第三話 『落下したそれは無残にもその体を飛沫と共に撒き散らした』
「紙送りの危機! うーん、またおにいも難題に挑戦中だね」
「実際に見たことはないけどな。 でも話に聞く限りじゃ一年を通しても一番大事な催し物なのかなって」
「あたしの学校でも結構話題にはなるしねぇ、楽しみにしている子結構いる感じかな。 秋月さんの舞が凄いんだーって」
地域的な祭りとでも言えば良いか、紙送りは昔からある欠かせないものというのは朱里のような中学生の間でも浸透している。 その目玉となっているのは秋月の舞で、祭りに対して失礼な考えかもしれないが秋月の見た目の良さというのもあるのだろう。 夏の終わりからは毎日のように忙しくしており、話す機会もかなり減っていることから余程の練習を積んでいるのだ。 毎年同じだと言っていたが、毎年同じ量の練習を積むというのはあいつの表面上の真面目さというのが表れている。
「おにいは仲良いんだよね? 秋月さんと」
「まぁ、良いか悪いかで言えばそうだな。 どっちかっていうと俺は秋月のご機嫌伺いを常にしている」
「腕組みしながら情けないこと言わないでよ……一瞬将来のおにいがヘコヘコしている姿が目に浮かんじゃったよ」
朱里はシャワーを浴びながら、湯船に入る俺へと視線を向ける。 勝手に俺の情けない姿を想像するなと怒りたいが、事実は事実で俺は常に秋月との友好な関係を築くためにせっせこと働いているのだ。 それを間近で見ている冬木が「働き蟻のようですね」とボソッと口にしていたのが頭にこびりついて離れない。
「でも、だったら秋月さんも話しやすいかもね」
「俺が馬車馬みたいだから?」
「……じゃなくて、友達ってことでしょ? 秋月さんと」
「冗談だからそんな軽蔑の眼差しを実の兄に向けるなよ。 まぁけど、変に真面目で変に不真面目だからな……もし噂が本当ならどうにかしないといけないし。 お前だったらどう立ち回る?」
人間関係での立ち回りで言えば、朱里より上手い奴を俺は知らない。 結局こいつは冬木とも一瞬で打ち解けたし、あの長峰とさえメッセージのやり取りをするほどだ。 秋月とはまだ面識がないから仕方ないとして、もしも面識があれば秋月ともすぐ打ち解けられるだろう。 それほどまでに、朱里は立ち回りが上手い。 人に好かれやすい性格をしているし、愛嬌もあるし、何より兄である俺から見ても可愛い部類だ。
「あたしだったらかぁ。 んー、そうだねぇ……とりあえず秋月さんに話を聞いて、相談に乗るかな」
「それで噂が本当だったら?」
「……何か手伝えることがあったら言ってねって感じ?」
「あいつはそういうのあまりこっちに持ってこない性格なんだよ。 今もすげえ疲れ切ってるみたいだし……待ってるだけじゃ絶対あいつは言ってこない、それじゃ駄目なんだ」
俺が言うと、朱里は再度俺を見た。 表情は笑顔、それもとびっきりだった。
「お節介!」
「……そうかもしれないけど」
人差し指を俺に向け、体に泡を付けたままで朱里はそう告げる。 的を射た指摘だというのは分かる。
「秋月さんに思いっきり嫌がられるかもしれないよ?」
朱里は笑顔のままで言う。 言動と表情がひどく噛み合っていないが、特に気にすることなく俺は返す。
「そんときはそんときだろ、分かってるのに何もしないのは嫌なんだ」
そう、俺の能力や冬木の能力は分かってしまう能力だ。 人の吐いた嘘が見える、人が隠す思考が聞こえる、それは本来知り得ないことで、それでも分かってしまうという力なのだ。 だからそれで知った以上、見て見ぬ振りはできないししたくない。 言ってしまえば長峰の言うように「知るだけ損」ということにこれも当てはまるのだろうか。
……いや、そうでもないか。 俺の記憶が正しければ、気持ちが正しければ、損だけをしたということは絶対にない。
