第十三話『最善手』
「何もしない、見なかったことに聞かなかったことにする、か」
その日の夜、俺は自室のベッドで一人考え事をしていた。 それもまた選択肢のうちの一つ、まだどうなるかは分からないが……秋月側が紙送りを断固として行おうとしている以上、時期が差し迫った今年の紙送りは行われる可能性が高い。 来年からはどうなるか分からないし、それに伴って様々な不利益が出てくるのは明白だが……それでも今年の紙送りに限定して見れば、問題はないとも言える。
元より、紅藤側が持ち出した時期が時期ということもあってどうするかの選択は秋月家側にあったと言っても良い。 目前に迫った紙送りを行うか、それとも今後のことを考えて譲歩するか。 それを天秤にかけて測っているような状態だった。 そのやり取りが「今年の紙送りが中止になるかもしれない」という不安を関係者には思考させ、それを冬木が聞き取ったというのが流れである。
道明の示した道は、きっと道明の経験から導き出された答えなのだろう。 道明美鈴という奴は俺たち以上に様々な出来事に絡んでいて、今回のような汚い部分というのをより多く知っている。 それらの経験から俺たちに向けて関わらない方が良いとの助言をしたのだ。 ろくなことにならないから止めておけ、とでも言うべきか……どちらかというと助言というよりも警告に近い。
そんなとき、携帯が鳴る。 頭の横に置いてあったそれを手に取ると、冬木からメッセージが届いていた。 内容は簡素なものだ。
冬木:何か良い案はありますか?
案、と言われても返事に困る。 何が起きているのかということは分かったが、ここからどういった手を打つのが最善かが見えてこない。 何事もなく無事に済む案、紅藤家と揉めることなく、紙送りが中止になることもなく、秋月家が不利益を背負うことのない案。
成瀬:ないな
そんな案は当然ない。 誰かが必ず不利益を背負うことになる、物事はその段階まで進んでしまっている。 問題はその不利益を誰が被るか、ということだ。 秋月か、紅藤家と俺たちか。 紅藤家に不利益を背負わせれば当然俺や冬木に何かしらの被害が出る可能性がある。 問題はそれがどれほどのデメリットとなるか……だろう。 それが見えない以上、安易に不利益を背負うのは賭けとしても不透明すぎる。
冬木:やはり、一度秋月さんに話をした方が良いのではないでしょうか?
それは何度か冬木に言われている。 が、今この時期に話すというのは秋月にかける負担が増すだけでしかない。 今話す必要もなければ、紙送りがひとまず無事に終わってからだとしても余計な情報になりかねない。 ただでさえ秋月は結構思い詰めてしまっているようだし。
成瀬:いや、止めといた方が良い。 正直道明の言う通りにするのが一番だと思う。
最善かつ最良だろう、それは。 冬木にとっては飲み込みづらいことかもしれないが、世の中にはそういうことだってあるということを学べただろう。 真実を知った今、明らかに悪事を働いているのは紅藤であり秋月側ではない。 だったら見過ごすというのはどうなんだ、と冬木なら反論してくるだろうが。
冬木:分かりました。 納得はできませんが。
しかし、思いの外すんなりと冬木からはその返事が来た。 珍しいなとは思ったものの、事が事だけに飲み込むしかないということを分かっていたのかもしれない。 俺はそれを確認すると、一度携帯を置く。
冬木の場合はこれで良いだろう。 元々冬木が聞き、そして俺に相談してきたことだったが、秋月と約束をしたのは俺の方だ。 これ以上のことをする場合、冬木を巻き込むわけにもいかない。 それに冬木はきっと反対するだろうから。
最善かつ最良の選択は道明の言葉通りだ。 だが、俺が取るのは最悪であろう選択肢。 別に紅藤良治の行為が許せないだとかそういうわけではないし、見過ごせないというわけでもない。 ただこのまま放置した結果、どうなるかが分からないからやるしかないのだ。 何が起きるか分からないからこそ、何かが起きるであろう対象を絞り込んでおく。 それが分かっていればある程度のやりようも出てくる。
