第34話『肝試し』
「それじゃ気を付けて行ってきてねー」
その後、自由時間は終わり、肝試しの時間となった。 この肝試しは予め決められているルートをくじ引きで決まった二人で歩いていく、というものだ。 そして私たちの番、私の相手は……。
「なにぼさっとしてんの、行くよ」
「ええ」
朝霧さんであった。 少し大きめのシャツに、長い脚が綺麗に映るスキニーパンツ。 朝霧さんは普段からラフな格好を好んでいる印象がある。 そんな彼女の後を付いていくように、私は歩き出した。
「朝のこと、成瀬はなんか言ってた?」
「朝……ああ、特には」
「本当に?」
少々暗い道を二人並んで歩いていく。 ルートとしては海岸沿いを歩いていき、その先にある林道の中にある廃旅館を外周し帰ってくるというもの。 海岸沿いはそこそこの明るさがあるものの、夜の海は真っ暗で少々不気味な感じがする。
「いえ……なんだかよく分からない人だと言っていました。 悪気はないと思います」
「それは私のことでしょ。 じゃなくて姫……西園寺のこと」
朝霧さんは言う。 私の方へは顔を向けず、まだ明るいためか懐中電灯も点けずに前を向いて歩いている。 キリッとした顔立ちはこの薄暗い中でもよく分かるほどだ。
「西園寺さんのことは……やはり、怖いと言っていましたが」
「まぁそうだろうね。 姫はよく勘違いされるから」
朝霧さんは言い、その後口を噤む。 それ以上言うことはないと判断したのか、それとも話したくなかったのか、それは分からない。 だから、私は聞いてみた。
「朝霧さんから見た西園寺さんは、違うように見えるのでしょうか?」
「ん、ああ。 私から見ればとんでもなく不器用な子って感じかな。 だから私みたいな奴としかつるめないんだろうけど」
「……西園寺さんのことはまだ分かりませんが、少なくとも朝霧さんは良い人だと感じました」
思ったことをそのままに、私は告げる。 すると朝霧さんはようやく私の顔を見て、口を開いた。 その表情にはあまり変化というものがない。
「そう言われるのは初めてかな。 どうしてそう思ったの?」
「友人を庇うということはそういうことです。 それに、朝霧さんはずっと気にしているではないですか。 自分のことではなく、西園寺さんが悪く思われていないかと」
「……ま、そう思うのは勝手だしね。 姫も私も、成瀬や冬木を嫌ってるわけじゃないってことだけ分かってくれれば良いよ」
だから朝霧さんは私と二人きりの状態でも嫌な顔をすることはない。 くじ引きの最中、私や成瀬君と一緒になりたくないという思考は色々なところから聞こえていたけれど、朝霧さんや西園寺さんからは聞こえなかった。
「……長峰さんのことは嫌いなのですか?」
恐る恐る、私は聞いた。 昼間に本人の目の前で言っていたそれの再確認。 あれだけハッキリと口にしていたことを再確認というのも、なんだか妙なことだが。
「嫌い。 行動が一貫していない奴のことは特に。 私だけで、姫はそうでもないと思うけど」
やはり朝霧さんはハッキリと言う。 良くも悪くもサッパリしている人だ、濁すことなく思っていることを告げているのだろう。
「理由を聞いても?」
丁度、海岸沿いの道は途切れて林道へと差し掛かる。 僅かにあった灯りは消え、朝霧さんは懐中電灯を点けて歩き始める。 その横を歩きながら、朝霧さんの返事を待った。
「冬木にいろいろとしてた張本人でしょ。 で、今じゃ仲良しこよし。 理解できないし吐き気もするよ、それを受け入れてる冬木のことも理解できないけど」
「それは……長峰さんとのことは複雑で、校外学習のときに話し合い、和解をしました。 お互いの勘違いもあったので、お互い様なんです」
「そりゃ事情がなきゃそうはならないだろうしね。 自分の言ったこと、やったことに責任を持ってないから勝手に嫌ってるだけ。 そういう奴が一番嫌い」
少しだけ嫌悪感あらわに朝霧さんは言う。 私と長峰さんとの間にあった出来事を話したとしても、朝霧さんは同じ結論を出すだろう。 そう思わせるほどに力強い口調で朝霧さんは言ったのだ。
『――――――――最低だな、本当に』
「え?」
「そんなに変なこと? 言っちゃえば長峰の問題っていうより私の問題かな、好き嫌いなんてそれぞれあるんだし、どうしようもないでしょ」
「あ、はい……そうですね。 すいません、妙なことを聞いてしまって」
怒り、怒りだ。 朝霧さんは表情や態度には決して出さないものの、今抱いていたのは怒りの感情だった。 そこまで長峰さんのことを嫌っているなら、もしや。
「……話は変わりますが。 最近、長峰さんが嫌がらせを受けているようなんです」
意を決し、私はその話を口にする。 自分で言っておいてあれだが、話の内容は何一つ変わっていないのではないかと思うほどのことだ。 朝霧さんの顔は見れなかった、私は怖がっていたのかもしれない。 うまいこと聞き出すなんて方法は私には無理だろう。
「それを私がしてるんじゃないかってこと?」
「い、いえ、そういうわけでは……」
「いいよ別に。 そう思うのも無理はない言い方してるしね、けど長峰そんなことされてるんだ」
