのだが暇人だと思われて仕事を押し付けられたら堪ったものではない。 俺は俺の仕事をこなしたんだからこれでよし、あとは学園祭を楽しもうといこうではないか。 いや、楽しめるのかどうかはさておき。


「ん」


「あ」


 と、教室から出て少し歩いたところで見知った顔を見つけた。 いつも西園寺とつるんでいる奴、朝霧琴音だ。 一昨日の一悶着では真っ先に声をあげ、三宅たちに立ち向かっていった奴。 恐ろしいほど喧嘩慣れしていそうだから、とりあえず敬語を使ったほうがいいかもしれない。


「こ、こんにちは」


「なに、その余所余所しい態度は。 この前は悪かったね、あんな揉め事にしちゃって。 結局空がやることにはまとまったからアレだけどさ」


「いえいえ、そんなとんでもない。 行動力があってとても素敵だと思いますよ」


「あはは、空みたいな喋り方。 もしかして空の真似? 本人見たら怒るよ、それ」


 ……いや、違うけど。 しかしこいつ、普通に笑うんだな。 冬木とはいつの間にか随分仲良くなっているみたいだし、冬木は案外友達を作る才能があるのかもしれない。 果たしてそれが才能なのか人望なのかはともかくとして。


「まぁ、そんな感じ……かな」


「似てないからやめたほうがいいよ」


 恐る恐るタメ口を利いてみたものの、特に怒られることはないようだ。 それよりも真顔でそんな指摘はしないで欲しい、俺だって似せようと思えば似てるんだからな。 なんだか本来の実力を出していないのに不当な評価を得ている気分。


「それはどうも……。 で、朝霧はなにしてるんだ?」


「教室にいて仕事押し付けられても面倒だし、散歩。 姫も空も忙しいだろうし一人だけどね」


「おお、仲間だな。 それじゃあ俺はこれで」


「待ちなって」


 なんだか少し嫌な予感がし、俺はそそくさとその場から立ち去ろうとする。 が、その肩を朝霧に掴まれた。 振りほどいて逃げることもできるが、それをやったら後々殺されると思うので観念し立ち止まる。


「どうせ一人でしょ? なんなら少し付き合ってよ」


 ……俺とこいつはあまり接点がないはずだが、一体何を企んでいるのだろうか。 しかし断る理由もなく、俺はその提案に対し承諾するしかなかったのだった。




「姫がさ、空に申し訳ないって」


 それから少し歩き、ただ俺は朝霧に付いていったところ、校舎脇にあるベンチへと連れて行かれた。 朝霧はそこへ座ると、パーカーのフードをかぶってそう呟く。


「西園寺から土下座されたって冬木が言ってたよ。 冬木はすぐ止めたらしいけど」


「姫らしい。 私も相談されて大変だったよ、暗い顔してどうしようって。 ああ見えてナイーブなところもあるんだよね」


「普段からは想像できないな、それ……」


 朝霧はベンチに座り、俺はその正面に立って話を聞いている。 西園寺は結構律儀な奴だからな、果たして冬木が一言「いいですよ」と言ってもそれで納得するかどうか。


「空のとこに顔出さなくていいの?」


「忙しいだろうし大丈夫だろ、いざというときはやる奴だしな」


「へえ。 それより学校楽しい? 成瀬は」


「話がどんどん変わってくな。 なにこれ、誘導尋問?」


「聞きたいことが聞けてるから変わってるだけ。 で、どう?」


 朝霧に関しては長峰以上に読み取りづらい。 長峰はまだ表情に変化があるから分かりやすいが、朝霧はほぼ変化がない。 それを言えば冬木だってそうなのだが……声色すら朝霧は特に変わったりもしないから分かりづらいのだ。


「学校か。 まぁそれなりには」


「私はつまんないって思ってた。 同じことの繰り返し、変わるのは授業の内容くらいだけで、毎日毎日同じ景色を見てるだけ。 つまんなそうでしょ?」


「だな。 けど、思ってたってことは今は違うのか?」


「さぁ、わかんない」


 朝霧はそう言ったものの、どこか楽しそうに話している。 先程までの無感情とは違う、何か興味のあることがそこにはあるような……そんな言い方だ。 朝霧の姿は校舎の影に包まれているものの、そこには暗さというものは感じない。


