第36話『彼を騙す方法』

「大丈夫か? 冬木」


「ええ、大丈夫です。 すいません」


 その後、私の顔色が悪いからと成瀬君が外へ連れ出してくれた。 もちろん無断外出は厳禁であるのだが……少しくらいなら良いかと、臨海教室中の浮かれた心で思ってしまったのは否定できない。 それに何より、事件の答えがあまりにも受け入れ難かったし、信じ難いことだった。


 事のあらましはこう。 犯人は三人、山西さんと東堂さんと木本さんだ。 その三人は共謀し、桐山さんのアクセサリーを盗んだ。 それを受けて捜査に乗り出したのが道明さん。 道明さんはまず、三人のうち一人から事情を聞き、捜査が始まっていることを犯人側へと知らせた。 その後時間を置くことにより、犯人側に話を示し合わさせる時間をわざと作ったのだ。 その敢えて作った時間を限らせることにより、犯人側に用意させた証言を脆弱なものへと変え、見破った。 犯人が証言する内容、そこで行われていることはなんでも良い、それが些細な出来事であったなら、全て合致してしまえば証言を捏造したと断言できる。 もちろん確たる証拠はないし、根拠が乏しすぎるとも言える……が、今回の事件はあくまでも私的なもの。 その部分は関係ない。


 だが、道明さんの推察が最も納得が行ってしまう。 証言に僅かなズレが出るのは当たり前のこと、むしろそれが最初から最後まで合致してしまうことにこそ疑うべき場所がある。 意識し、示し合わせ、同じことを話そうと決めたからこその合致なのだ。


「でも、不思議だよな」


「……不思議、と言いますと?」


「俺が見れば嘘なんて一発で分かる。 けど、俺と長峰が聞き込みをしてきた奴らは事件とは無関係だった。 ……偶然か?」


「そういえば、そうですね」


 改めて言われてみると、不思議……というよりかは、一つの可能性が考えられる。 道明さんはもしや、聞き込みを始める前から大体の検討というものが付いていたのだろうか? そこで私たちを分け、二手で捜査をした。 道明さんが担当するのはもちろん、犯人と思われる三人の方だ。 成瀬君は嘘が見える、そして私は人の思考を聞くことができる。 分担としてもこれ以上ないほど適切なもの。 この恐ろしいほどに適切な分け方は、そのグループ分けが行われたときも感じたことだ。


 だが、それは絶対にあり得ないし絶対におかしい。 もしも犯人の検討というものが付いていて……その分担をしたとしたら、道明さんは成瀬君と私の力を把握しているということになってしまう。 それはあり得ない、絶対に。


「まぁでも、俺が嘘を見抜けることを知ってたとしたら、それこそ俺も道明の班に入れておいた方が良かったよな? 逆に冬木を長峰と一緒にしておいた方が良い気がする」


「一体道明さんはどこまで考えていたのでしょうか。 私たちが考えつかないところまで考えている、噂通りの人物ですね」


 彼女の前で隠し事は不可能、とまで言われるほどだ。 長峰さんづてに聞いたことだが、この分だとそれもあながち間違いではないらしい。 彼女は些細なことから思考をし、答えを導き出す天才だ。 今回の件でそれはよくわかった。


「警戒しといた方がいいかもな。 それで、どうするんだ?」


「……どうする、というのは?」


「道明はこのままだと桐山に犯人を知らせる。 山西と東堂と木本だった、と。 桐山は絶対ショックを受けるぞ」


 先ほどの話し合い、道明さんは臨海学校が終わり次第、桐山さんに報告をすると言っていた。 犯人だと断定した三人に話を聞くこともしない、動機なんてどうでも良いとすら道明さんは言っていたのだ。 道明さんにとって重要なのは、探偵としての依頼の完遂に他ならない。 自身の予想、推察が外れているかもという危惧は彼女の中に存在しないのだ。


「それは……どうにもならないかと。 私たちでどうにかできることでしょうか」


「考えはある。 それに、道明だって本意じゃなかった」


「……どういう意味ですか?」


「さっき、道明は言ってただろ。 探偵としての本意、自分としての本意って。 あいつ、嘘を吐いてた」


 ……道明さんが、嘘。 そしてその嘘というのは。


「探偵としてはそれが正しい。 依頼を受け、完遂する。 けど、道明美鈴としての本意ではなかった。 道明だって分かってるんだ、それを報告すれば桐山がどれほど傷付くかってことを」


