第19話『まるで石のような』

「お邪魔します」


「どうぞどうぞ! いやぁ相変わらずお可愛いですなぁ、頬ずりしても?」


「冬木にセクハラすんなよ朱里」


 休日、日曜日。 土曜日はクラスの意向によりあくまでも自主参加ということで学園祭の準備をしており、当然私も成瀬君も参加していることから休みという休みは日曜日のみだ。 その日曜日、私は成瀬君の家へと足を運んでいた。 目的は「私の能力について」である。 一応能力は元に戻す方向で話を進めているものの、果たしてそれが良いかどうかは未だに分かっていないし、戻し方なんて当然分からない。 そもそも私や成瀬君にあるこの能力がどういうものなのか、何一つ分かっていない。


 それに……能力が戻ったとして、私は嬉しいのだろうか? それが正しいことなのだろうか? それもまた分からない。 けれど本来であれば持っていたものであり、元に戻すのがひとまず良い気もしている。


 そのことから、唯一私と成瀬君のことを知っている朱里さんを交えて相談しようという話だ。 今日は成瀬君の母親は仕事のようで、家には二人の姿しかなかった。


「朱里さんなら別に構いませんが」


 リビングにあるソファーに座り、隣に座った朱里さんに言う。


「ほんと!? やったぁ! うりうりうりうり!」


 言った瞬間、朱里さんは私に抱きつき頬ずりをしてくる。 シャンプーの良い香りが鼻腔をつき、こんな妹を私も欲しいと思った。 正直、成瀬君のそこはとても羨ましい。


「おお……冬木さんのほっぺた超ふにふにだよ……」


「……マジ? つついてもいい?」


「嫌です」


 先ほど朱里さんに注意していた自分を思い返して欲しい。 根本的によく似ている兄妹だと思う、朱里さんはコミュニケーション能力がとても長けていると思うけれど。


「代わりに朱里のこと自由にしていいからさ」


「なんであたしの扱いそんななのっ!? いやでも冬木さんにあんなことやこんなことされるのは……うへへ」


「しませんしやりません。 帰りますよ」


 本当に仲が良い兄妹だと思う。 成瀬君は絶対に否定するだろうが、私から見て成瀬君は朱里さんのことが大好きだ。 朱里さんも朱里さんで成瀬君のことは大好きなのだろう。 ずっと一人だった私にとってはとても羨ましいと思うのと同時、二人を見ていると心が安らぐような不思議な感覚もしている。


「なんか冬木さんっておにいよりよっぽど大人っぽいよね、本当に同い年?」


「当たり前だろ。 それよりも冬木の能力をどうにかすることを考えるぞ」


 ……あ、多分都合が悪くなったから話を変えたんだ。 なんとなくだけれど、そんな感じがした。


「よし、本題だね! ちょっと待っててねお二人さん」


 成瀬君の逃げ方というのを分かっているのか、ニヤニヤと笑いつつも朱里さんは言うと、バタバタとリビングから出ていく。 何か持ってくるものでもあるのだろうか? 成瀬君も不思議そうに朱里さんの去っていった場所を見つめていたことから、成瀬君も知らないのだろう。


 そして数十秒後。 ガラガラガラという巨大な音を立てながら、リビングにホワイトボードが登場した。 学校で見るような、授業で使うような巨大なホワイトボードだ。


「……お前それどうしたの?」


「え? 学校から借りてきました! こっちの方が作戦会議っぽくなって雰囲気出るかなって思って!」


「お前本当に馬鹿なんだな……」


 行動力が凄まじい。 そしてよく学校がそれを許可したものだという感想を抱きつつ、私は視線をホワイトボードへと向ける。 あの巨大なホワイトボードを学校から家まで運んでいる姿を想像したら、少しシュールだ。


「馬鹿とは失礼な! 現代は効率化が進んでいるんだよ、だからこういう些細なことでも効率よく進めるのが将来生き残るのに必要なんだよ、分かった? おにい」


「適当なノートにでも書いた方がよっぽど効率的な気がするけどな。 で、朱里先生続きをどうぞ」


 成瀬君が半ば呆れ気味に言ったものの、朱里さんは「先生」と呼ばれたことが嬉しかったのか、どこか満足げに話を始める。


「まず状況整理だけど、冬木さんが能力をなくした原因。 これはハッキリしてて、おにいに言われたことがショックでなくなったってことだよね」


 朱里さんは言い、成瀬君らしき人物と私らしき人物を書き出し、丸をつける。 私としては済んだことなので全く気にしていないのだが、横を見る限り成瀬君は少し気まずそうだ。