「あと二年と少しもあるんだし、段々分かってくるんじゃないかな」


「なら気長に待つとしようかな。 一年で友達が一人増えたってことは、あと二年でもう二人は増えるはずだし」


 その結論はどうかと思うが。 ひょっとしたら人生の内残されていたチャンスが1回だけで、そのチャンスが訪れたばかりかもしれないのに。 ……これ言ったら間違いなく殺されるな、やめておこう。


「……ま、冬木に友達が増えるってのは良いことだな」


「いつまでも保護者目線で語ってる場合じゃないと思うけど」


「別にそういうわけじゃない。 それよりありがとうな、この前の三宅の件でお礼言ってなかったから」


「私より姫でしょ。 ああ、そういえば今度姫に絡まれると思うから仲良くしてあげてね」


「……え、俺が? なんで? なんかした?」


 言われ、俺は慌てて西園寺の気に障ることがあったかどうか思い返す。 必死に思い返すも、思い当たる節がない。 知らぬところで何かをしでかしたのか、俺は。


「それは絡まれてからのお楽しみってことで。 そろそろ始まるんじゃない? 演劇」


 朝霧は立ち上がり、飲んでいたミルクティーの缶を放り投げる。 綺麗にそれはゴミ箱へと吸い込まれていき、冬木が見ていたら小言を言われそうな光景であったが、幸いなことに冬木はこの場にはいない。


 しかし絡まれてからの楽しみって……なんだか今すぐ帰りたい気分になってきた。 が、俺には残念ながら帰ってはならない理由というものがある。 クラス委員として、冬木を長峰の代役として推薦した身として、その結果はしっかりと見ていかなければならないのだ。




 教室に戻ると、既に室内は暗くなっており開演間近という空気が流れていた。 そこまで広い場所ではない教室で演劇に使うのはその半分ほど。 ともなると演劇を見れる人数というのもそれほど多くはないのだが……。


「ガラガラだね」


「まぁそんなもんだろ」


 対象としているのがそもそも高校生だ。 となれば演劇よりも興味が惹かれるものなんていくらでもあるわけで。


 正直少し寂しい光景ではあったものの、見知らぬ顔も数人ほどはいる。 観客が少ないから中止なんて馬鹿げたことができるわけもないし、むしろ最初がこれなら変に緊張せずできるのではないだろうか。 いきなり大勢の前で演劇をするなんて冬木でなくても難しいのは間違いない。


 午前に行われるのはこの1回。 あとは昼と午後に1回というスケジュール。 一日に3回という中でうまくできるかどうか。


「お集まり頂きありがとうございます。 5分後に演劇を始めますのでもう少々お待ちくださいー」


 教室内に声が響き渡る。 進藤だ、あいつも中々最後まで働き者でいるらしい。


「5分か」


「何か話でもする? あんまり話すの好きには見えないけど」


 呟くように言うと、横に居た朝霧が皮肉混じりに返す。 丁度一番後ろで壁に背中を預けながら、前に座る数人の人影も雑談をしている様子だった。


「お前もそうは見えないけど。 なら、どうして長峰のことが嫌いかなのか、とか」


「5分でできる話じゃないね。 ま、端的に言うなら同族嫌悪」


 同族嫌悪。 とても朝霧と長峰が似たようなタイプには見えないが……どちらかと言えば長峰より朝霧のほうが心は綺麗な気がするし。


「お前の方が性格良さそうだけど」


「口説いてる? なんでもかんでも話す仲じゃないし、今言えるのはそれだけ。 一応言っておくと、だから何かするってわけでもないしね。 一応前提として言っておくと、私にとっての成瀬は友人の友人ってだけだから」


 確かに俺と朝霧はそれほど仲が良いわけではない。 朝霧は冬木を友達だと思っているようだが、俺はただ冬木と仲が良いからこうして話しているだけだ。 逆に俺のことを何か話せと言われても断っていただろう。


 まぁ元よりなんとなくで聞いたことだし、何かをしようと企んでいるわけではないとのことが聞けたから良いか。 これ以上面倒事が増えたら家から一歩も出たくなくなってしまう。


 学園祭についても様々な問題が出てきていたが、とりあえず残されたのはこの演劇のみ。 クラスのほぼ全員と少しの他クラスの人が見守る中、そろそろ演劇は始まりそうだ。 もちろんと言えばあれだが、三宅たちの姿はない。


