第35話『答え合わせ』
「さて、全ての答えが出た。 協力のおかげで迅速にここまで辿り着けたよ、まずは感謝だね」
道明さんのメッセージにより集まった私たち。 今は就寝前の自由時間であり、それを利用して私と秋月さんの部屋に集まっている。 二人で一部屋という割り振り方をされており、秋月さんと同じ部屋にしておいたことが功を成したとでも言うべきか。
「いやそれは良いんだけど……俺がここにいるのさすがにマズくないか?」
「大丈夫でしょ別に。 気にする人いないし」
確かに言われるまで意識もしていなかった。 そしていざ考えてみると確かに成瀬君からしたら気まずいものなのかもしれない。 が、それはどちらかというと同性の友人が全くおらず、異性の友人しかいない成瀬君サイドに問題がありそうな気もする。
「聞こえてるからな冬木」
「え、声に出してました? それは申し訳ないです」
「めちゃくちゃ適当な謝罪どうも。 もうこの際仕方ないか……それで道明、犯人が分かったって?」
成瀬君は若干引き攣った笑いをし、話を元に戻す。 それを聞き、私たちは一度口を閉じ、その視線の全てが道明さんへと向いた。 室内には少し緊張が走る。 ピリッとした空気へと変わったのを肌で感じた。
「ああ、分かった。 実は少し小細工をして、さっきの肝試しで木本から話を聞くことができたんだ。 成瀬、頼んでおいたことの結果も聞こうか」
言われ、成瀬君が口を開く。 どうやら私たちの知らないところで何か頼み事をしていたらしい。
「桐山からの聞き込みだな。 最初は全員で枕投げをして、笹本は疲れて先に寝たって言ってたよ。 けど一体どうやって肝試しのくじ引きに細工なんてしたんだ? 狙った者同士一緒とか……そっちも気になるんだけど」
それというのは、桐山さんに対する聞き込みだったらしい。 それをするためにくじ引きに細工を行い、別のクラスである二人を組ませた……確かに成瀬君は何故か溢れていて、というのは記憶しているがそこまで仕込んでいたとは。 恐らく同じように桐山さんも溢れ、結果として別々のクラス同士で組まされたのだろう。
しかし、そこでもまた別の主張が出てきている。 桐山さんの主張はどちらかといえば山西さん、東堂さん寄りの主張だろうか? やはり、浮いているのは水原さんと笹本さんの二人になる。
「なるほど、それなら余計に答えは簡単だね。 僕が木本から聞いたのは「全員で枕投げをした」というものだった。 とても簡単な答えだよ」
と、いうことは。 まだ答えに行き着くには分からないことが多すぎるけれど……道明さんは既に答えというものを見つけているらしい。
「桐山がなくしたアクセサリー。 これはやはり事故ではなく事件、人の悪意によって引き起こされた事件だ。 人は焦りを感じ、罪を隠すときに二つの方法を取る。 ひとつは嘘を吐き欺くこと」
道明さんが人差し指を立てる。 その表情はどちらかというと楽しげで、今この瞬間というものを楽しんでいるようにも見える。 絡み合ったことを紐解き、一つの答えに辿り着く……その瞬間に。
「山西、東堂、木本の証言は一緒だ。 ここにズレはなくピタリと合致している、そして異なったことを言っているのは他の三人、しかしそのどれもバラバラで信憑性は薄い。 例外で言えば桐山本人の証言だね、依頼主がわざわざ嘘を吐く必要はない、恐らく記憶違いでもしているのだろう」
「しかしだ道明、それを言うなら水原と笹本が記憶違いをしている可能性もあるだろう? それだけでは決め付けられないぞ」
「最もだよ秋月。 それだけでは決め付けられない、だから僕は口裏合わせを行えないようにと行動しただろう? それのおかげで絞り込める、水原か笹本にね」
「……」
「どうかしたかい、成瀬」
「いや、なんでもない」
……なんだ? 成瀬君はてっきり反論するかと思ったが、何かを言おうとし口を開かなかったような気がする。 成瀬君の今の反応は――――――――道明さんが、嘘を吐いていた?
