第九話『会議』

 肌寒さを感じる中、しかしここだけはまるで別空間のようにも感じる。 向かい合って座るのはこの辺りでは御三家と言われる内の二家だ。 俺と冬木は下座に座り、向かって左側には紅藤家、右側には秋月家が腰掛けている。


 紅藤家は当主の紅藤良治、その妻である紅藤政子まさこ、そして紅藤青葉の三名。 対する秋月家は俺たちの友人でもある秋月純連、その父親であり秋月家当主の秋月幸太郎こうたろう、その妻の秋月夏恋かれん、祖父の秋月道心どうしんが腰掛けている。 どうやらこの場では一番立場の強い秋月道心が司会を務めるようで、俺たちの対面に腰掛けている。


 しかしさすがに場違い感が半端ない。 紅藤から事前に連絡はしてあったのか、俺と冬木のことは秋月家も特に何も言わなかったが……当の秋月純連は一瞬驚いた顔をしていた。 さすがに事前に話しておいた方が良かったかとも思ったものの、あくまで公平な立場で参加しているという建前がある以上、連絡が取りづらかったのだ。


「では、進行は私、秋月道心が務める。 まずは紅藤のガキの言い分から聞こう」


 ……いやこえーよ! 一族揃って怖いんだろうか、秋月家は。 白髪と髭を伸ばした60そこそこの男性だ、目つきが鋭く威圧感が半端ない。


「私の申し立ては変わらない。 もう何度も話していると思いますが?」


 対する紅藤家当主、紅藤良治も怖気づくことなくそう返す。 50そこそこの年齢とは聞いていたが、年齢にしては見た目が若い人だ。 着ているスーツもしっかりとしたもので、ビジネスマンのようにも見えてくる。 秋月家とは対照的だな。


「初見の者もいる。 再確認の意味も含めて今一度話してくれ、良治」


 そして口を開くのは秋月幸太郎。 着物に身を包み、腕を組んだまま口を開く。 秋月家もこういう場においての正装なのだろう。 その妻もまた着物、秋月も同様のものに身を包んでいる。


「幸太郎殿にそう言われては仕方あるまい。 私たちの申し立ては紙送りの無期限中止、その理由は環境保護。 ここに署名もある」


 紅藤良治は言うと、紙の束を置く。 遠目からなので詳細は確認できないが、かなりの人数の名前が書き込まれているように見えた。 その部分から紅藤家が紙送りの中止というのを本気で求めていることが伺える。


「何度も言うが、その申し立ては受け入れられない。 どこぞの馬の骨の名前をいくら並べようと、紙送りは執り行う」


 それに対して秋月幸太郎は冷静に返す。 かなり歴史の長いのが紙送りという神祭だ、はいそうですかと受け入れられるはずがない。 恐らく話し合いというのは毎回ここで平行線となるのだろう、どちらも引く理由、そして意味も見つからないので一歩も引かない。 お互いに譲れないものがあるのは事実なのだ。


「それが遅れていると言うんだよ、幸太郎。 あーっと……紙を燃やし、常世の風に送る、古紙を燃やし浄化し、感謝の意味を込めて……だったか? ふっ、実に馬鹿らしい。 悪しき風習というのはそういうものを言うのだよ、幸太郎。 それを行うことに果たして意味があるか?」


「伝統として長い間、この神中で行われてきた神祭だ。 悪いが俺の代で終わらせるなんてことはできない、もちろん神中に住む全ての者が反対をしたら考えても良いが」


 そこに至ってもまだ「考える」止まり。 秋月幸太郎の中での紙送りというのは、絶対に譲れないものだ。 ここからは俺の予想になってしまうが、命と紙送りどちらを差し出すかと問われれば、秋月幸太郎は前者を差し出しているだろう。 それほどまでに確固たる意思を口調から、顔つきから感じ取れた。


「まるでだな。 伝統だから続ける、理由もなく意義もなく、馬鹿だとは思わないのか?」


「貴様ッ……!」


 その言葉に対し、秋月が立ち上がろうとする。 秋月にとって紙送りはかけがえのないものだ。 秋月純連という人物にとって欠かせないもの、それは最早宝物とでも言うべき域に達している。 それを貶されたとなっては、看過できるわけがない。 秋月幸太郎にとってそうであるように、秋月純連にとっても同じだ。