「けれど、分かっていても探偵としての仕事を遂行する必要がある……ということですか」


「ああ」


 それが、道明さんが探偵として仕事をしている上で守ってきたことなのかもしれない。 結果がどうであれ、一度受けた依頼は必ずこなす。 それで恨まれようと、憎まれようと、人を傷付けようと。


 でも、それはあくまでも探偵としてのこと。 道明さん自身は、それをしたいというわけではないのだ。 誰かを傷付けたいというわけではないのだ。 そうであるなら、私たちがするべきことは。


「成瀬君、お願いがあります。 考えというのを聞かせてもらってもいいですか」


「もちろん」


 成瀬君の顔を見て伝えた私に対し、成瀬君は笑ってそう答えた。 そして、その考えというのを私に話し始めた。





 数日後。 臨海学校は何事もなく終わり、私たちはいつも通りの日常へと帰ってきた。 今は放課後、私と成瀬君はいつも通り、クラス委員室で時間を潰している。


「来月は紙送りか、そういえば」


 ふいに成瀬君が口を開く。 私はそれを受け、本から目を離し成瀬君へと向けた。


「そうですね。 神社付近に屋台も出ますので、朱里さんも連れてぜひ」


「楽しみだな、秋月にとっては大変だろうけど」


 面倒くさいと呟く秋月さんが目に浮かぶ。 秋月さんはここ最近、教室くらいでしか顔を合わせていない。 授業が終わればすぐに帰り、紙送りの準備に追われているようだ。


 そこで教室の扉が開かれた。 風が中に入り、少々蒸し暑かった教室内の空気が入れ替わる。 顔を見せたのは、道明さんだ。


「やぁ、この間はお疲れ様。 とても助かったよ」


 道明さんは言うと、空いていた椅子へと腰掛ける。 私と成瀬君の対面、最初に相談へ訪れたときと同じ構図だ。


「さっき、桐山に報告してきたよ。 すると不思議なことに「報告はもう貰ってる、ありがとう」と言われてね。 嬉しそうにアクセサリーを手にしてた」


「……悪いことをしたとは思ってる、道明に対してはな」


 と、成瀬君が口にした。 道明さんは既に全てが分かっているはずだ。


「しかしまさか勝手な行動を取るとは思っていなかった。 桐山のアクセサリーがただ紛失したことにして、それを報告するなんて。 一度終わってしまった依頼は僕でもどうにもできないね」


 道明さんは笑う。 この分だと、どうやら道明さんは真相を桐山さんには話さなかったらしい。


 私たちがしたことは、単純なものだった。 山西さん、東堂さん、木本さんへと詰め寄り、事の真相を問いただしたのだ。 本人たちにもしも反省の色がなければ即座になんらかの処罰を与える、という成瀬君との約束の下に。 三人は最初こそ否定していたものの、時間をかけ問いただしたらすぐにボロを出した。 元々、悪意だけでできた行動ではなかったからこそだろう。


 そう、三人は最初少し困らせてやろうと、単なるいたずらでそれをしてしまったと言っていた。 返すタイミングを失って、それをずるずると引き伸ばしてしまって……結果として私たちが調べていることに気付き、隠し通そうとしたのだ。 もちろんそれは許されることではない、許して良いことではない、だが……それを聞いた私は、どこか安心したのだ。


 その後のことは先ほど道明さんが口にした通り。 三人と話し、今回の件はただの紛失ということにすると告げた。 その時点で私たちにも罪はあるが、桐山さんをただ傷つけるだけよりは良いという判断だ。 私たちが吐いた嘘、これで私も成瀬君も共犯ということになる。


「怒ってるのか、道明」


「いいや、怒る理由は特にない。 依頼は成瀬と冬木が報告してくれたことによって完遂できたし、それなら問題はないさ。 今日はただ、協力してくれてありがとうと伝えに来ただけだよ」


 ……やはり、道明さんも心のどこかでどうにかしたいとは思っていたのだ。 だが、探偵として行動している以上それができなかった。 それを私たちが肩代わりした、ということになる。


