第二話『こたつにて』

「で、これ出すのを手伝えってことか」


「はい。 いつも比島さんが用意してくれていましたが、お店のこともあって手を煩わせるのはどうかと前から思っていたので」


「それを素直に言えないから冬木はコミュ障なんだな」


「失礼ですね、成瀬君にだけは言われたくありません」


 コミュ障同士でのいがみ合いになってきそうなので、これ以上追求するのは止めておいた。 そんな俺たちが今訪れたのは、冬木の家の物置である。 この薄暗い物置の中にどうやらこたつが置かれているらしく、それを引っ張り出して冬木の部屋まで運んで欲しいというのが話の内容だった。 それだけでは俺にメリットなんてなく、その話を聞いた俺は冬木曰く「心底嫌そうな顔」をしていたらしい。


 が、冬木の話には続きがあった。 というのも、こたつを出すのに協力してくれれば冬の間、このこたつを自由に使って良いという提案だ。 俺は家のこたつを使わずに済み、朱里はこたつを占有できるという二人が救われる方法である。


「一つ聞いて良いか?」


「はい、構いません」


 最近、クラス委員室で過ごす時間が多いこともあり本を読むことも増えている。 そこで読む本がないときは朱里に借りて読んでいるのだが、朱里の好みはラブコメ方向にひどく偏っているのだ。 それでそのラブコメでお決まりとも言って良い流れ……というのは言い過ぎか。 良くある流れというのがあって、それについて尋ねてみることにしてみた。


「最近読む小説でさ、こう暗い物置とか小屋に男女二人閉じ込められるってのがあるんだけど」


「おお、ミステリー小説ですね」


 いや違うけど。 違うけど面白そうだからそのままにしてみる。


「そういう流れについてどう思う? 冬木の意見として」


「そうですね、在り来りな密室殺人や密室トリックは面白いですよね。 内容としては、単純に主人公を犯人として犯人視点で進める密室殺人というのも面白いですが、その閉じ込められた男女のどちらかが殺され、しかし同じく閉じ込められている片方の人物は殺人を犯してはいない、つまり外部から何者かによって殺された……という流れも面白いかと」


「犯人視点からっての面白そうだな。 俺と冬木が閉じ込められて、冬木が殺されて俺は殺していないのに……ってやつも面白そう」


 どちらかといえばミステリーよりホラー寄りになってきている気もするが。 それはそれで面白そうではある。


「待ってください、どうして殺されるのが私なんですか。 成瀬君が殺されてください」


「殺されてくださいって凄い言い方だな……」


 しかしこれで分かったことは、男女が暗い部屋に閉じ込められたときに冬木の脳内で起こるのは殺人事件であるということだ。 恋愛方面に疎すぎる所為か思考が物騒すぎる……。


「試してみますか? この物置に閉じ込められて、どちらが先に死ぬか」


「なんかめちゃくちゃ怖い提案だし、それもうミステリーでも何でもないからな」


 どちらかと言えばバトル物で敵キャラが言ってきそうな発言である。 しかも普通の敵キャラじゃなく、狂気じみた敵キャラのパターンだ。 俺と冬木が殺し合いをするみたいな展開になってきている。


「冗談もそこそこに。 そろそろ運びましょう」


 冗談を言っているのはどっちだと思いつつ、確かにこの寒い中薄暗い物置でいつまでも与太話を続けるのもアレだ。 俺は冬木の提案を受け入れ、畳んで仕舞ってあるこたつに手をかける。


「半分持ちます」


 と、冬木はそんな提案をしてくる。 しかしそうは言われても……冬木の部屋は2階だ。 仮に二人で運んだとしてのことを考えてみた。 階段を上る俺と冬木、冬木が下だった場合……階段踏み外してそのまま落ちていきそうだ。 逆の場合、俺を巻き込んでの落下が目に見えてきた。 普段の冬木からは考えられないが、俺がここ半年ほど冬木空という人物と接してきて理解しているのは、見た目以上に冬木空という人物はへっぽこなのである。 階段を踏み外すなんてめちゃくちゃありそうで恐ろしい。


「いや、一人で持てるし良いよ。 こたつ用の布団とかそういうの運んでくれ」


 言いながらこたつに手をかけている冬木を横目に一人で持ち上げる。


「はい、分かりました」


 冬木もさすがにそこに文句をつけてくることはなく、分担が決まった俺たちはこたつを運び始めるのだった。




「っ……と。 こんな感じか」


「さすがに男の子ですね。 以前一度一人でやったときは、とても時間がかかってしまったんです」


 感心するように、冬木は手をぱちぱちと叩きながら言う。 なんだか馬鹿にされている気分にもなるが、冬木の表情からして真面目に感心しているのだろう。


 そんなこんなで冬木の部屋にこたつを設置することができた。 相変わらず整理整頓されている綺麗な部屋の中央に置かれているこたつは、その存在だけで和風感溢れるものだ。 部屋のインテリア的な面だと心底微妙だが……冬木はそんなこと気にしないだろう。


「まだ本格的に使うのは先ですけど、試しにつけてみましょうか」


「壊れてたら大変だしな、俺が入って確かめてやろう」


「……そのくらいなら構いませんが」


 なんだ今の間は。 もしかして一瞬悩んだ? 俺が最初にこたつに入ることについて悩まなかった?