「私からも質問していい?」


「ん」


 朝霧に呼ばれ、俺は再び顔を向ける。


「成瀬ってさ、どうしてそんな人と関わるのに慎重なの?」


 それは、答えられる質問ではなかった。 朝霧の質問は端的であったが、俺という人間を表すのに十分すぎる質問だった。 数秒の間があり、やがて答えるにしても気まずい時間が空いてしまう。 が、それを救うように教室内の照明は完全に落とされ、前側だけが照らされる。


「始まったね」


 朝霧は答えを得られないと思ったのか、演劇の方へと顔を向ける。 もしもその質問に答えるとしたら……なんて返すのが正解だっただろうか。 俺自身、慎重に接しているつもりというのはない。 だが、朝霧から見ればそう見えていた。


 ……関わりが薄い朝霧ですらそう思ったのだ。 こいつは少し勘が良さそうだけど、長い付き合いの冬木や秋月、長峰がそう思っていてもおかしくはない。 今までのことを思い返してみても、朝霧の言う通りなのかもしれない。


 あくまでも問題を解決してきたのは冬木なのだ。 秋月に関しても、長峰に関しても、道明の一件も今回の学園祭についても……表立って動き、解決に向け試行錯誤したのは冬木に他ならない。 俺はというとその冬木の手助けをしたに過ぎない。


「もしそうだとして、悪いことか?」


「……さぁ。 けど、外から見るだけって案外つまらないかもね」


 朝霧は言い、演劇に視線を向ける。 その視線の先では西園寺が普段とはまるで違い、自らの役目をこなしている。 言わば観客でしかない、物語の中にいるのではなく外から見ているだけ、今この場で言うならば……俺と朝霧は蚊帳の外というわけ。


「後悔してるのか?」


「ちょっとだけ」


 いざこうして目の当たりにしてみて、感情や気持ちに変化が出たのかも知れない。 言いながら小さく笑った朝霧の横顔は印象的だった。


『誰かいませんか? ……誰もいないみたいね。 それにしてもおかしいわ、この家。スプーンも、お皿も、コップも、小さいものばっかり。 一体誰が住んでいるのかしら……?』


 そうこう話している間にも演劇は進んでいる。 いつの間にか冬木の出番はやってきていて、そして冬木の演技は完璧と言っても良いほどだった。 俺も朝霧もそれまでの会話をやめ、冬木の演技を見守っている。


『ふぁぁ……いけない、疲れて眠くなっちゃった。 少しだけ寝させてもらおうかしら、少しだけ……』


 冬木、というよりも冬木の中は既に白雪姫という役で埋まっているだろう。 白雪姫は言い、横になり、目を瞑る。 そこで照明は落とされ、若干慌ただしく人が動いているのが暗い中で見えた。


「……冬木に任せて正解だったな、あいつあんな演技うまいなんて知らなかった」


「ほんとにね、驚いちゃったー」


 そんな声が聞こえてくる。 たった一度で良い、たった一度でも冬木の演技というのを見れば誰しもが納得せざるを得ないのだ。 凄いのは冬木で間違いないが、なんだか誇らしい気持ちになってくる。


「やっぱり、私も何かの役で参加するべきだったかな」


「なら来年はアクション系の演劇だな」


「今から練習してもいいけど?」


 朝霧は言いながらフードを取る。 いやいや、そんなマジな雰囲気にならないでください。 その歳で人殺しなんて最悪でしょうに。


 ともあれ、このたった一回の演劇でものの見事に噂は広まり、客足が伸びに伸びた結果、緊急対策として本来三回だった演劇を六回に増やすことになったのだった。




「お疲れだな」


「……本当に疲れました。 まさか倍の数をやることになるとは」


 夕方、すっかり日は沈んだ中俺は冬木と帰路についていた。 この二人で帰る帰り道というのも見慣れたもので、今ではお馴染みにもなりつつある。 冬を予感させるかのような風が体を刺し、冬木は目を細めていた。


「うまくできていましたか? 私」


 言いながら冬木は俺を見る。 その頬は寒さのせいで少し赤く染められていた。 冬木の場合、肌の色素というのが薄いからとても分かりやすい。


「ん、まぁ結果を見れば一目瞭然だろ。 最初の一回目と比べれば……」


「ではなく。 ではなくですね、成瀬君から見てどうでしたか、ということを聞いているんです」


 横で若干苛立っているような声がし、俺は冬木の顔を見る。 若干怒っている……のだろうか。 どこかムスッとした表情にも見える。 冬木が自分の評価を尋ねてくるということは珍しい。


「え、あー……良かったと思うけど」


「参考までにどの辺りが良かったと?」


 ……やけに食らいついてくるな。 完全に素人感想になってしまうが、ここは素直に答えておいたほうが懸命だ。 適当な受け答えをしたら冬木を完全に怒らせる可能性が高い。 こう見えて冬木は怒っているときは結構分かりやすいのだ。


「そりゃもう秋月とキスするところ」


「……」


 俺が言うと、冬木はじっとりとした目を向ける。 いや、思考では真面目に答えようと思っていたんだよ。 けどこう、美少女二人がキスをしているとか男としてはなんかこうグッと来るというか。 ……この思考読まれてないよな?


