第24話『一抹の』

「そうか、まぁ朝霧がそう決めている以上もはや何も言えないだろう。 納得は冬木同様できないがな」


「そりゃそうだ、許可が降りれば今すぐぶっ飛ばしに行きてぇところだよアタシは」


「けどそこまでいったら朝霧さんと歩幅を合わせるしかないだろうね。 変に崩せば逆に反感買うかもだし」


 後日、私は空いた時間を使って同じ班の三人に事の経緯を説明した。 朝霧さんに時間を使う以上、負担をかけてしまう三人に説明する義務はあるだろう。 そして説明した私に対しての三人の意見はそれだった。 西園寺さんの意見は予め分かっていたとして、秋月さんも長峰さんも要するに足並みを揃える、という意見で固まっている。 私が出した結論と一緒のようで少し安心した。


「ひとまず解決……ということで良いんでしょうか。 また問題は起きそうな予感はしますが」


「そのときはそのときで考えればいいんじゃない? なんかあれば私も秋月さんも手伝うし、なんなら西園寺さんも手伝ってくれるでしょ?」


「あ? ……チッ、まー琴音の件で借りができたしな。 火の粉を払うくらいはしてやるよ、一回だけな」


 西園寺さんは機嫌が悪そうに言う。 しかし西園寺さんなりに筋は通すということなのか、朝霧さんの件と言っても私は特に何もしていないのだが……西園寺さんに言ったところで借りは借りだ、と返されてしまいそうだ。 ここはその気持ちを受け取っておこう。 恐ろしいのはそれを分かった上で口約束を取り付けてしまった長峰さんだが。


「宜しくお願いします。 では、今日はどうしましょう」


 学園祭三日前。 明日と明後日は全体通しての練習となり、それで演劇は完成する。 心配の種であった衣装の方も無事に終わり、成瀬君たちの方も問題なく今日に至っている。 何事もなくというわけにはいかなかったけれど、あとは細部を修正しつつ完成させるだけだ。


「成瀬が今日は最終確認で見回ると言っていたな。 付いていってみるか?」


「ここで話していてもあれですし、行きましょうか。 お二人はどうしますか?」


 秋月さんの提案を受け、私は二人に尋ねる。


「他の奴らもしっかりやってるか見たいから付いてくか」


「んー、私は帰ろっかな。 なんか眠いし」


 予想とは二人ともに逆の反応だった。 長峰さんはクラスの中心ということもあって積極的に顔を出すのかと思ったのだけれど。 西園寺さんに関してはよくよく考えれば真面目に学園祭には取り組んでいるから他の班が気になる、というのは事実かもしれない。 ともあれこうして長峰さんを除いた私たち三人は成瀬君たちと合流することになったのだった。




「よろしくな。 正直言って助かる、主役が一緒に見回ってくれるなら安心感もあるしな」


 合流場所を決めた私たちは成瀬君らと合流をする。 もちろん進藤君に水原さんたちもおり、こちらも合わせて7人という人数になった。 場をまとめるように言った進藤君が指揮を取ってくれるのはありがたい、こちらのまとめてくれそうな長峰さんは帰ってしまったし。


「あれ、長峰は?」


 辺りを見回しながら言うのは成瀬君。 どうやら成瀬君も私と同じ考えに至ったようだ。 ここに長峰さんがいないのはおかしい、と。


「眠いと言って今日は帰りましたよ」


「あー、あいついろいろ頑張ってたからな」


 成瀬君の言葉に水原雫さんが頷く。 水原雫さんは長峰さんの友人の一人だ、中学時代も考えると一番一緒にいる時間が長い人になるかもしれない。


「こっちのことも手伝ってもらったしね。 愛莉はなんでもできちゃうからなー」


 それよりも二人はいつの間にか随分と仲良くできているようだ。 成瀬君と水原雫さんは打ち解けているようにも見えた。


「まぁしょうがないな。 冬木と秋月が居れば問題はないだろ」


「アタシを忘れてねえか、遠藤」


「……もちろん西園寺もだ!」


 進藤君はすぐさま答える。 どうやら西園寺さんに逆らえる人物というのはこの学校にはいないのかもしれない。 そして遠藤という名前を受け入れつつある進藤君に若干同情しつつ、私たちは各班の見回りを始めるのだった。




 まず最初に訪れたのは進行班。 時間管理や演劇のスケジュール、進行を担っている班である。 他のクラスの出し物を確認し、客入りが望めなさそうな時間は避けるなど演劇の根幹を担っている一つだ。 この班には成績が優秀な人が多くおり、頭を使う班ということもあり自然とそうなっていた。


「よ。 何か問題ないかの最終見回りだ、まー木之原きのはらに限ってそんなことは起こらないだろうけど」


 そう最初に進藤君が声をかけると、反応をしたのはノートに書き込みをしていた木之原さんだ。 黒い髪は背中ほどまであり、クラスではあまり目立たないものの男子からの人気は高い……と長峰さん情報である。


「えぇ、そうかなぁ。 他のクラスが結構面白そうなことをやってるから、擦り合わせるのに苦労したよー」


 ニコニコと笑顔を浮かべて木之原さんは言う。 おっとりとした喋り方、確かに少し可愛いと思ってしまう。 なんだろう? ……癒やされる感覚?


