第四話『秋月純連の』

「あまり時間は取れないが」


 次の日の放課後、秋月に話したところ「分かった」との返事をもらい、校舎裏へと足を運んでもらった。 忙しい中で悪いことをしたという気持ちはあったものの、事が事だけに聞いて置かなければならない。 冬木とも話しておいたこと、秋月純連に直接事情を聞くという方法。


 そんな秋月はそう前置きをすると、俺と冬木へと視線を向ける。


「風のうわさで聞いたんだ、紙送りが中止になるかもしれないって」


 秋月との対話において、回りくどい言い方は避けた方が良い。 面倒臭がりな部分もあるから、できる限り率直に尋ねた方が秋月にとっても気楽なものとなる。 遠回しで探るような言い回しをすれば、秋月は痺れを切らしてしまう可能性もあるからな。 何より秋月は多忙だ、無駄な時間は作りたくない。


 そしてそれを聞いた秋月は眉をぴくりと反応させた。 長峰が居ればその反応だけで分かったのかもしれないが……生憎、俺と冬木では実際に言葉を聞かなければ理解はできない。


「耳が早いな、お前たちは。 まだ関係者しか知らないことだと思ったが」


「あー、まぁ噂ってのは広まるもんだしな」


 まさか「思考を聞いて」なんてことは口にできるわけがない。 しかしそれを否定はしないということは……ひとまず、紙送りが中止されるという話があるのは間違いなさそうだ。 冬木の心配というものが現実になってしまった。


「……本当なんですか?」


「まだなんとも言えない。 だが、中止を要請する声があるのは事実だ。 その相手がまた面倒でな」


「何かあったのか?」


 俺と冬木の問いに、秋月は腕を組み数秒思考するように目を瞑る。 一度息を吐き出し、考えを整理したかのように口を開く。


「所謂、環境問題というやつだな。 紙送りはそもそも、不要となった古紙を燃やし、秋から冬にかけての時期に感謝を込め、浄化し、常世の風に送るというものだ。 代々秋月家の巫女がそこで紙送りの舞いを行うことになっていて……今の考えでは、それは資源の無駄使いというものになるらしい」


 風によって乱れる髪を手で抑えながら、秋月は少し悲しそうに笑った。 その資源の無駄使いから、反対意見というものが生まれたのか。 確かに一般的に考えれば、この紙送りと縁がない人たちから見れば、まさにそうなのかもしれない。 だが、実際に紙送りという行事に触れつつある俺にとっては少し悲しくも思える話だ。 古くからある伝統として、恒例の行事として、深く関わってる人物を目の当たりにしているから……今年も何事もなくやってほしいと、そう思う。 そしてこういった気持ちと一緒に消えていった伝統というのは、数多くあるのかもしれない。


「私に何かできることはありますか」


 すぐそう口にしたのは冬木だ。 が、問題が問題だけにそう言われたとしても……。


「気持ちだけ受け取っておくよ。 今回のことは神社と向こう側の問題だ、それに中止になったら中止になったで私にとっては暇な時間が増えるのでありがたい」


 そう秋月は口にした。 秋月らしい考え方と言い分だということは俺や冬木なら分かる。 秋月純連という人物は、真面目そうな見た目と真面目そうな雰囲気を持っているものの、その内心は極度の面倒臭がりなのだから。


 だから、俺はこの瞬間、人の嘘を見抜ける眼というものを持っていたことに感謝した。 もしもそれがなければ、きっと秋月の嘘に騙されていただろう。


「嘘を吐くなよ、秋月。 お前も本当は紙送りをやりたいんだろ」


「……どうだかな。 だが、そうだな……この話があってから、何故か晴れない気分だというのは事実だ」


 秋月自身、その気持ちの正体に気付いていない。 ずっと面倒事だと思っていた紙送りがいざ中止になりそうだと聞き、困惑しているのだ。 当たり前のように続いていたこと、当たり前のように面倒だと感じていたこと。 だがそれは、いつの間にか秋月の中で欠かせない出来事となっていた。 ただそれだけのことだ。


「とにかく心配をかけてすまない。 帰って両親と週末の話し合いに向けて調整をしなければならないから、私はそろそろいいか」


「週末に話し合いなのか?」


「ああ、代表として話し合いの場を作っているのが紅藤さんたちでな、また問題が大きくならなければ良いが……」


 秋月は困ったようにこめかみを掻く。 顔からはやはり疲れが見て取れ、ただでさえ紙送りの準備があるというのに、それに加えて中止を避けるために動いているとなればその心労は相当なものだ。 代わってやれるなら代わってやりたいところだが……秋月にしかできないこと、秋月にのみ生じている責任なのだろう。


「……待ってください、紅藤というのは紅藤良治りょうじさんのことですか?」


 が、そこで冬木が口を開く。 俺の知らない名前だ。


「もちろん、この辺りで言えばそれ以外にないだろう。 相手が相手だ、頭が痛いよ」


「それならば、私と成瀬君にも協力できることがあるかもしれません」


 冬木のその言葉に、秋月も俺も少々驚くという反応しか取ることができなかった。




「……呆れました、まさか名前も覚えていないとは」


「いやだってほら、そこまで深い関わり持ったわけじゃないし。 そんな偉い人だったのか、てっきりちょっとヤンチャな若者だとか思ってた」


 その後、秋月に「邪魔はしない」とだけ伝え、俺と冬木は帰路に就く。 その道中、俺が「できることがあるってなんで?」と聞いたら、冬木は心底呆れたようにその内容を話してくれた。 紅藤というのはどうやら、比島さんのジャズバンド、そのメンバーの内の一人に居た名前らしい。 紅藤青葉、彼女の父親こそ紅藤良治その人だという話だ。 確かに一人、ジャズバンドというよりヴィジュアル系のバンドにいそうな人が居た気もする。