「今俺の思考読んだか?」


「え? いえ、読んでいませんが」


 なら良かった。 危うく俺の下衆な思考が読まれたのかと思った。 これは心の奥底にしまっておくとしよう。


「というのは冗談として、演技は全体的に良かったと思うよ。 なんていうか、白雪姫の魂が入ってたみたいな……」


「そう、でしょうか。 実を言いますと、演劇のときの記憶があまりなくて」


 それほどまでに役というものに入り込んでいたということだ。 やはり冬木にはそういう才能があるのかもしれない。 前に秋月の真似をしていたときも完全に秋月純連という人物が入り込んでいたし。


「そんな気にするほどのことでもないと思うぞ。 冬木が良かったからあれだけ人が集まったんだろうし」


「私だけではありません。 秋月さんも、西園寺さんも、他の皆さんも、全員が良かったからこそ今日の演劇になったと思うんです。 それは絶対に、間違いありません」


 ああ、それは俺の失言だった。 確かに冬木の言う通り、今日の演劇は冬木だけの成果ではない。 全員の息が合い、全員の想いが一つになったからこそあれだけの完成度を誇れたのだ。 でも、それでも俺は言いたいんだ。 冬木が一番良かったと。 これもまた、心の奥底にしまっておくべき言葉だな。


 ふと、長峰の顔が浮かんできた。 あいつは今日の演劇のことを知ったらなんて言うだろうか? 弱気に自分ではなく冬木で良かったと言うだろうか?


 いいや、絶対にそれはないな。 あいつのことだからきっと「私のほうがよっぽどうまくできたから」とでも言うだろう。 実に長峰らしい発言だ。


「そうだな、それに明日はもっとうまくできるだろうし、客ももっと来るだろうから頑張らないとな」


「成瀬君もですよ。 何を他人事みたいに言っているんですか」


 怒られた。 どうやら明日は俺も裏方の仕事を主にやらないとキツく言われてしまいそうだ。


「もちろん俺も頑張るから、白雪姫ももっと頑張れよ」


 俺が言うと、冬木はすでに赤くなっていた顔を更に赤くし、俺の肩に弱い力で拳をぶつけた。 そう、冬木は今日の演劇の成果とでも言うべきか、クラスの連中や他のクラスの連中から『白雪姫』というあだ名を付けられたのだ。 もちろん本人がそれを聞いて受け入れるわけもなく、こうして恥ずかしさや怒りという感情が入り交ざったなんとも面白い反応をしてくれる。


「次に同じことを言ったら朱里さんや長峰さんや秋月さんや西園寺さんや朝霧さんに告げ口します。 そして道明さんに成瀬君の人には言えない弱味を握ってもらいます」


「これ以上ない脅し文句だな……」


 それと同時に、その言葉は今の冬木の状態を表しているようにも聞こえた。 出会ったとき、冬木空という人物はたった一人っきりだったのだ。 それが今ではすぐさま名前を上げられるだけでそれだけの人がいて、そしてその人たちはきっと冬木の友人と呼べるものなのだろう。


 人は少しずつ変わっていく。 それは今顔を赤くしている冬木であったり、秋月であったり、長峰であったり、人は人と関わることで少しずつだが変わっていくのだ。


 俺もそれは同じだろうか? 冬木たちと関わり、言葉を交え、俺という人間は変わっていっているのだろうか?


 今はまだ分からない。 けど、少しずつだけどそうやって変わっていくのも良いのかもしれないと、そう思った。


 人が少しずつ変わっていくように。 少しずつ成長していくように。 季節もまた、少しずつ移り変わっていく。


 ――――――――そして。


 ――――――――そして、人と人との関係もまた変わっていく。


 また一度体を突き刺すような風が吹き、冬木の姿を見ながら俺はそんなことを考えるのだった。

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