 少し不安になる発言であったものの、許可は下りたということで俺はこたつに入る。 冬木はそれを確認すると、こたつ横にある電源を入れた。


「どうでしょう?」


「ん、大丈夫っぽい。 あー生き返る……このためだけに一年頑張ってるようなもんだよ」


「どんな一年ですか」


 呆れたように冬木は笑うと、俺の対面に座り込んだ。 冬木もさすがに寒かったのか、両手もこたつの中に入れ肩まで布団の中に入れている。


「それにまだ終わってませんし、この辺りでは秋から春にかけてが一番行事も盛んですよ」


「紙送りとかだよな」


 他にもあるとは聞いているが、詳しいことは忘れてしまった。 直近の行事と言えば紙送り、毎年10月末に行われている地域独自の行事である。 使い古した紙などを燃やし、感謝の意を込めて北風に乗せ送り出す。 そのときに紙送りの舞いを舞うのが秋月神社の巫女、秋月純連の役目というわけだ。


「ええ、ですが今日……実はあまりよくないことを聞きました」


「よくないこと?」


「先生たち何人かの思考を聞いたのですが、今年の紙送りはどうなるんだろう、というもので。 具体的な思考までは聞けなかったのですが……何かあったのかもしれません」


 冬木の聞いた思考は、そう想像してしまうのも無理はないものであった。 紙送りは地域に浸透している……というよりも根付いているもので、時期が近くなれば学校側から紙送りに関する案内すら渡される。 授業にも取り込まれており、この神中が誇る行事でもあるのだ。 だから当然、それらについての情報は教師たちが仕入れるのが早いのにも頷ける。


 ただ、気になることがないわけでもない。


「秋月はなんも言ってなかったな」


「はい」


 秋月は俺や冬木に何も話していない。 最近、秋月がやたら疲れている顔をしていたのは単に紙送りの準備が忙しいだけかと思っていたが……そういうことではないのかもしれない。


「で、どうするんだ?」


 俺は冬木に対しての協力はする。 今回に限っては冬木に対してというよりも秋月に対しての面が強くなりそうだが、それでも冬木だって俺だってどうにかしたいとは考える。


 が正直、難しい問題だと思う。 冬木が聞いた思考のみが今のところ頼りであるが、そこから想像できるのは紙送り自体の中止や延期、その類の話だろう。 そこに首を突っ込むというのは些か出すぎた真似ではないかという気もするし、秋月からしたら良い迷惑なのかもしれない。 だから、部外者である俺たちが一番取るべき方法というのは見守るということで間違いない。


「率直な気持ちで言うと、秋月さんの力になりたいです。 我儘かもしれませんし、おこがましいことかもしれません。 でも、自分ですらよく分からないのですが……秋月さんのために何かをしたいと、そう思います」


 冬木には友達がいなかった。 友人と呼べるものがいなかった。 だから、たった今冬木が手にしたような友人が窮地に陥ったとき、どうにかしたいというその気持ちが分からないのだろう。 何故行動を起こしたいかという理由が分からないのだろう。 俺が冬木に協力するのには充分すぎる理由だ。


「そう思うならそうしよう。 まずは冬木が聞いたことの真偽からだな、杞憂だったらそれが一番いいし」


 もちろん、それが最善だ。 心配事なんて何もなくて、紙送りは問題なく行われて……というのが理想である。 しかし、冬木が聞いて、こうして俺に話してきたということは……その時点で、ほぼ何かがあると俺は見ている。


 冬木はもう前までの冬木ではない。 思考を聞いたときに多少なり感情というのは読み取れていて、それがあまり良いものではなかったからこうして俺に相談してきたのだろうから。


「はい、ありがとうございます。 でも、調べると言っても具体的にどうすれば良いでしょうか? 先生たちに聞いても、不安がらせることは言わないと思いますし」


「まぁそれは俺の眼と冬木の力があればどうにでもなりそうだけどな」


 俺たち二人で聞いて、嘘を吐いているのなら俺の眼はそれを知らせてくれる。 うまくはぐらかされたとしても、冬木の力がそこで出れば思考は聞ける。 問いに対し、そのこととは全く関係のないことを考えるなんて不可能に近い芸当だ。 あとは数をこなせば事実は明るみになっていくだろう。


「それは最終手段、ですね。 私たちの力とは言えませんし」


 しかしそう、冬木空は真面目である。 俺一人ならなんも考えずにその手段を取っているだろうが、冬木の場合はそこで思い悩んでしまうのだ。 言ってしまえば、この事実を知ったのも冬木の力があってこそだが……それは今言うべきことではないか。 けど、いつか冬木もそれで考えるときが来るのかもしれない。 自分の体質とでもいうべきコレと折り合いを付けながら生きていくというのは、やはり難しい。 冬木の場合なら尚更で、無差別に思考を聞いてしまうのだから。


「秋月に直接聞いてみよう。 その方が冬木は納得するだろ? 秋月の立場になってみても、周りでこそこそされるよりそっちのが気楽だろうし」


「……確かにそうかもしれませんね。 ですが、素直に答えてくれますかね?」


「五分かな。 でも、そこで事実は間違いなく知れると思う。 俺らの力はあくまでも保険って考え方で」


「保険、ですか」


 そう、能力がある以上どんな調べ方でもいずれは頼る形になってしまう。 冬木がいくら望まなくとも、俺たちの力はあるだけで力を発揮してしまう。 それを避けるためには、そもそも調べることを止めるか、能力自体を消すしかない。 そのどちらも不可能な時点で、どこかで能力に頼るのは避けられないのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る