「純連、よせ」


「……申し訳ありません」


 しかし、その秋月も父親の一声で踏み止まる。 下げられた頭こそ紅藤良治に向けてのものだったが、紡がれた言葉はどちらかと言えば父親に対して向けられたものだろう。


 ……まぁ秋月の気持ちも分からなくはないが、子供の喧嘩ではないんだ。 売り言葉に買い言葉では状況は悪化するだけ。 それをこの場で一番分かっているのは、秋月幸太郎という人物に見える。


 そこでふと、俺は冬木に視線を向ける。 冬木はこの話し合いをどのような様子で見守っているのか気になってだ。


「……」


 ……いや、そういえば忘れていたが冬木は基本としてコミュ障だ。 目的というものがある分ある程度マシだが、この空気感はさすがにキツイのかもしれない。 表情にいつにも増して生気が宿ってないし微動だにしていない、まるで置物のようになってしまっている。


「お元気そうな娘さんで。 しかしどうですかね、神社の巫女としてすぐに激昂するのは些か教育がうまくできていないのでは? それとも、娘さんの性格そのものが巫女には向いていないのではと邪推してしまいますね」


「……良治、それはこの場では関係のないことだ」


「これは失礼」


「俺の教育方針を非難するのも、紙送り自体を貶すのも百歩譲って大目に見る。 が、次に娘自身を貶す発言をすればただで済むとは思うなよ。 秋月神社当主の前に、俺は純連の父親だ。 それは忘れるな」


「怖い怖い……肝に銘じておきますよ」


 そのやり取りから、秋月の父がどれほど秋月のことを大切にしているのかが伝わってきた。 秋月もどこか嬉しそうに、口角を少しだけ吊り上げている。 失礼なことではあるものの、秋月の父親というからにはとんでもないそっち系の人かと思ったのだが……案外、というよりかはとてもしっかりとした人に見える。 反対に秋月の母親はというと、ただ静かに話に耳を傾けている。 その表情はこの場の空気とはまるで違い、穏やかなものだった。


「話を戻すぞ。 これについては夏頃から話しているように両者共に引く気はない。 妥協とまでは行かんが、いずれにせよ今年の紙送りは目前に迫っている。 ひとまず紅藤側の申し立てについては来年以降の紙送りに回すことになるが」


 若干拗れそうになっていた話を秋月道心が元へと戻す。 というかこの話、夏からずっと揉めてたのか……秋月の奴、何も相談してこなかったな。 まぁ、さすがに身内の事情ということで相談しづらかったんだろうし、できなかったんだろう。 紙送りの中止なんて、この町に住んでいる人間ならばかなりの大事なのだから。


「もちろん時期が時期だけに無理強いはできないでしょう、それは承知の上ですよ。 ですがそうですねぇ……全く関係ない話になりますが、他の神祭事も滞りなく進めばいいですね」


「……なるほどな、そういうことか」


 その言葉を受け、幸太郎さんは目を瞑る。 対して横に座る秋月は分かりづらいものであったが、歯を食いしばっているように見えた。 これが紅藤の言っていた「後々起こる面倒事」とやらだろう。 紅藤家はこの辺りでは大地主、口にするのは悪いがこの田舎では立場というのも相当強い。 もちろん、秋月神社が執り行うことへの影響というのも持ち合わせている。 紙送りだけではない、今後のこと全てに対して行動をするという意思だ。


「一つ聞かせてくれ、良治。 何が目的でそんなことをしている? この神中では紙送りに対する反対意見など皆無。 わざわざ隣町の署名を集めて紙送りを中止にする理由を教えてくれ」


 そう、問題はそこだ。 紅藤良治が紙送りの中止を強行しようとしている理由、それが分からない。 長く続いており、そして神中では知らない者はいない一年に一度の神祭だ。 聞けばどうやらこの申し立てが出たのは今年の夏から。 俺はそれを聞いたとき「そんなに前から」と思ったが、紙送りの重要性を鑑みれば逆にいきなりすぎるのだ。 夏には準備が始まっている、だというのにその時期から中止を求め始めた。 何をそんなに急いでいるのか、今年の紙送りに一体何があるのか、固執する理由というのが見当たらない。


「そんなもの分かりきったことだろう? 幸太郎。 私は今後のことを見据えているだけだ、神中の発展のため、長所も短所もまとめて平坦にするべきだというね」


 果たして、紙送りが長所なのか短所なのかは分からない。 しかし……しかし、だ。


 ――――――――紅藤良治、それは嘘だ。 俺の眼には見えているぞ、その嘘が。


「……そうか。 変わったな、良治」


「いつまでも子供のままではいられないさ」


 そうして、やはり今回の話し合いもまた、決着は付かずに幕を閉じたのであった。

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