「それよりも面白い組み合わせだね。 進藤くんに、成瀬くんに、水原さんたちに、冬木さんに、秋月さんに、西園寺さん! 記念写真撮っちゃおうかなー」


「あぁ?」


 しかしそんな木之原さんにすら牙を剥くのが西園寺さんだ。 睨みを利かせ、私だったら咄嗟に謝ってしまいそうな威圧感を木之原さんへと向ける。 その姿はまるで小動物を喰い殺そうとするライオンだ。


「冗談冗談、冗談だよー。 怒らないで」


「ん、ああ……おう」


 ……いや、そんなことはないのかもしれない。 西園寺さんは毒を抜かれたかのように言葉を詰まらせ、頭をワシワシと掻く。 恐るべし、木之原さん。


「他の奴らは? お前らに限ってサボりとかはないよな?」


 前例があるからか、進藤君は少し恐る恐るといった感じで尋ねる。 対する木之原さんはそれこそ晴れやかな笑顔でこう答える。


「予定より進み方が良かったからね、もうあと数十分で終わりそうな感じだったから、今日は解散だよ」


「おお、さっすが成績優秀班。 こっちとしても滅茶苦茶助かる」


 心なしか進藤君は安心しているようだ。 というのも問題が多く起きていたからというのはもちろんで、ここで新たな問題が発生……なんてことになってしまったら目も当てられない。 木之原さんのその返事は当然ありがたいものだ。 私としてもホッとできる報告なのは間違いない。


「うーん、というよりも長峰さんのおかげかな? 他クラスの出し物とか、簡単な概要が書いてあるファイルをくれたし。 神様仏様長峰様だったよー」


「でしょでしょ! 愛莉ってマジで凄いんだから」


 そこで声を上げたのは水原雫さんだ。 友人として誇らしいのかもしれない。 私もまた同じ気持ちだ、長峰さんの評判が良い話を聞くとどこか嬉しい気持ちになる。 自然と笑みも零れそうになった。


 それから私たちは順調に周る。 どこも準備は問題なく進んでおり、そしてどこでも長峰さんの名前を聞いた。




「やっぱり長峰さんは凄いですね。 みんなのお手伝いをして、準備を進めて……どこへ行っても長峰さんに手助けしてもらった、と」


 明日は通しで練習をする。 全体を合わせての通しで一日を使い、最終調整をするのだ。 そのためということもあり、今日は早めに帰路についている。


「……」


「自分のことで精一杯で、他を見る余裕なんて殆どありませんでしたよ。 けれど、なんとかみんな間に合ったようで良かったです」


 成瀬君は横を歩く。 先程から静かにしており、無駄話が好きな成瀬君にしては珍しいと思いつつ、私は口を開く。


「見習った方がいい部分かもしれません。 そこまで気配りができるということは」


「冬木、本気でそう思うか?」


 突然、成瀬君が口を開く。 一体どういう意味かと私は思い、尋ね返す。


「……と言いますと?」


「なんか引っかかってたけど、自分のことで精一杯って聞いてそう思ったんだよ。 俺も自分のことで精一杯だった、きっと……みんなそうだったんじゃないか?」


「ええ、そうだったと思います。 だから」


 だから、長峰さんの協力に感謝していた。 クラスのほぼ全員、多くの班が彼女に感謝していた。 誰も彼もが自分のことで精一杯だったからだ。 しかし、そうだ、そうなのだ。


 だとしたら長峰さんは、果たしてそうでなかったと言えるのだろうか? 彼女だけ自分のことで精一杯ではなかったと言えるのだろうか? 思い返せば返すほど、やはり今日の見回りで長峰さんが付いてこなかったことに違和感を覚えてしまう。


「……なんて単純なことに」


 当たり前すぎることだ。 近くで見ていたというのに気付かず、今日早く帰ったのもそのせいだろう。 そしてそのサインに誰も気付かなかった、誰も不思議に思わなかった。 私は思わず拳を強く握りしめる。


「自分を責めるな冬木。 長峰が培ってきたものがそうさせてたんだ、長峰ならできるだろうとか、長峰なら大丈夫だろうとか、感覚の麻痺と一緒だ。 けど、俺も冬木も知ってるだろ? あいつは超人でもない普通の奴だって」


 そう、長峰愛莉という人は普通の女の子だ。 表面だけ見てしまえば優等生、愛嬌がよく頭もよく周囲に気を遣って友達も多い、模範的とも言える生徒。 けれど、長峰さんだって普通に怒るし普通に泣く、私や他の誰とも変わらない子なのだ。


「成瀬君」


「言いたいことは分かってる、様子を見に行こう。 美羽もいるだろうし大事ってのはないだろうけどな」


 そうかもしれないが、心配だ。 最近の出来事一つ一つ、積み重なっていたものは多数。 それでも長峰さんは引き受け、貰い受け、成し遂げた。 だからこそ私は……心配なのだ。

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