「普通はさ、そうじゃないんだよ。 あたしもそうで、人の問題に足を深く突っ込むのって怖いんだよ。 間違えたら嫌われるかもしれないし、喧嘩するかもしれないし、変な噂が流れるかもしれないじゃん? だから大多数の人はなんとなく聞いて、なんとなく理解して、なんとなく同情するんだよ。 失うのは、怖いからさ」
「そりゃ俺も一緒だろ、現に昔だって……」
「昔は昔、今は今! だよ。 おにいたまに凹んでるけど、一応おにいの周りがどれだけ敵だらけになっても、あたしだけはおにいの味方だからね」
白い歯を見せて朱里は言う。 我が妹ながらなんて格好良いことを言うのだろうか、朱里の言葉に少し涙が出そうになるも、湯船のお湯を顔にぶつけて誤魔化した。
「ただね、そこでどうにかしないとって思えるのがおにいの凄いところなんだから! だからね」
朱里が立ち上がる。 先程から一転、今度はまた笑顔を浮かべて俺を見ている。
「そんなおにいがあたしは大好きだーっ!!」
「ッだからお前飛び込むんじゃ――――――――」
まさに小動物、犬か何かのような妹との付き合いは大変だとしみじみ思う俺であった。
「やっぱりお風呂上がりはアイスだねぇ」
「そういやお前太らないよな、食ってばっかなのに」
その後、風呂から上がった俺と朱里はソファーに腰掛けアイスを食べる。 ようやく母親が大量に買ってきたアイスも減ってきて、冷凍食品が置けるようになってきた成瀬家だ。
「そりゃあ走るし、超走るしね朱里ちゃん。 この前廊下で鬼ごっこしてたら怒られたし」
「そりゃそうだろ……てかお前学校でもバカやってるのか、先輩に目をつけられないように気をつけろよ」
「だいじょぶだよー、良い人多いから」
と言い、朱里は俺の膝の上に遠慮なく足を投げ一人リラックスする。 一度睨むも、ふにゃりと笑って朱里はそれを回避する。
「やばい奴いたら言えよ、来年新入生として入ってきたとき秋月にボコボコにしてもらう」
「やめて、それ以上カッコ悪いおにいにならないで」
それ以上ってなんだそれ以上って。 遠回しに俺を馬鹿にしているだろ、こいつ。
「けど、天才!? って人ならいるよ。 生徒会長さん」
「へえ? お前が人を天才って表現するの珍しいな」
むしろ自分のことを「天才じゃん!」とか言う朱里だ。 人を指して「すごい」や「頭がいい」と表現することはあるが、天才という一言で表現するのは珍しい。
「成績学年トップだし、体育祭も大活躍だったし、陸上部の人に足の速さ勝っちゃうし、バレーボール大会もあったんだけど、バシバシ決めちゃうしでえーっと……文武平等?」
「文武両道な、お前の頭が切実に心配になってくる。 てかなんのアニメの話?」
「ほんとーだって!
足をバタバタと動かし朱里は抗議する。 そのバタバタのせいで俺が物理的ダメージを被っているのは考慮していない様子だ。 しかし、そんなどこぞの主人公みたいな高スペックな人類が果たして存在するのだろうか? 朱里のことだ、頭の中で勝手に脚色している可能性が大いにあるな。
「長峰と比べたら?」
俺たちが知っている中で、恐らく一番可愛いというカテゴリーになるのは長峰愛莉だ。 これがもしカッコいいというカテゴリーなら秋月だろうし、冬木は……なんだろう、神秘的というカテゴリーがあれば冬木はそこに分類されるか。
「長峰さん? えー、うーん……あーーーー」
俺の問いに対し、朱里は思い悩む。 自分の中で白黒ついていれば朱里は口に出すが、悩むということはそれがついていないということだ。 あの長峰と比べても悩むってことは、少なくとも可愛いというのは間違いなさそうだ。
「間を取ってあたしだね!」
「うるせえ」
「へ? ちょっと待って足は……うひひひひっ!!」
朱里の身の程知らずな冗談に対し、足裏をくすぐる攻撃に出る俺だ。 朱里は暴れ、アイスが床へと落下する。 その後、仲良く掃除をすることにした俺たち兄妹であった。
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