「この辺りでは秋月神社の秋月家、大地主の紅藤家、教育理事の東雲家、という所謂御三家と呼ばれる家があるのはご存知ですよね?」


 いや、そんなさぞ知ってて当たり前みたいなことを今更言われても。 それ教科書で学べます? それなら知らない俺に負い目があるんだろうが、今回に限って言えば教えられていない俺に負い目はない。 これは俺に教えなかった冬木や長峰や秋月に責任があるな、あと朱里もか。 俺が話を聞いていなかっただけという可能性もあるが、まぁ低いだろう。


「もちろん」


「嘘を吐かないでください、数度話しているはずですが、その顔は知らなかったという顔です」


 自信満々でとりあえず見栄を張ったところ、最早言葉を言い切る前にバッサリと斬られた。 予め俺がなんて口にするか分かっていたみたいな反応速度だ、冬木はついに未来予知の力も手に入れてしまったのだろうか。 そしてどうやら俺は数度その話を聞いているとのこと。 これは意外な展開である。


「当の御三家はそこまで意識をしていないと思いますが、行事や催し物などは基本的にその三家が取り仕切っています。 昔からの名残というのが大きいですね、その部分は。 東雲家は学業に関与しないことにはあまり顔を出さないみたいですが」


 だからこそ、今回衝突しているのが秋月と紅藤の二家ということか。 しかしそんな大きな家だとは思っていなかったな。 神社の巫女であるということから、そこそこの有名人的な解釈を勝手にしていたが、最早そこまでいくと知らない方がおかしいくらいの勢いがある。


「ん、そういや東雲って聞いた名前だな」


 それも結構最近。 いや、昨日? 朱里が……確か。


「東雲生徒会長?」


「東雲結月さんのことですね、それは。 私も詳しいわけではないですが、中学校で生徒会長をやっているという話は聞いています」


「なるほど、なら朱里の話もだいぶ信憑性があるってわけか。 どっかの主人公みたいな高スペックだな、親が理事長でってなると尚更」


「そう言われるとそうですが、どちらかというと悪役では?」


 ……確かにそう言われるとそうだ。 学校支配してそうだな、怖い怖い。


「と、また話が逸れています……とにかく、秋月さんの家はそのような繋がりがありまして」


 ここでまた話を逸らしても面白いが、さすがに怒られる気がしてきた。 俺はひとまず冬木の軌道修正に乗ることにする。


「へえ……秋月ってそんな有名な奴だったんだな」


「そうですね、秋月さんは秋月家の一人娘にして、真面目な方ですから」


 頭の中で何を考えていようと、それは変わらない。 紙送りのために何ヶ月も前から準備し、練習をし、望むのだ。 それを真面目と言わずなんと言えるだろうか? 秋月のその努力を誰が無駄にして良いのだろうか? 何より……秋月は紙送りを行うことを望んでいた。 口ではああ言っていたが、俺にはあいつの気持ちがしっかりと視えたのだ。 それを見て見ぬ振りをするというのは、さすがにできそうにはない。


「長峰にも協力要請するか。 道明はどうする?」


「道明さんですか。 確かに道明さんの協力を得られれば、紅藤家の何かしらの弱味を握ってという方法もありますね」


 言い、冬木は顎に手を添え考え込む。 いやいやいやいや、なんだその危ない思考は。 最悪その方法を取ることも考えていたが、冬木からそんな提案が出るなんて。


「それはさすがにマズイと思うけど」


 と、一応は止めに入る。 すると冬木はすぐに俺へと顔を向け口を開いた。


「冗談です。 道明さんに関しては諸刃の剣という面もありますし、今はまだ止めておきましょう。 もしも私や成瀬君のことがバレてしまえば、どのようなことが起きるのか分かりませんし」


 冬木は真顔で冗談を言ってくるから心底分かりづらい。 普段からあまり表情に変化がない冬木ということもあり、嘘ではない嘘……所謂冗談を見抜くのが非常に難しい。


「そうだな。 最悪の場合の最終手段って感じか」


「ですね。 それに道明さんも何かと忙しいでしょうし、手を煩わせるのも気が進まないので」


 冬木はあの一件から、道明とも仲良くやっている。 が、危険なのは道明のあの観察眼だ。 人を観察し見抜くことに長けている道明と長い間一緒に行動を共にするというのは、それなりのデメリットも負わなければならなくなる。 となると、協力を得られそうなのは長峰だけか。


「長峰には俺から連絡しとくか?」


「……そうですね、私は紅藤さんと連絡を取ってみますので、お願いしてもいいですか?」


「了解。 じゃあ今夜適当なタイミングで連絡する」


 紙送りを無事に行えるように。 俺たちにできることは些細なことかもしれないが、できる限りのことをしようと思いながら、俺と冬木は一旦家へと帰るのだった。

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