「だからまず第一に考えられるのは、ショック療法。 古典的だけど、おにいと頭をぶつけるとか」


「なんか人格入れ替わりそうな方法だな。 そんなんで元に戻るとは思えないしどうして俺とぶつけるんだよ?」


「そりゃおにいが原因だからだよ。 その原因とぶつかって治るかもしれないでしょ?」


「超滅茶苦茶な理論だな……」


 はて、それを果たして本当に試すのだろうか。 治る可能性があるならばそれを試すのも良いとして、可能性としては少し低そうだ。 とは言っても現状、朝霧さんの件もあることだし能力は早く元に戻って欲しいというのもある。 元々なくなることはないと思っていた力であったし、我侭かもしれないけれど少なくとも今は必要なのだ。


「物は試し! やってみよー」


「俺は良いけど……ぶつけられる側の方が痛そうだし、冬木が頭突きしてくれるか?」


「え、そういう趣味ですか?」


「ちげえよ! 痛いの苦手そうだし、俺は普段から朱里にいじめられてるから」


 どうやら成瀬君の気配りだったようだ。 確かに私は痛いのは苦手なので、その言葉に甘えさせてもらうことにする。


「では、ひとまず試してみますか」


 言って立ち上がる。 成瀬君も立ち上がり、私は成瀬君の正面へと立つ。 しかし残念ながら身長に差があることから、成瀬君は膝を少し曲げて私が頭突きをしやすいように位置を調整してくれた。


 いや、言葉にするととても珍妙な光景だけれど、これは必要なことなのだ。 もしもこれで治れば万事よし、治らなければ別の方法を探っていく、いずれにせよ思い付いた方法を試していくしかないというのが現状だから。 どんなことであれ片っ端から試していくしかない、といえば分かりやすいだろうか。


「では、失礼します」


「あいよ」


 とは言ってもさすがに勢い良く、本気で頭突きをするのは気が引けてしまう。 だからといって弱すぎても意味がないだろうと思い、中間くらいの力で私は頭を成瀬君の頭目掛け振った。 ごつん、という音が響き、次に聞こえてきたのは成瀬君の悲鳴だった。


「いっ……てぇえええええええ!?」


「おにい大袈裟~。 見てたけどそこまで強くないでしょ、今の」


「いやお前冬木超石頭だぞ!? 尋常じゃないくらい痛いっ!」


 頭を抑え、うずくまり涙目になりながら成瀬君は叫ぶように言う。 そこまで痛がられると、全く痛くなかった私としては申し訳ない気持ちになってくる。 そしてどうやら能力は元に戻っていない、能力がないという違和感が消えていない。


「またまた、おにいは演技が下手だなぁもう。 ほれ、あたしにも頭突きお願いします」


 言うと、朱里さんはどうしようかと立ち尽くしていた私の前に立つ。 仁王立ちと言えばいいのか、腰に手を当て目を瞑り、どこか自信ありげな様子だ。


「本当に良いんですか?」


「もっちろん! むしろ冬木さんと頭をぶつけられるという幸運が」


「では失礼します」


「あってですね、それをあんなに痛がるおにいは……いったぁああああああああああい!? あたしの寿命は今日までかも!?」


 朱里さんは頭を抑え、床にうずくまる。 頭一つで成瀬家の兄妹を倒してしまった、もしかしたら私に向いているのは格闘技なのかもしれない、なんてことを考えると途端に悲しくなってきたのでやめた。


「……冬木さん超石頭だよ、凶器だよ」


 私は痛くないのだが、どうやら攻撃された側はとても痛いらしい。 今度から成瀬君が何か悪さをしたら「頭突きしますよ?」と言ってみようか? キャラとしてはとても立っていると思うが、なんだか独創的すぎる気がする。 それと事あるごとにそんな発言をするのはあまり好きではない。


「自覚はないのですが」


「頭硬そうな雰囲気はしてたけど、さすがに頭に緩衝材でも巻いといたほうがいいぞ、冬木」


「頭突きしますよ?」


 ……えっと。 そんなこんなで、二人の痛みが引くまでしばしの間待つことにした私であった。

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