第八話『紅藤青葉』

 だいぶ長い雑談、もとい無駄話であったが、冬木と俺はようやく約束の場所へと到着した。 駅前の喫茶店といえばとてもお洒落に聞こえてくるが、そこに「田舎の」と頭につければだいぶイメージは変わってくる。 そんな喫茶店に入ると、紅藤はすぐ目に入る場所に座っていた。 紅藤も俺たちに気づいたのか、手を

 軽く上げ声を放つ。


「おっす、久しぶり」


「お久しぶりです」


 こうして顔を合わせてみてようやく思い出す俺である。 俺と冬木は挨拶をし、紅藤の対面へと腰掛けた。 どうやら既に注文はしていたようで、紅藤の手元にはコーヒーが置かれていた。


 俺と冬木は店員に注文を頼み、改めて向き直る。


「紙送りの話だったね、本当は決まるまで他言無用なんだけど」


「無理を言ってごめんなさい、でも見過ごせないことだったんです」


「いいっていいって、アタシも比島には借りがあるし。 まぁ何から話せば良いかな……とりあえずは事の流れを整理する意味で話していこうか」


 紅藤は言うと、コーヒーを一口運ぶ。 そしてゆっくりと話し始めた。


「毎年、紙送りは秋月家主導でやってるのは知ってるよね? で、うちも東雲のところも基本的には口出ししないわけ、紙送りに関しては」


 言わば神祭とでも言うべきか。 それを担っているのは秋月神社の者であり、そこに口を出すほど野暮ではないということ。 だが、今年は違った。


「反対意見って言っても小さいものだけどね、アタシも正直ここまで事が大きくなるとは思ってなくて……良くある話、まぁ環境保護のためーとか、資源の無駄使いとか、そういう文句が出てきたんだよ」


 紅藤は赤い髪を軽く掻き、そう言う。 見た目だけで言えば完全にジャズバンドをしているとは思えない、どちらかと言えばロックバンドである。 冬木と紅藤であれば髪の色的に良い感じにロックバンドが組めそうだな、なんてことを考えながら俺は話を聞いていた。


「……いてっ」


「……」


 横に座る冬木に軽く蹴られた。 横目で見ると、若干怒ったように睨まれた。 そんなくだらないことを考えていないで真面目に話を聞いてください、というやつだろう。 この世で怒らせたら怖いものと言えば、一位は秋月で2位は冬木と長峰のタイ……と思うのだが、比島さんも怒れば中々に怖いかもしれない。 そもそも怒っていなくても怖いからな。


「ああ、っと……それで、紅藤さんの家がその意見をまとめて?」


 そこまで考えたところで、また蹴られるのも嫌だと思いながら口を開く。 反省反省。


「そこが不思議なんだよねぇ、わざわざそんなことをあのクソ親父がするとは思えないし」


 ……いや、いざこうして女の人の口から悪い言葉が出てくると驚いてしまう。 紅藤の見た目的に言いそうではあるが。


 しかし、紅藤の口から出てきたのは意外な言葉だった。 紅藤から見ても父親……この場合は紅藤家の当主か。 紅藤家の当主はそのようなことはあまりしない人物、ということだ。


「まぁ裏で秋月のところと揉めてるのかもね。 んで、それの当てつけで今回の話を利用してるってのが一番あり得そう。 アタシも家のことは面倒くさくて関わりたくないんだけどさー、一応唯一の子なわけだし、そういうのに巻き込まれはしてさ」


「なるほど……それで、主に反対しているのは?」


「そこが超めんどいところ。 神中の人間じゃなくて、隣町の人間なんだよなー。 だから秋月家の圧力が一切意味を成さないないってわけ」


 紅藤は言い、発言した冬木にストローの先を向ける。 ということは、神中の人間は紙送りを反対しているわけではないということか。


「ま、神中の人間にとっては紙送りは欠かせないものだしそりゃそうだろって感じだけど。 雑誌記者とか最近だと来てるでしょ? そいつらの所為で隣町の奴がうだうだ言ってんじゃないかって」


 拡散し、それに対し意見が出る。 広まれば広まるほどにその度合も大きくなっていく。 人間というのは議論が大好きな生き物だ、何かにつけて肯定も否定もするし、一つの話題で一日を費やすなんて日常茶飯事。 それが気軽にできる現代というのは、良くも悪くも意見が大きく分かれてしまう。