俺は携帯を再度手に取り、今度は電話をかける。 やがて一瞬雑音が流れ、電話は繋がった。
「もしもし、道明か?」
『もちろん。 成瀬の方から電話とは珍しいね、僕の力が必要ということかな』
コール音が四回ほどに達したところで道明は電話に出た。 時間的に家にいるのか、電話の奥からは話し声も聞こえてくる。
「まぁそんなとこ。 調べて欲しいこと……というよりも頼み事があって」
『僕に協力できることであれば、報酬さえもらえれば問題ない……いたたっ! おい髪を引っ張るな! 物を投げるなーっ!』
『ねーちゃん怒ったー! こわーい!』
『おねーちゃんが鬼ー! あははは!』
「……なんか大変そうだな」
電話越しに小さい子供の声が複数聞こえてくる。 3人くらいはいそうな感じだ。
『まぁ僕ほどにもなると人望というのも出てくるからね、好かれるのは仕方ないことで……分かった分かった! あとで遊ぶから今は静かにしていてくれ! だーかーらー物を投げるなっ!!』
怒鳴る道明の声が聞こえたあと、物音が何度かしてやがて静かになる。 俺が黙って待っていると、十数秒ほどで道明の声が再度聞こえてきた。
『ふう……すまないね、それで要件は?』
「俺の方こそかけたタイミングが悪かったみたいで。 手短に言うと、紅藤良治を脅迫するネタが欲しい。 効果的じゃなくてもいいから、できる限り分かりやすい形で倉田勇次との繋がりが分かれば良い」
『それは、冬木と共通の意思ということかい?』
道明は俺の言葉に対し、真っ先にそう返した。 俺と冬木二人で共有している方針なのか、という問い。 それに対して適当な嘘を吐いて濁しても良かったが……後々良い方向には転ばない気がした。 何より嘘を吐く相手が道明美鈴となれば尚更だ。 以前は俺が嘘を見抜いたときの癖に気付いていたことだし、俺の口ぶりから嘘を吐いていると見抜かれてもなんら不思議ではない。
「いいや、俺の独断だ」
『そうか。 まぁ良い、僕はあくまでも依頼を受けて仕事をこなす探偵だしね。 この通話が終わり次第、君にファイルを転送しておくよ』
「助かる……って、もう準備できているのか?」
『そう言うかもしれないという予測だよ。 外れていたとしても削除するだけだし手間にはならない、予め多くの証拠を作っておいた方がこういうときに楽だから』
それが嘘か真かは通話である以上俺には分からない。 俺の眼は嘘を吐いている人を見なければ意味はないのだ。
しかし、道明は思ったよりも素直に俺の願いを聞き届けてくれた。 少し素直すぎないかとも思ったものの、これに関しては思い通りに進めば悪い方向には転がらない。 問題は思い通りに進まなかった場合だが……そのときはそのとき、そのために冬木には伏せて動いているわけだ。 紅藤側に知られるとしても動いているのが俺だけとなれば、冬木に被害が行くこともない。
それから道明と軽い挨拶を交わし、電話を切る。 そのまま俺は画面と睨み合いをしていると、1分ほどで道明から連絡が来た。 メッセージアプリでのファイル送信、何枚か続けて送られてきたそれを確認していく。
使えそうなのものをすぐさま保存し、道明にお礼を告げた。 このファイルは明日にでもプリントしておくとして……事がとんとん拍子に進み、時間があまりない中ではありがたい。 今年の紙送り自体まず間違いなく行われると見ているが、秋月側が折れるようなことがあればそれこそ本末転倒なのだ。 予想や予測、想像で物を語って後は天に任せるなんてことは約束をした以上はしたくない。 この件に関してはハッキリと目に分かる形で決着を付けておきたいのだ。
「あとは」
俺は一人そう漏らし、携帯を操作し次に電話をかけるべき相手の名前を出した。 次に電話をかける相手は紅藤青葉。 彼女であれば父親の動向というのもある程度把握はしているだろう。 準備ができた今、残されているのは紅藤良治と一対一で話をすることのみだ。
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