「思い出話に花を咲かせたいところだけど、僕もいろいろと仕事が溜まっているしね。 そろそろ部室に帰るとする」


 道明さんは言い、立ち上がる。 これにて一件落着……と思ったそのとき。


「ああそうそう、一つお礼にアドバイス」


 私も成瀬君も一安心していたそのとき、扉に手をかけていた道明さんが顔だけをこちらへと向けた。


「成瀬、君はとても勘が良いみたいだけど、人の嘘に気付いたとしても表情は動かさない方が良いよ。 君は人が嘘を吐いていると勘付いたとき、眼を少し細める癖がある」


 そう言い残し、道明さんは言うべきことは伝えたと言わんばかりに教室から去っていった。 それを見て、私と成瀬君は顔を見合わせる。


「……やられたな、全部あいつの手のひらの上か」


「私たちがそう出るということも分かっていたんですか、道明さんは。 だから、成瀬君の前で敢えて嘘を吐いた……あ」


「どうした?」


「ずっと疑問だったんです。 道明さんはどうして臨海学校が終わってからの報告にしたのか、と。 報告するだけであれば数分もあれば事足りるはず、なのに敢えて時間に余裕を持たせていた」


「……俺たちが動くってことも織り込み済みか」


 彼女ならば、あり得る。 そして成瀬君の些細な変化に気付いたのは……。


「成瀬君の癖に気付いたのは……最初? 最初、探偵部の部室で話をしていたとき」


「……確か、道明が「みんな良い奴だった」って言ってたときだっけか。 確かに嘘に見えたな」


 その時点で、道明さんは成瀬君の癖に気付いていた……いや、その段階で疑っていた可能性がある。 そこから会話を重ねる内に、それは疑いではなく確信へと変わったのだ。


「敵に回さない方が良いのは間違いなさそうだな」


 引きつりながら笑い、成瀬君は言う。 まったくもって同意見だ、道明さんは私たちの予想を遥かに上回る形の観察眼を持っている。 彼女の敵に回ろうものなら、私や成瀬君の秘密などあっという間に暴かれてしまうのは間違いない。


「しかし、成瀬君を騙せる人がいるとは」


「なんで嬉しそうなんだよ」


「気の所為ではないですか?」


 いや、気の所為ではないかもしれない。 成瀬君は決して騙されない、なぜなら人の嘘を見抜ける眼を持っているからだ。 だが、それこそ道明さんが言う「先入観に囚われている」ということなのだ。 たとえ人の嘘が見えたとしても、方法によっては騙されることすらあり得てしまう。 それを道明さんは教えてくれた。


「……冬木、なんか勝ち誇ってそうだな内心。 まぁ良いか、一応丸く収まったし……時間も時間だし帰るか」


 そう言い、成瀬君は立ち上がる。 確かに時計に目を向けると、だいぶ良い時間になっている。 私も帰ろうと思い、本を鞄へと仕舞い立ち上がる。 ともあれ一件落着というのは事実だ。 道明さんも狙い通りに事が進んで、怒っている様子はなかったから一安心である。


 そんな帰り際、廊下で道明さんの担任である南條先生とすれ違った。 道明さんと知り合うことにより、向こうも顔を覚えていたのか軽く手を上げ「気を付けて帰れよ」と口にする。 私と成瀬君は頭を下げ、その横を通り過ぎた。


『しっかし、大丈夫かねぇ……今年の紙送りは』


「……え」


「どうかしたか?」


 その声は、聞き過ごせるものではなかった。 成瀬君は私の声を聞き、そう尋ねる。


「……いえ、大丈夫です」


 私が答えると、成瀬君はそれ以上特に追求することはしない。 今の答え方ならば、成瀬君には嘘として映ってはいないだろう。


 一つの問題が片付き、そしてまた一つの問題が現れる。 いや……出てきている問題は、一つだけではないか。 長峰さんのこともある、他の人のこともある。 だが今最も気にすべき問題というのは……今のことだと、そう思わされたのは月が変わり、暑さなんてどこかへ飛んでいってしまったかのように寒くなり。


 そして、紙送りが迫ってきたそのときのことだった。

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