「その言い方だと、紅藤さん自体は紙送りに賛成ってことですか?」


「当たり前じゃん。 祭りが嫌いな人間なんてこの世にいないでしょ、食べ物美味しいし」


 俺が尋ねると紅藤はすぐさまそう返す。 理由が超不信仰極まりないが、まぁ俺も似たようなものだから何も言うまい。 しかし娘である紅藤が紙送りに賛成となると……本格的に神中では反対しているのは紅藤家の当主のみ、ということになってくる。 そこまでいくと、やはり反対している理由は秋月家との揉め事というのが隠れていそうだ。


「まーそういうわけで秋月家とは何回か話し合いをしているんだけど、もちろん平行線ってわけ。 秋月家は当然伝統ある紙送りを中止になんてできない、こっちもこっちでどうにかして中止したい、お互い退かないから平行線ってわけ」


「けど、秋月の方が支持的にはあるってことですよね? 神中じゃ反対意見ないなら」


「まーね、でもクソ親父が掲げてるのは大義名分だからめんどくさいんだ。 アタシも本心じゃ秋月支持だけどさー、一応紅藤家の娘だからそういうわけにもいかなくて」


 板挟み、というやつか。 紅藤にも紅藤で面倒臭く、かつ自由に身動きができない状態でもあるのだろう。 何よりやはり、一番厄介なのは紅藤家が掲げているのは環境保護という大義名分に他ならない。


「紙送りまでそれほど時間はありません。 このまま平行線を維持し、強制的に行うという方法が一番良さそうですが」


「後々面倒なことになるから、秋月家もそれは避けたいんだろうね。 やっぱりこれから先、毎回毎回ことあるごとに揉めるのも体力使うし」


 強行するのは簡単だ。 紅藤家との話し合いを拒絶すればいいだけのことだし、時期が時期だけに無理やり止めるのも難しい。 が、そうした場合出てくるのが今後の問題というわけだ。 難しい話は分からないが、大人の事情というものがあるのだろう。 今回で言えば紙送りという行事がある以上、それを担っている秋月家の方が発言力もある。 だが、他の場合そうとも限らなくなってくる。 今回のことが後を引きずれば、秋月家の方が煮え湯を飲むということにもなり兼ねない。


 ……できればそれは避けたいな。 秋月も結構参っていたみたいだし、心労が増えすぎるのはマズイ。 これから先数ヶ月ごとにそんなことが起きていては、あいつが倒れても不思議ではない。 不真面目な癖に真面目なのが秋月純連という奴だ。


「紅藤さんと話す機会があればいいのですが……やはり当主ともなると多忙でしょうし、難しいですよね」


「ん? あーそれなら今度の話し合いに来る?」


 冬木の言葉に、紅藤はすぐさまそう返す。 まるで友人たちとの遊びの予定に対して、あなたもくる? と言わんばかりの言い方だ。


「へ? いや、私は部外者ですし……」


「大丈夫大丈夫、実は丁度良いなって思ってたとこだし」


「丁度良い?」


 紅藤の言葉に今度は俺が口を開く。 なんとかするだとか、どうにかできるだとか、そういった類の言葉ではなく「丁度良い」という言い回しが気になった。


「紅藤家と秋月家だけの話し合いなんて揉めるだけだしね、事が事だけに。 で、中立な立場として東雲のとこに来てもらおうと思ってたんだけど……当事者同士に任せるの一点張りで。 東雲も東雲でめんどくさいことには首を突っ込みたくないんだろうね」


「でも、俺と冬木は秋月側ですよ。 更に言えば完全に部外者ですし」


 そう、立場としては明確にそうだ。 紙送りを中止にさせないために俺と冬木はここにいるわけで、単に興味があってだとか秋月家と紅藤家の仲を取り持とうだとかそういう理由ではない。 あくまでも俺と冬木の目的は紙送りを何事もなく終わらせる、ということに限っている。


「いいよ別に、それでもアタシと交友はあるわけだし。 正直二人に何かできるかって言われると期待はしてない、でもアタシだって紙送りが中止なんて嫌なんだ。 話し合いに来れるようになんとかするから」


「……分かりました」


 藁にもすがる思い、とでも言うべきか。 俺と冬木はただの高校生に過ぎず、できることなんてものは限られている。 少なくとも、紅藤から見ればそうなのだ。


 だが、俺と冬木は少し違う。 俺には嘘が見え、冬木には人の思考が聞こえている。 今回の場合ハードルが一番高いのは間違いなく紅藤家当主である紅藤良治との接触なのだ。 だからその提案は、願ったり叶ったり。


 こうして、俺と冬木は週末に行われる両家の話し合いにあくまでも中立な立場として参加をすることになったのだった。

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