「難しいことは分かんないけど、水原さんか笹本さんが犯人ってこと? でもそこからどっちかに絞り込むのが難しそうじゃない?」
「そこからなら色々と方法はあると思います。 ある程度絞り込むことができれば、後はその二人に絞って調べることで……ですが」
一つ、引っかかることがある。 この話、あまりにも簡単すぎではないだろうか? トントン拍子に進みすぎではないだろうか? いや、それはあり得ることなのかもしれない。 だが、私がどうしても引っかかることは。
「ですが、道明さんは先ほど、犯人が分かったと言っていました。 今の二人から絞り込めてるということですか?」
「そう、良い指摘だよ冬木。 言葉の一つ一つ、仕草の一つ一つを見極めてこそ探偵という仕事は成り立つものだ。 今回の事件、犯人は水原か笹本のどちらかで、私たちに素直に協力したところを見ると、疑うべきは水原となる」
「……冗談はよせよ、道明。 そんな可能性でお前は断言しないだろ」
成瀬君の言葉に、道明さんは目を閉じて笑った。 そして、口を開く。
「そう、そういうことさ。 犯人は思っているだろう、今頃道明はそんなことを考えているとね。 けれどそんな馬鹿な思考を僕はしない、折角犯人が提供してくれた情報を有効活用しない手なんてない。 今一度考えてみてくれよ、昨日の夕飯は何を食べた?」
そこで道明さんはまるで関係ないようなことを口にし、私たちの顔を見る。 その質問に意味があるのか分からないが、答えはすぐに出てこない。 皆が皆、数秒なり数十秒なり考え込む素振りを見せた。
「その反応だけで充分だ。 今すぐに答えが出なかったように人の記憶は曖昧で不確か、これほど信憑性に欠けているものなんてないほどにね。 けれど捜査をするときはそれが重要となってくる、証言に対する裏付けというのを本来行うべきだけれど、正式なやり方なんて僕には合わない」
「えっと、どういうこと? さっきの話と違くない? 水原さんと笹本さんの話が他のみんなとズレていて、それが怪しいって話じゃなかった?」
たまらず長峰さんが言う。 しかし、道明さんは一切動じず答える。
「今回の場合はそれが最大の証拠になり得る。 夕飯の話をさっきしただろう? 普通はすぐに答えが出せるほどに覚えていないんだよ、そんな些細なこと。 さて」
道明さんは笑い、両手を合わせる。 パチンという小気味のいい音が部屋に響き渡り、道明さんは再度今回の話を始めた。
「楽しい楽しい友人たちとの旅行。 昼は海に入り、日が暮れたら海岸沿いを歩きながら楽しくお喋り、ショッピングを楽しみ遊興施設で時間を忘れ、それはそれは充実した旅行だった。 そのどれも楽しい思い出で、ずっと覚えておきたいもの。 海の匂い、景色、語らった内容、ただ印象に残らないことは次々に消えて行ってしまう。 悲しいがそれが現実だ、それでも強く記憶に残そうと思っている出来事は残っていくが……さてさて、そんな楽しいことだらけの旅行。 夜に部屋でした枕投げ、正確無比に覚えていることなんてあり得るだろうか?」
「……些細な出来事」
私は呟く。 そう、道明さんが今尋ねたことは、旅行の中では些細な出来事なのだ。 そこだけを見れば印象深い出来事になることも、全体で見ると些細な出来事でしかない。 つまり、それを正確に記憶しているということは。
「普通なら忘れている。 水原や笹本のようにね、覚えている方が不自然なくらいに」
覚えている方が、不自然。
見えてきたのは、一つの答えだ。
「でも、でもですよ道明さん。 そうだとしても口裏を合わせる時間は」
「わざと作ったじゃないか、昼に一人だけ聞き込みを行うことでね。 確かに接触できる時間は限られるけど、目を盗んで短い時間で話すことはできる。 だからわざと時間を作って、稚拙な口裏合わせを行わせた。 その成果は見ての通り、全てが犯人を指し示している。 継ぎ接ぎだらけの、なんとも分かりやすいピタリと合致した証言が」
そう、であっては欲しくない。 だって、そんな答えはあまりにも残酷で……悲しくて、つらいものだ。 だから私は違って欲しいと願う、何かの間違いであって欲しいと願う。 しかし、道明さんには私の思考は聞こえない。 いや、聞こえていたとしても……彼女が自身の推理を途中で止めるなんてことは、あり得ない。
「犯人は山西、東堂、木本の三人。 単独犯ではなく複数犯、それが答えだ」
その答えを聞いた私は、言いようのない吐き気と、頭痛と、恐怖のような何かを感じた。
「臨海学校が終わり次第、桐山に報告する。 最早話を聞く必要もなくなったからね」
「……待てって道明。 確かにそれが最初の依頼だけど、それを聞いたら桐山は相当なショックを受けるぞ。 友達だと思っていた奴の一人じゃない、犯人が三人も居ただなんて」
「関係ない。 最初の依頼? ならそれが全てだよ、成瀬。 僕が受けたのは犯人を探し、それを桐山に報告するということ。 ならそれが桐山の友人であろうと、三人であろうと、関係ないね」
「……本気で言ってんのか、それ。 それが正しいと思ってるのか?」
「ああ、もちろん。 探偵としての本意、僕としての本意でもあるね」
私の耳にそんな会話が入ってくる。 しかし、もう言葉を発することも難しいほどに頭の中がグチャグチャだ。 どうして、なぜ、なんで。 疑問だけが頭の中を埋め尽くす。
「……ごめんなさい、少し風を浴びてきます」
私は言うと、その部屋を後にするのだった。
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