朝霧さんは「ふうん」と言い、続ける。 林道の空気は冷たく、肌寒さすら覚えるほどのものだ。
「残念ながら違うよ。 仮に私がそんなことしたら、姫にぶっ飛ばされるしね。 だから姫を怒らせるようなことは絶対にしない。 正直言うと「ざまあみろ」くらいは思ってるけど」
そう言い切った。 朝霧さんにとって、西園寺さんの存在は余程大きいもののようで……そんな彼女のことを裏切るようなことはしないと、そういう意味だ。 二人の関係というのが少し気になってしまう。
「それなら安心しました。 疑ってしまいすいません」
「だから良いって。 相変わらず真面目だね、冬木は。 私もそれだけ素直で真面目になりたかったよ、こんな捻くれた奴になんてなりたくなかった」
薄っすらと笑う。 その横顔に声をかけることはできなかった。 なんて声をかけたらいいのか、分からなかった。
最近、よく思う。 たくさんの人と話すようになり、たくさんの人と触れ合うようになり、分かったことがある。
誰しもが自分の物語というものを持っており、誰しもが別の道を進んできたんだということを。 結末はたとえ一緒だとしても、その道中は絶対に異なっているものなのだ。 私が歩んできた道と成瀬君が歩んできた道が違うように、最初から最後まで同じ道を歩み続けるということは起こり得ない。
私には私の辿ってきた道があり、成瀬君には成瀬君の道があり、それは秋月さん、長峰さん、道明さん、朝霧さんに西園寺さんも同様だ。 だからこそ意見は割れるし考え方も違うし好き嫌いも分かれていく。 そんな中での気の合う人たちとの遭遇というのは、きっと大切にしなければならないものだ。
「私はただ、世間知らずなだけです。 ろくに知ろうとしていなくて、それで……」
「ワァ!!」
「ひっ!」
私が口を開き話している最中、目の前に人が現れる。 大声を上げられ、私は驚きのあまり朝霧さんへとしがみついた。 すっかりと忘れていたが、今現在は肝試しの最中だったのだ。
「おお良い反応! お化け役やってよかったー」
「何してるの、北見」
「……対する朝霧さんは反応ないねー。 もっと驚いてくれても良かったのに」
どうやらその人というのは北見先生だったようで、頬を膨らませ朝霧さんに対して抗議をしている。 簡単な衣装を身に纏っているだけの様子だったが、辺りが暗いということもあり全然分からなかった。
「子供騙しでしょ、こんなの。 行くよ冬木」
未だにしがみついてる私を見つつ、朝霧さんは言う。 私は我に返り、ようやく朝霧さんの腕から離れることができた。
「そう? 驚く子結構いたけど。 ほら、朝霧さんと仲良い西園寺さんとか」
「……まぁ姫は子供っぽいから」
朝霧さんはそれだけ言うと歩き出す。 とても達観している人だなと感じたものの、その表情は小さく笑っているようにも見えた。
「北見先生、秋月さんのときはあまり驚かせない方が良いと思います」
「えーなんで? 秋月さんこそ面白い反応してくれそうなのに」
……別に構わないけれど、もし叩かれても私は知らない。 一応忠告はした、これからのことは北見先生に任せるとしよう。 そんなことを思いながら、私は朝霧さんの後へと付いていく。
「冬木って意外と大きな声出るんだね。 私が少し驚いちゃったよ」
「……お恥ずかしいです。 ホラーなどは苦手で」
「姫と一緒。 姫もさ、お化け屋敷とか行くとずっと私にくっついてて面白いんだ。 それに雷も苦手でさ、この前なんて私に電話してきて……ふふ」
そのときのことを思い出しているのか、朝霧さんは口元を抑えて笑う。 こうして笑っている朝霧さんを見るというのは初めてだ。 そして、西園寺さんのことを話しているときはどこか活き活きとしているようにも感じる。
……親友、なのだろう。 他人に対してはとことんサッパリとしており、冷たい態度を取っている彼女だが、西園寺さんのことを話しているときが本来の朝霧さんのような気もした。
「もう少しお話を聞かせてもらってもいいですか? 西園寺さんや朝霧さんのこと、私は知りたいんです」
「え、うーん……まぁ良いけど。 そんなこと知ってどうするの?」
「クラス委員ですから。 クラスのことをまとめなければいけません……というのは建前で、単純に面白そうなお話だと思ったんです」
「そっか。 ならそうだね、姫が隣町で大暴れした話とか」
「……できれば暴力のないお話でお願いします」
私が言うと、朝霧さんはまた笑って西園寺さんの話をするのだった。
少しずつ、少しずつではあるけれど、私も人と話せるようになったのかもしれない。 これを成長と呼べるかどうかは置いておいて、少なくとも前の学生生活よりは余程楽しく、充実しているように感じた。
そして。
今取り組んでいる盗難事件。 その進展があったのは、この肝試しが終わってすぐのことだった。 私の下に届いたメッセージ。 送り主は道明さん。
犯人が分かった。 その一文を見た私は、すぐさま道明さんの下へと向かうのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます